杉原 学

専門は時間哲学。単著に『考えない論』、共著に内山節編著『半市場経済』(第3章「存在感の…

杉原 学

専門は時間哲学。単著に『考えない論』、共著に内山節編著『半市場経済』(第3章「存在感のある時間を求めて」執筆)。世界で最も非生産的な会議「高等遊民会議」世話人。日本時間学会会員。YouTubeで楽曲公開中。『かがり火』で連載中→http://u0u1.net/TcC3

マガジン

  • 絶望の処方箋

    絶望した時の処方箋として。

  • 伝説の親父

    はちゃめちゃだけど憎めない、図太さの権化である「伝説の親父」の奇行録。

  • ほうれん草を育てながら哲学してみた

    野菜を育てる過程は、人間が生きる過程に通じるものがあるのではないか。どうせならその気づきをここで書いていくのもいいのではないかと思い書き始めたプランター栽培日記。農家さんや家庭菜園の経験者からすれば、「何を今さら……」と思われるようなバカバカしいことばかりだと思いますが(笑)、自分のためのメモのような感じで書きました。

  • お役立ち

    ものづくりに生きる人たちの参考になりそうな記事を集めています。

最近の記事

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プロフィールなど

◾️略歴文筆家。1977年、大阪生まれ。コピーライターを経て社会人大学院へ入学。自殺予防をテーマに修士論文を執筆。現在は「人間にとって時間とは何か」をテーマに研究・執筆を続けている。世界で最も非生産的な会議「高等遊民会議」世話人。かがり火WEB共同主宰。日本時間学会会員。趣味はどうでもいいエッセイを書くこと。純喫茶によく吸い込まれます。 お仕事のご依頼、お問い合わせはこちらよりどうぞ。 オフィシャルサイトは下記より。 ◾️杉原学オフィシャルサイト https://sugiha

    • 利き手だから上手に使えるのではなく、ずっと使ってきたから上手になったのだ

      僕は左利きだ。だからボールを蹴るときも左足で蹴る。 「何で左足でそんな上手に蹴れるんですか?」 と聞かれたら、「左利きなので」と答えるだろう。 でも、これは半分合っているけれど、半分間違っている気がする。 たぶん本当は、「左利きだから、左足で上手に蹴れる」のではなく、「左足でずっと蹴ってきたから、左足で上手に蹴れる」のである。 たとえば、僕は左利きだけど、鉛筆と箸は右手で使う。これは子どもの頃に矯正されたのである。こういう人はけっこういるのではないか。 矯正したの

      • 鉄板土産「ひよ子」の末路

        久々に大阪の実家に帰った。 お土産に買ってきた「東京ひよ子」を親父に渡す。 僕の中で「ひよ子」は、誰もが喜ぶ「鉄板土産」である。 夕食のあと、親父とおかんと三人で「ひよ子」を食べることになった。 「ひよ子って、福岡のやつちゃうんかい」 と、怪しむようにパッケージを上から下から眺める親父。 「そうなん?でも東京って書いてるで」と僕。 一応ネットで調べてみると、確かに発祥は福岡らしい。 「それ見てみい!」と勝ち誇る親父。なぜかこれ見よがしに、「ひよ子」のパッケージ

        • 「いるべき場所にいること」(どんぐり同士の会話から)

          去年(2023年)の秋ごろに拾ったどんぐり。 二つのプランターに植えてみたけど、いっこうに芽が出ない。 「やっぱりそううまくはいかんよなあ」と、そのまますっかり忘れていた。 ところが今年(2024年)の2月末に、プランターのひとつから、ピョコンと芽が出始めた。そうすると後は早いもので、いまでは15センチくらいにまで生長している。 だが、もうひとつのプランターのほうは、うんともすんとも言わない。なんだかんだでまだ寒いので、土から出るのを恐れているのかもしれない。 そこ

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        記事

          ついにコロナに捕まった。〜新型コロナ感染記〜

          「ここまで来れば、もう逃げ切れるだろう」と、知らず知らずのうちに油断していたのかもしれない。 ついにコロナに捕まった。 せっかくなので、コロナに感染してから回復するまでのプロセスを、「新型コロナ感染記」として、適当ながら残しておいた。というのも、僕自身が、他の人の「感染記録」をネットで見て、いろいろためになることが多かったからである。 恩送りではないけれど、これからコロナにかかる予定のある方(?)に、少しでも役立てていただければ幸いである。 【0日目】若干の吐き気前日

