たんぽぽの笛ノート

たんぽぽの茎を笛みたいに鳴らして遊んだことありますか? 田舎の療養病院で嘱託医をしてい…

たんぽぽの笛ノート

たんぽぽの茎を笛みたいに鳴らして遊んだことありますか? 田舎の療養病院で嘱託医をしています。好きなものはマンガと歴史と音楽。 スマホの待ち受け画面は若いジェフ・ベックです

最近の記事

実盛

 「赤旗百件配っちょります」  というのが自慢の元気な七十代。インスリン治療をしながら定期通院中。  ある日、あるかなきかの白髪を黒々と染めてあらわれました。  「あら、どうしたんですか?」  「いやそれがですなあ」   数日前若者の集団に襲われ、新聞を投げ散らされたり踏みつけられたりしたそうです。体にはさしたる暴力は受けなかったそうですが。  「年寄りとなめられてはいけんと思ってですなあ」  それで髪を染めたとのこと。「別当実盛ですね」と言いたくてしかたありませんでした。

    • 祇園精舎の鐘の声

       私の父は床屋の長男でした。でもあとは継がずに設計の仕事をしたのです。床屋は次男が継ぎました。お正月などにおばあちゃんの家に行くと、私は床屋の店先に行ってそこにあるマンガに読みふけりました。「少年画報」がいっぱいあったのです。赤胴鈴之助やまぼろし探偵などの連載がありました。  その中に別冊ふろくの「弁慶」というマンガがありました。これがまあ、面白くて面白くて、おばあちゃんにねだってその本をもらって帰り、何度も読んで読むたびに笑いころげたのです。それが手塚治虫のマンガだったので

      •  慣用句

         大わらわ  ニュースでアナウンサーが言いますね、「人々が祭りの準備で大わらわです」  この言葉、もとはどういう意味なのだろうといつも思っていました。それが、見つけたのです。平家物語、一の谷の合戦の一場面です。  源氏方の梶原源太景季が、「馬をも射させて(射られて)徒立ちになり、兜をもうち落とされて、大わらわに戦いなって」いるところへ、父の梶原景時が、「源太討たすなものども、景季討たすなつづけや」と駆けつけてくるのです。  わらわは幼い子供のこと、わらわ髪とはおかっぱ頭のこと

        • ひらめの刺身

           私は小学校四年生。秋だったか冬だったか、吹き降りが激しい嵐のような夜でした。父親の帰りが遅く、なんとはない不安に寝そびれて、いつになく遅くまでテレビを見ていたのです。もの悲しい音楽が流れ、「日本の素顔 奇病のかげに」というそのドキュメンタリー番組は始まりました。  タイトルバックに一人の老人の横顔がシルエットで写り、コップの水を口元に運ぼうとするのですが、ひどく手が震えてしきりと水がこぼれるのです。これが、水俣病を広く世の中に知らせることになった番組だったのでした。酔っ払い

          ポンペイ

           ヤマザキマリさんの力作マンガ「プリニウス」がついに完結しました。  世界の不思議な事物を求めて、霊を見る猫や、危険を予知するロバや、もの言うカラスをともなった漫遊の旅がもっともっと続いてほしかったのですが。  「博物誌」を書いたローマの学者プリニウスは、ポンペイを襲った紀元79年のヴェスビオスの噴火に巻き込まれて亡くなったのでした。ヴェスビオス山のように、大量の軽石や火山灰を噴き上げる大噴火をプリニー式噴火と呼ぶのは、プリニウスの名にちなんでいるそうです。  長年疑問に

          安達が原

           いとこのサブちゃんは私より三つばかり年上で、お正月などにおばあちゃんの家で会った時によく遊びました。半ズボンに格子縞のベストを着ていたりして、いいところの坊ちゃん風でしたが、まあ普通の男の子でした。ある日叔父さんの結婚式で、周囲に促され、立って朗々と「タカサゴヤー、コノウラフネニホヲアゲテー」と謡いだしたのです、少しばかりだぶついた中学生の詰め襟姿で。びっくりしました。その時まで私は知らなかったのですが、おばさん、つまり父のお姉さんのお嫁に行った先は観世流の謡の家元だったの

