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銀の谷 ―松本零士さんを追悼するー

 二十歳のころ、漫画雑誌COMを読んでいました。COMは手塚治虫さんが、ライフワークの「火の鳥」を載せるために主催していた漫画誌です。
 買った覚えがないから立ち読みしていたのでしょう。当時の本はカバーなどかかっていなかったので、立ち読みができたのです。いくつもの本屋をはしごして読みました。

 そのCOMに、「無限世界シリーズ」という作品がありました。砕け散る運命の太陽系第五惑星を逃れて、第三惑星を目指すというSFや、虫たちを人間化したメルヘンチックな話などですが、闇の中にたたずむ、かげろうのような羽根を持った妖精、髪の長い美女の絵が幻想的で、こんな絵のうまい漫画家がいたのかと思いました。作者の名は松本零士。はじめてその名を見たのです。


 そのシリーズの何作目かに、荒れ果てた故郷をあとに新世界を目指して、とぼとぼ歩く頭でっかちの少年の絵を見た時に思いあたりました。
「松本あきらだ!」
 マンガを読んで育った小学生のころ、少女漫画のストーリーはたいていお涙頂戴ものでした。継母にいじめられて女中のようにこき使われるとか。バレエの才能のある貧しい少女が、お金持ちの少女にいじめられる話とか。
そんな中で、松本あきらのマンガは異色でした。メルヘン、SF、ミステリー。幽霊屋敷を探検してラジオの実況中継をする話とか、霧の中にあらわれてローレライを名乗って人を殺す美女の話とか。

 忘れられなかったのが「銀の谷のマリア」。
 時は中世、ブロッケンの山に隠れ棲む人々。時に夜に街に出て、屋根の上で群れて踊るのです。彼らは妖精と呼ばれ、あるいは魔女、魔法使いと呼ばれて迫害されるのです。かつて海に沈んだアトランティス大陸の生き残りの人々なのでした。

 萩尾望都さんの「精霊狩り」というマンガを、大人になってから読んだのですが、夜に屋根の上を飛び回って遊ぶ少女が、精霊と呼ばれ迫害される。コメディーなのですが、モトさんは絶対「銀の谷のマリア」を読んでいる!と思いました。彼女は花の二十四年組。私と同い年なのですから。

 少女漫画雑誌を卒業したあと、松本あきらのマンガを見る機会がなかったのですが、久しぶりにみたそれは衝撃的でした。その後やがて松本零士さんは、「銀河鉄道999」でブレイクしたのです。「無限世界シリーズ」の美女、メーテルの原型なのですよ。

 最近ようやく、「銀の谷のマリア」がコミック本になり、飛びついて買って読みました。それが載っていた雑誌を買ったわけではなく、友達に借りて読んだので、そう何回も目にしてはいないだろうに、あちこちの絵柄やセリフが記憶に残っていました。子供の記憶力って不思議ですね。
 幼い私の世界観の一部をかたちづくってくれた松本零士さんです。


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