          ついにコロナに捕まった。〜新型コロナ感染記〜

          自分のホームポジションを持つ

          パソコンで文字を打つとき、「なんとなく今日は速く打てるな……」という時と、「なんかうまく打たれへんな……」という時がある。 「その日の調子の問題かな?」と思っていたのだが、やはりそこには明確な要因があるようだ。そのことに最近ようやく気づいた。 速く打てている時は、手の「動く部分」が少ない。いわゆる「ホームポジション」に手が固定されていて、指だけが動いている感じ。 速く打てなくて、しかもタッチミスが多い時というのは、手がホームポジションに固定されていなくて、手ごと動いてい

          自分のホームポジションを持つ

          漫画『BLUE GIANT』名言集

          2023年の個人的No.1ヒットとなった『BLUE GIANT』(石塚真一著)。幼い頃に母親を亡くした宮本大が、世界一のジャズプレーヤーを目指して成長していく物語である。 友人に勧められて観た映画で感激し、漫画を全巻買い揃え、一気に2周読み切った。2023年は人と会うたびに「『BLUE GIANT』観ました?」ばっかり言っていたので、周りにはウザがられていたと思う(笑)。 さて、そんな『BLUE GIANT』だが、コミックでは日本編(1〜10巻)、ヨーロッパ編(「SUPR

          漫画『BLUE GIANT』名言集

          「すいません、ポイント貯まったんですけど」

          思いがけず、古いに友人に会った。 「いやあ、まさかこんなところで会うとは。15年ぶりくらいかな」 などと言いながらしばし旧交を温めていると、彼女はふいに笑いだし、「コーヒーのポイントのこと思い出しました」と言う。 はじめは何のことかわからなかったが、すぐに思い出した。 当時、僕は毎日のように、某チェーン店のカフェに通っていた。 いつもテイクアウト用のカップに入れてもらっていて、その飲み口のところに、コーヒーがもれないよう楕円形の小さなシールが貼ってあった。 僕はそ

          「すいません、ポイント貯まったんですけど」

          「“よい”人生ではないかもしれんけど、なかなか“オモロイ”人生やん」(河合隼雄ほか著『こころの声を聴くー河合隼雄対話集ー』新潮文庫を読んで)

          河合隼雄の言葉はスッと腑に落ちる。それは僕が彼の思想に共感しているからというだけでなく、同じ関西の出身ということも大きい気がする。 河合はどんなに切実なテーマについて話していても、スッとユーモアを挟み、場を緩ませる。それは大阪人にとっては、ほとんど「マナー」に近いものである(と僕は勝手に思っている)。 また一方で、河合の言葉からは、その内に秘めている「厳しさ」がにじみ出ずにはいない。そんな一見矛盾するようなありようを端的に表現しているのが、冒頭で語られる「オモロイ」の解釈

          「“よい”人生ではないかもしれんけど、なかなか“オモロイ”人生やん」(河合隼雄ほか著『こころの声を聴くー河合隼雄対話集ー』新潮文庫を読んで)

          「本音がわからず精神崩壊」(映画『翔んで埼玉〜琵琶湖より愛をこめて〜』)

          前にテレビで観て面白かった『翔んで埼玉』。その続編が上映されるということで、映画館に足を運んだ。 今回は関西が舞台。大阪出身の僕は、舌舐めずりしながら劇場のシートに腰をかけることとなった。 観て思ったのは、「自分をディスるのは遠慮なくできるけど、他人をディスるのはやっぱり気を遣うよな〜」ということである。 大阪、奈良、滋賀、京都、和歌山、神戸(笑)などを面白おかしくディスるわけだが、やはりどこかに遠慮がある。炎上を恐れてか、「大阪人はほんまは人情の厚い人間なんや〜」みた

          「本音がわからず精神崩壊」(映画『翔んで埼玉〜琵琶湖より愛をこめて〜』)