          帝王切開

           古代ローマの英雄ユリウス・カエサルは帝王切開で生まれたといいます。  でもそれはあやしい。カエサルは紀元前ちょうど100年の生まれ。その時代にそんなことをすれば母体は死んでしまいます。ユリウス・カエサルの母は長生きしたことが知られているからです。  この話は紀元後一世紀のローマのプリニウスという人が、「博物誌」の中に書いているそうです。しかしこれは自然の事物についてだけでなく、各地の伝説や海山の妖怪についても書き散らしてある本ですから、単なる伝承を記したものか、カエサルと

          大統領

           トランプ大統領がようやく引っ込んだと思ったら、プーチン大統領が世界を引っかき回しています。大統領とは民主国家の指導者のはずですが、この頃ほとんど独裁者と言っていい大統領が続いて現れています。  ところでプレジデントを大統領と訳すのは不適切だと言われています。「統」も「領」も支配し権力をふるう意味ですが、プレジデントという言葉にはそういう意味は含まれていないのです。プレジデントは主催者というほどの意味。会社の社長もプレジデント、会議の議長もプレジデント、美術館などの館長もプ

          四つ辻で悪魔に逢う

           ボイジャーに乗って宇宙を旅しているチャック・ベリーは、ビートルズがカヴァーした「ロックンロール・ミュージック」を歌い、「ロック界のレジェンド」と呼ばれたシンガーソングライターですが、本当のロックの創始者の話を別に聞いたように思いました。……「四つ辻で悪魔に逢った」?  たぶん、浦沢直樹のマンガ「二十世紀少年」にあったんだと思います。  その言葉でネットで検索してみたら、すぐに出てきました。有名な話らしいのです。  ロバート・ジョンソン。南部のブルースのギター奏者ですが、1

          四つ辻で悪魔に逢う

          銀の谷 ―松本零士さんを追悼するー

           二十歳のころ、漫画雑誌COMを読んでいました。COMは手塚治虫さんが、ライフワークの「火の鳥」を載せるために主催していた漫画誌です。  買った覚えがないから立ち読みしていたのでしょう。当時の本はカバーなどかかっていなかったので、立ち読みができたのです。いくつもの本屋をはしごして読みました。  そのCOMに、「無限世界シリーズ」という作品がありました。砕け散る運命の太陽系第五惑星を逃れて、第三惑星を目指すというSFや、虫たちを人間化したメルヘンチックな話などですが、闇の中に

          銀の谷 ―松本零士さんを追悼するー

          マイ・ボニー

           長い皇太子時代を経て、ようやく即位したイギリスのチャールズ国王。チャールズ三世と呼ばれます。しかしチャールズ三世と呼ばれた人がほかにもいたと言う話です。  1964年、中学1年だった妹のクラスでの出来事。男子生徒が音楽の時間に1枚のレコードを持って来て、それをかけたいと言うのです。音楽の先生は何気なく許可しました。  「マイ・ボニー……」とのびやかな声が歌い出し、先生もふんふんと聴き入っていたのですが、突然!   おわかりですね、ロックの音が爆発したのです。その時の先生の

          ボイジャーの旅

           科学雑誌「日経サイエンス」の最近の号に、宇宙探査機ボイジャーの話が載っていました。だいぶ昔に打ち上げられて、木星や土星やその惑星の鮮明な写真を送ってきたあの船です。木星の衛星に火山があったり、氷に覆われていたりが判明して太陽系の概念を書き換えることになったあの写真です。  この探査機が打ち上げられたのは1977年。その計画は慌ただしく立てられ、探査機は大急ぎでつくられました。ある人が、1970年末から80年代初めにかけて、地球、木星、土星、天王星、海王星が一線に並ぶことに