帝王切開
古代ローマの英雄ユリウス・カエサルは帝王切開で生まれたといいます。
でもそれはあやしい。カエサルは紀元前ちょうど100年の生まれ。その時代にそんなことをすれば母体は死んでしまいます。ユリウス・カエサルの母は長生きしたことが知られているからです。
この話は紀元後一世紀のローマのプリニウスという人が、「博物誌」の中に書いているそうです。しかしこれは自然の事物についてだけでなく、各地の伝説や海山の妖怪についても書き散らしてある本ですから、単なる伝承を記したものか、カエサルという名にかけたプリニウスの冗談かとも言われています。
カエサルという言葉は、ラテン語で「切り出されたもの」という意味で、死亡した母親の腹を裂いて取り出された子を意味することがあるのだそうです。妊娠後期に妊婦が死亡した時、そうするべきと当時の法で定められていたとのこと。赤子が生きる可能性を見過ごしてはならないというのです。さすが肉食の西欧人、血を見ることをおそれなかったのでしょう。
この処置はヨーロッパがキリスト教化されたのちも行なわれました。胎児が生きているうちに取り出して洗礼を受けさせ、天国へ送るのが目的でした。しかしそのようにして生を受け、生き延びる赤子もいたようです。
近代になって、難産の母体を救うためにこの処置が行われるようになりましたが、むろん救命率は低かったのです。ドイツではこれをカイゼルシュニットと呼びました。カイゼルはドイツ語で皇帝の意味、シュニットは切るという意味ですから、日本では帝王切開と訳されたのでした。
シェイクスピアの悲劇「マクベス」。魔女の予言に惑わされて王を殺して簒奪者となったマクベスは、周囲がすべて敵という危機に陥った時、再び魔女の予言を求めに行きました。その予言は、
「女が産んだ人間がお前を倒すことはできない」
「バーナムの森が攻めよせてくるまでは、お前は滅びることはない」
しかし敵方は、兵力をくらますために木の枝を背負って行軍してきたため、森が動いてくるように見えたのでした。最後にマクベスを追いつめたのは、彼に妻子をみな殺しにされた武将マクダフ。「女が産んだ人間がおれを倒すことはできないのだ」と言うマクベスに、あざ笑って言うのでした。
「このマクダフは月足らずで、母親の腹を裂いて引きずり出された人間だぞ」
「女から生まれた人間」ではなく、「女が産んだ人間」と言った魔女の言葉がトリックだったというのが従来の解釈ですが、シェイクスピア研究者の加藤行夫先生が言われるには、死んだ母親はすでに女ではないのだと。
オフェーリアの墓を掘っている墓堀り男が、墓の主は男か女かと訊ねるハムレットに答える場面があります。
「もとは女だったが、今じゃ死人だ」
療養病棟の朝の回診。あるご老人の枕元に貼った紙に一句ありました。
青嵐マクベス攻むる森のごと
若松の俳句協会の会長をつとめた方であったそうです。
(青嵐 新緑をそよがせて吹き渡るやや強い風 夏の季語)
参考文献
医療今昔物語 帝王切開:臨床科学 25巻10号
帝王切開と〈女〉の死―『マクベス』の〈謎〉は解かれたか 加藤行夫
「シェイクスピア:世紀を超えて」日本シェイクスピア研究会編 研究社
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