見出し画像

「羽生マジック」はもうみられない?AIによって変わる将棋観戦

はじめに

藤井聡太五冠と羽生善治九段が対決するALSOK杯王将戦が盛り上がっていますね。私自身、長年にわたって指す・観る共にしてきた将棋ファンということもあり、今回の対局はとても楽しみに観戦しています。

藤井五冠の活躍もあり、近年注目を集めている将棋界ですが、AIの影響によって大きく変わった業界の一つかと思います。今回の記事では、将棋とAIの歴史を簡単に紹介しつつ、将棋観戦がどのように変化しているかについて、紹介してみたいと思います。

将棋とAIの関係

将棋界において、もっともAIへの注目が集まった時期は、2010年前後が挙げられるのではないでしょうか。

それまでにもプロvsコンピュータは数局おこなわれていたのですが、2013年の「第二回将棋電王戦」において、初めてプロ棋士とコンピュータの対抗戦がおこなわれました。

今でこそ「AIの方が人より強い」という認識が当然ですが、当時は「人間とコンピュータ、どっちが強いのか?」というワクワク感があり、非常に盛り上がったように記憶しています。

結果としては、人間の1勝3敗1持将棋。
現役のプロ棋士が、初めてコンピュータに敗れるという歴史的な大会となりました。

将棋電王戦は、その後も第3回とFINALといった形で続いていきます。
第3回将棋電王戦では、プロ棋士側の1勝4敗という結果となった一方、FINALではプロ棋士側の3勝2敗と一矢報いる結果となりました。

将棋電王戦FINALをもって、「プロ棋士vsコンピュータの対抗戦」という形での大会は終了し、その翌年から、叡王戦の優勝者とその時の最強コンピュータが2番勝負で戦う「電王戦」という大会が開催されました。

第一回電王戦は山崎隆之叡王vsPONANZA、第二回電王戦は佐藤天彦叡王vsPONANZAという対局がおこなわれ、どちらもプロ棋士側の0勝2敗。
特に、第二回では当時の名人が破れるという衝撃的な結果となりました。

この頃から、「AIはトップ棋士よりも強い」といった認識が当然のようになったのではないでしょうか。

AIによる変化~棋士編~

AIの進化によって、プロ棋士の研究にも変化が生まれました。
それまであまりプロで指されなかった「雁木」の価値が見直され、「エルモ囲い」というコンピュータ発祥の手が升田幸三賞を受賞するといったことが起こりました。

また、藤井聡太五冠をはじめ、現代のプロ棋士の多くが、AIによる研究を導入していると言われています。タイトル戦などにおいても、AIでの研究範囲は速いスピードで対局が進んでいくことがあります。

渡辺明名人は東京新聞の取材で、将棋の研究におけるAIの活用について以下のように答え、話題となりました。

「ただ暗記しているだけです。時間がかかって面倒だけど、やることは決まっているので」

東京新聞
「現役最強」の名敵役 デビュー20年、初の名人を獲得 渡辺明三冠(将棋棋士)

AIによる変化~観戦編~

AIによって変化したのは、将棋を指すプロ棋士だけではありません。
多くの将棋を観るファンにも影響を及ぼすことになりました。

その理由が、AIによる「優勢度合いや最善手の表示」が挙げられます。
今は将棋のオンライン中継が一般的ですが、対局を見ていると、図1や図2のような表示が掲載されています。

図1: 優勢度合いの表示例
図2: 最善手の表示例

図1のような優勢度合いの表示では、先手と後手のどちらが優勢になっているかが一目で分かります。この図であれば、後手の方が若干有利になっている、といった解釈をすることができます。

また、図2のように、AIが示した最善手の表示も一般的になっています。
最善手を指すと優勢度合いは変わりませんが、次善手以下を指すと優勢度合いに変化が生じます。今回の例では、3八玉を指すと1%、6六桂を指すと5%下がってしまいます。

では、こうした表示によって、将棋の観戦方法はどのように変化したのでしょうか?

