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大日本末期文学全集

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終末感が滲み出る文章がまとまったら、ここに投稿します。イラストと文を合わせて一つの作品になっていることもあるので、雑誌のような感覚でお楽しみください。
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2020年7月の記事一覧

『松と竹と梅と』

『松と竹と梅と』

松竹梅

日本語にはそういう表現があって

外国語にも訳せると思うけど

それはさておき

お寿司とか

鰻とか

でしょう

そういう設定は

ねぇ

ラーメンでやる?

ら、

ラーメンで

やる?

梅からして1500円

竹は1800円

松は2500円ですって

あっさり塩味

具材は控えめ

スープのコクと

麺の歯ごたえを楽しむラーメン

松より上等の

錦鯉とやらは4000円

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『回覧』

『回覧』

会社いちばんの嫌われ者が

退職することになった

送別会は

いったん企画して

理由をつけて

皆で欠席

場合によっては

ヤツの最終日に

皆で有給

朝から誰もいない

そういうことに

してやろう

そういった旨の文書を

社内で回覧したら

せいぜい20名弱のオフィスが

ざわざわ

ざわついた

唯一の良心

社長は

アタシが回したその書面を目にとめるやいなや

眉間に皺を寄せて

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『冷やすだけでいいしね』

『冷やすだけでいいしね』

常連の甚さんが

「この店はサーバー掃除してねえし、注ぎ方もなってねえ」

とかいうもんだから

ジョッキの生頼むひとがとんといなくなった

瓶しか出ていかない

業者からはタンク仕入れてくれないと困るとか

圧力あるけど

だってなあ

掃除面倒だしなあ

そりゃ利益はね

ジョッキ生のが良いよ

でもね

めんどいんだ

瓶なら

冷やすだけでいいしね

あぁそんなことより

ポテサラのチュー

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『落とし穴おちる』

『落とし穴おちる』

落とし穴おちる(52)は芸歴34年の大ベテラン

落とし穴一本でやっている

目の前の地面が明らかに周囲と違う色だろうと

スタッフのヒソヒソ話が自分に聞こえてこようと

そんなことはおかまいなし

手招きされれば無邪気に向かう

走るでもなく踏みしめるでもなく

しっかりと前を見て

落ちる

ウレタンだったり

泥水だったり

最近は少ないけどキムチだったり

下に何が敷かれているのかちょっと

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『かまうことなく』

『かまうことなく』

炎天下

畑から獲ってきたばかりのとうもろこしを

豪快にそのまま塩ゆでして

むしゃぶりつく

一本、二本、三本と...

まあ六本は軽くいける

夏がくれる至高の味覚

残った二本は

ラップにくるんで

冷蔵庫へ

いったん冷やした場合は

醤油を塗って網で焼く

これがまた良い

ほんとうは親戚一同に送るようにと

母から言いつけられている

だけれども

こんな旨いモノを

誰がくれてや

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『神扱いまであった』

『神扱いまであった』

匿名垢に学校名のハッシュタグつけてさ

"放課後に教室の窓から好きな人の名前叫ぶと結ばれるよ"

ってやってみたわけ

けっこう反響あって

リプくれる子も多かった

"叫んでみたよ"

はもちろんのこと

"おかげで付き合えました"

っていう報告も

”神様ありがとう”

神扱いまであった

うん

全部知ってるよ

投稿した日からもう三週間経ったかな

毎日俺はグラウンドの倉庫に潜んで

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『かなぐり捨てて』

『かなぐり捨てて』

ポエムで大成するために

会社を辞め

妻子と離れて

渡米した

年収一千万も惜しくない

泣き喚く妻と幼な子

かなぐり捨てて

遥か遠国へ

全ては我が人生

覚悟の上での苦行である

まずは語学学校に通う

ひとまわり以上離れている仲間がほとんど

日本人ばかり

見ればなかなか可愛いコもいる

この解放感はたまらない

ハワイは最高だ

詩歌を綴るには英語が最適であると考えた末

どうだ

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『真夜中にそうっと』

『真夜中にそうっと』

夜逃げをしている

何も前触れなく

真夜中にそうっと

母に起こされ

父には何も声を上げるなと言われて

クルマに乗り

もうかれこれ三時間は走り続けている

間違いなく

夜逃げというやつだろう

高額な借金を抱えていたり

身元を隠さなければいけなかったり

そういう事情があるから逃げるのだよなと

思っている

大学には行けないだろうなと思った

高校最後の夏になんてことだ

クルマはち

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『アサダヤ雑貨店』

『アサダヤ雑貨店』

集落で唯一、日用雑貨を取り扱っていたアサダヤ雑貨店は

いつも時代の最先端を走っていた

原宿の竹下通りでファンシーグッズが流行れば

乗じてそれを取り寄せ

雑誌のスクラップとともに店先へ

渋谷のセンター街でスニーカーが流行れば

それもまた然り

オトナもコドモも魅了された

アサダヤ雑貨店

店主夫婦には三人の息子がおり

繁忙期には皆、店を手伝っていた

やがて時代が下ると

高齢化、過

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『我が庭で』

『我が庭で』

会社も定年を過ぎて

とりわけ趣味もない

天気の悪くない日は

ひたすら縁側に腰を下ろし

ぼうっと空を眺めるか

居眠りをするか

ところで

庭を隔てたアパートの二階で

若夫婦がよく喧嘩をしている

日夜怒号とともに

ガチャン!とか

バリン!とかいった

金属音やら

陶器が割れるような音やらが

私の耳に届く

部屋のなかはさぞかし傷んでいることだろう

隣人にもあるいは迷惑がかかっ

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『※おねぇさんもついてきます』

『※おねぇさんもついてきます』

たいていの場合、逆です

おねぇさんはついてこないのが相場です

ところがなんと良心的

こちらの商品は

おねぇさんもついてきます

包み込むような感覚が心地良い!

使い方あれこれ

自由自在

月賦も可です

お問い合わせは

お電話、ハガキ、ファックス

インターネットもご用意があります

これには各方面が黙っていなかった

炎上した

販売会社は耐え、忍び、貫いた

売上は急増した

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『秘湯爺さん』

はす向かいに「秘湯爺さん」と呼ばれている人がいる

なんでも50年以上

全国各地の秘湯を求めて歩いているのだとか

私はまったく温泉への造詣は深くないので

その凄さの半分も理解していないのだろう

爺さんは以前、秘湯に関する書籍を執筆したことがあったり

なんとか温泉協会みたいなところから表彰をされたり

そんな人らしい

秘湯とはどんなものか爺さんに尋ねる機会があった

曰く

そりゃあほん

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『氷葬』

『氷葬』

氷河は東へ八時間走ったところにある

リンネは十五歳の若さで逝った

家族に看取られて

はや四年

父と二人の兄は

決まって火曜日と金曜日にリンネに会いに行く

あの日のままの姿を保って

氷河の隙間で眠る彼女に

四年間

かかさず

会いに行く

車を交替で走らせて

亡骸に

会いに行く

母はいっぽう

家で待つ

留守番もさることながら

収入を得なければならない

男連中が

リン

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