          世界は「偶数的なもの」と「奇数的なもの」でできている

          「世界は数字でできている」 というピタゴラスの思想が正しいかどうかは置いといて、ある時、ふと、こんなことを思った。 「世の中のあらゆるものは、『偶数的なもの』と『奇数的なもの』に分けることができるのではないか?」 たとえば、こんな感じだ。 僕にとって、「8時だョ!全員集合」は偶数的だが、「オレたちひょうきん族」は奇数的である。 ……なんとなく伝わるだろうか(笑)。 ものすごくわかりやすいところで言えば、三角形は奇数的で、四角形は偶数的である。これはまあ、当たり前な

          世界は「偶数的なもの」と「奇数的なもの」でできている

          自分の考えは、常に間違っている可能性がある

          「本を読む」というのは、よく考えてみると不思議な行為である。 読書の大切さを否定する人はあまりいないと思うが、じゃあ「読書だけの人生」があったとして、それを肯定することはできるだろうか。 文字通り万巻の書物を読み漁り、誰にも負けない知識と教養を得る。だがそれらを活かすことなく、一生をただただ「読書する」ことにだけ捧げる。 もちろんこれは極論で、そんな人生は実際にはあり得ないだろう。けれども、ひとつの思考実験として、ついついこういうことを考えたくなる。 ある尊敬する人に

          自分の考えは、常に間違っている可能性がある

          オフィシャルサイトを作ってみました!

          いまさらながら、オフィシャルサイトを作ってみました! 内容的にはポートフォリオに近い感じで、これまでに書いた著書、雑誌やWEBなどの記事、楽曲、パステル画、講演などを紹介しています。 さらに、これまでやってきたアルバイトなんかも載せていて、読む人は「私の人生に全く必要ない情報だな」と思うこと請け合いです。多分その通りなのですが、よく考えてみると、人生で得られる情報のほとんどは不要なのではないでしょうか。もっと言えば、自分が生きていること自体がそもそも不要な……。いや、何で

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          あらゆる風景は「心象風景」である〜『みんなの立石物語』を読んで〜

          『みんなの立石物語』(みんなの立石物語プロジェクト編)は、立石に暮らす一人ひとりの歴史と「心象風景」を記録に残すプロジェクトである。と同時に、かつての「風景」が大規模な再開発によって失われつつあるいま、なお残すべき「立石らしさ」を掘り起こすための営みでもある。 読んでみてまず感心したのは、これが単なる資料的な冊子としてではなく、読み物として実に面白く、読者の興味を引かずにはおかない内容に仕上がっているということである。 名店の店主が語る驚きのエピソードから、立石の生き字引

          あらゆる風景は「心象風景」である〜『みんなの立石物語』を読んで〜

          まだ暖房つけてない

          今日は急激に冷え込んで真冬並みの寒さ。 まだ暖房つけていない。 どこまで暖房なしでいけるのか? 今日を乗り越えられれば、ひと冬このままいけるのか? 部屋が冷え込むと、明らかに機動力が下がる。 思考も鈍る気がするが、いや、それはもともとか。 日本の伝統的な家屋は、冬の寒さよりも、夏の暑さをどうするかに主眼を置いた造りになっていたという。 冬は着込めばなんとかなるが、夏は全裸でも耐え難い。 そういう考えなのだろうけど、僕は賛同しかねてる。 「われわれが住居を営む

          まだ暖房つけてない

          東京都北区十条「しかのいえ」にて「小説作法ゼミナール」第3期生募集中!

          東京都北区十条の住宅街にあるコミュニティスペース「しかのいえ」。ここで開催されている「小説作法ゼミナール」が、第3期生を募集しています。 講師は、数々の名作小説を世に送り出してきたベテラン編集者・大久保雄策さん。 渡辺謙主演で映画化された荻原浩『明日の記憶』などが有名かもしれませんが、最近の話題で言うと、この秋公開される映画「おしょりん」の原作者である藤岡陽子さんを発掘し、そのデビュー作を手がけたのも大久保さん。 他にも池澤夏樹『新世紀へようこそ』、大西巨人『深淵』、門

          東京都北区十条「しかのいえ」にて「小説作法ゼミナール」第3期生募集中!