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「よき生」を魂の次元で希求する(折戸えとな『贈与と共生の経済倫理学』を読んで)

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「〝本当の自由〟を得るためにはどうすればよいのか?」

それが本書のテーマである。

市場経済によって覆い尽くされた現代社会においては、

「人は恐怖と競争の中で苦しみ、貨幣経済に支配され、そのメカニズムに巻き込まれ、生の隅々までが単一システムによって覆い尽くされてしまいかねない。その結果、自らの生存のためには、否が応でも、自らの意志に関係なく、他者に対して非倫理的にふるまわざるを得なくなるように追い込まれていく」(200頁)。

著者は本書の中で、「人間的な解放」への道筋を、「もろともの関係性」という概念とともに明らかにしようと試みている。

その事例として取り上げられるのが、埼玉県小川町で有機農業を営む、金子美登さんの「お礼制」である。

「お礼制」では、農産物を「売買」しない。

まず生産者が、農産物を消費者に贈与する。そして贈与された消費者は、その「お礼」としての金額(あるいは物など)を自分で決め、生産者に渡すという仕組みである。

「金額を消費者が決められるのなら、毎回ものすごく安い金額しか支払われなかったり、極端に言えば全く支払われない、ということが起こるのではないか」と誰もが思うだろう。

ところが、金子さんの「お礼制」では、そういうことが「起こらない」。もしまれにそういうことがあったとしても、やがて消費者は帳尻を合わせにいく。その背景にあるのが「もろともの関係性」である。

この「お礼制」について、あるサロンで金子さんから直接聞いた話が面白かった。

「お礼制」を始めてみて、まず最初にギョッとするのは「支払う方」であるという。というのも、八百屋やスーパーのように値段が決まっているわけではない。いくら支払うのかを、消費者が自分で決めなければならないのである。

僕たちは普段そんなことをしたことがない。値札に示された金額を支払うだけである。だが、もしその農作物を自分がとても気に入っていて、ずっと食べ続けたいと思ったならば、必然的に「農家がまた来年も頑張ろうという気持ちになる再生産可能な価格」(146頁)を考えることになるだろう。

もちろん、一人の消費者が、一人の生産者の生活を支えるわけではない。金子さん曰く、「だいたい30軒からお礼をもらえば食っていける」ようになるそうである。

だがそれは、単に「30軒の顧客を獲得すること」ではない。共に生きる仲間として「もろともの関係性」を築くことであり、助け合いの共同体を築くことでもある。

それを著者は、「互いに責任を担うことによる自由の獲得」「人間の尊厳を取り戻す関係性」(336頁)と表現している。そこではもはや、私たちを縛る「貨幣の権力性」は失われている。

このことを簡潔な言葉で言い表したのが、哲学者の内山節氏による、本書の帯の言葉だろう。

「有機農業によって自然と和解し、価格をつけない流通を成立させることによって貨幣の呪縛から自由になる。それを実現させた一人の農民の営みを見ながら、本書は人間が自由に生きるための根源的な課題を提示している」

タイトルにある「経済倫理学」という言葉を見ると、なんだか難しい内容に思われるかもしれない。

しかし本書に書かれているのは、「よき生」を魂の次元で希求する人間が辿り着いた、ひとつの素朴な答えなのだと思う。そしてそれは、自らの生き方を模索している、全ての人が共有する課題でもある。

そのせいもあるのだろう、この本は生き方に関する名言の宝庫でもある。少しだけ引用してみよう。

「日本にはAかBかしかないのです。人生にはAでもBでも、Cでも、Eでも、Fでも、Zでもないことがいっぱいあるのです。右か左かという狭い選択こそ、われわれの明るい未来をさまたげているのではないでしょうか。あなたたちも大きくなるまでに、きっとおなじような体験をするかもしれません。その時は、人生の選択の幅はいっぱいあるということを思い出してください」(81頁。金子美登『未来をみつめる農業』より引用)

「農のもつ「面白さ」については上野村と東京を二重生活する哲学者の内山節は次のような話を紹介している。上野村の古老に「なぜ農業が続いてきたかわかるか」と問われて答えあぐねていると、「おまえ馬鹿だなあ。農業ってのは、面白いから続いてきたんだ」と言われたという」(207頁)

また本書は、僕の専門である時間論の観点においても、極めて示唆に富む内容が含まれている。いや、むしろそこにこそ、著者の本領が現れているとも言えるのだが、それについて書き始めるともうきりがないので、また別の機会に譲ることにしたい。

ちなみに、著者の名前である「えとな」は、「永遠」を意味する「エターナル」から付けられたとご本人から聞いたことがある。その名の通り、本書は不朽の名作として永遠に読み継がれるに違いない。

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