AIの表示がないかつての将棋観戦においては、どちらが優勢なのか、最善手は何なのかが分かりませんでした。そのため、解説などを参考に自分でも手を予測しながら、対局している棋士がどのような手を指すのか見守る楽しさがありました。

一方で、今の将棋観戦においては、AIが最善手を示してくれます。
それによって、観戦している人は棋力に関係なく「正解の一手」が分かっており、対局している棋士が「最善手を指せるか否かを見守る」という観戦の方向に変わってきている
印象があります。

図3: かつての将棋観戦と今の将棋観戦の違い

羽生マジックはもう見られない?

ここで、今回のブログタイトルである「羽生マジックはもう見られない?」という問題を考えてみたいと思います。

羽生マジックとは、「羽生善治九段しか思いつかないような一手」のことを意味します。「5二銀」をはじめ、将棋ファンの方であれば、いくつか思いつく手があるかと思います。

上述したように、AI発達前は、私たちは最善手を知ることができませんでした。そのため、羽生先生が指された手に対して、「そんな手もあるのか」「分からなかった」といった驚きを、(時には解説の棋士の先生とともに)楽しむことができました。

一方、今の将棋観戦では、私たちは正解の一手を知っています。
すると、羽生先生がどんなに素晴らしい手を指しても、観戦者の感想は「最善手を指せた」「それは最善手ではない」といったものになりがちです。

答えを知ったうえで観戦ができるようになったが故に、観戦者の立場からはマジックの驚きを得にくい状況になってしまったのではないかと思います。

AIによる将棋観戦はいいこと?悪いこと?

では、AIを使った将棋観戦は、よくないことなのでしょうか?

私自身は、良い面も多いように感じています。
なぜなら、素人目にも点差や凄さが分かる野球やサッカーのように、AIによって、将棋の面白さをより多くの人が直感的に理解できるようになったためです。

これまでの将棋観戦は、「どちらが優勢か」といったことが分かりにくく、対局が長時間ということもあり、視聴のハードルが高かったように思います。しかし、AIによって、将棋を指せない方であっても観戦を楽しめるようになったのではないでしょうか。

実際、NHKのプロデューサーの方も、AIの導入理由を以下のように回答されています。

NHKの囲碁将棋番組は根強いファンに支持されていますが、一方で少々敷居が高い、そう思われているところもあります。公共メディアとしてはこれまで以上に幅広い年齢層に見て欲しい。必ずしも囲碁将棋ともルールに精通していない方々にも興味を持ってもらいたい、その入り口として、対局の形勢判断をわかりやすく伝えることが効果的だと考えました。

ABEMA TIMES
ついにNHKも導入した将棋対局の「AI勝率表示」放送担当者に聞く技術革新と未来像

少し前に、ラグビーの「にわかファン」が話題になりましたが、ファンなくして業界は拡大していきません。必ずしもプレーしない方がスポーツを見るのと同様に、いわゆる「観る将」を増やすための取り組みとして、AIの導入はとてもいいことだと思います。

一方で、昔から将棋を見ている方の中には、「昔の方が良かった」というファンもいらっしゃるのではないでしょうか。私自身も、考える楽しみや指し手へのワクワク感が減ってしまったことに悲しさもあります。

こうしたことを「悪いこと」とまでは言えませんが、考える楽しさを感じられる取り組みもあるといいのかなと思います。

まとめ

ここまで、AIが将棋界に与えた影響について、私なりにまとめてきました。

上述したように、AI導入前と導入後で将棋の観戦の視点が異なってきたように考えています。特に、AIによって正解が分かってしまうため、棋士の先生方の「すごい一手」を体験できなくなったのでは?というのが、今回の記事でお伝えしたかった仮説です。

とはいえ、一将棋ファンとしては、AIを使った新しい観戦方法により、将棋人口が少しでも増えたらいいなとも思っています。

この記事が参加している募集

スキしてみて

マーケティングの仕事

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?