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幌馬車隊

 YouTubeってなんでも見られるんですね。遠い昔のテレビの西部劇、「ララミー牧場」の映像の断片が見られる。ジェス役のロバート・フラー好きだったんですよね。十一歳だった私の初恋の人です。
 そのうちに妙な動画に出くわしました。少し老けたフラーが、あやまって人を殺して、幌馬車隊から追い出されることになって、妻子を抱いて別れを惜しむ場面、険しい雪山の向こうに妻子がいると、必死に雪を分けて進む場面、陽射しの明るい雪原での子供たちとの再会の場面。動画の題は「ロバート・フラー演じるジェームス・リード」というのです。実在の人物なのかなと思って検索してみたら、開拓時代の暗い歴史でした。
 それは「Donner Pass」という1978年のテレビ映画の抜粋でした。ドナー峠とはカリフォルニア州を南北に走るシェラネバダ山脈を越える峠道です。米国でもっとも降雪量が多く、「ドナー峠での雪との闘い」というドキュメンタリーもあったりして、現代でも冬季に越えるのが困難な道らしいのです。

 1846年にジョージ・ドナーを隊長とする幌馬車隊が、雪のシェラネバダ山脈を越えようとして、22フィート(6.7メートル)の積雪に阻まれて動けなくなったのです。砂漠を越える時に水や飼料の欠乏で多くの牛馬を失い、険しい岩山の道で大幅に行程が遅れて、峠にかかった時に雪の季節が来てしまったのでした。食糧も尽きて凍死や餓死が相次ぎ、87人のうち生きて西海岸にたどりついたのは48人。ドナーも亡くなりました。生き残った人々は死者の肉を食べたのでした。彼らはそのことで罪に問われることはありませんでしたが、周囲の冷たい視線や自責の念に苦しんだようです。その後そこはドナー峠と呼ばれ、その悲劇は今も語り伝えられているのです。
 ジェームス・リードはドナー隊の副隊長格でした。隊の中で人望もなく、フラーが演じたような勇猛な男でもなかったということですが、隊を追い出されて雪が降る前に峠を越えていたので、救助隊を組織するために懸命に働いたのでした。彼の家族は全員生き残りました。ということは人肉を食べたのでしょう。

 そう言えば昔「幌馬車隊」というテレビドラマがあったのです。若いフラーが脇役で出ていた回をおぼえています。幌馬車がひっくり返って妻が大怪我をする。動かせないので夫婦は本隊が出発してもあとに残り、隊長アダムスが医者を呼んでくるのを待つのですが、天候が悪化して吹雪にみまわれる。懸命に眠るなと呼びかけるのですが、妻は眠ってしまう。夫は焚火を踏み消して、「僕もすぐ行くからね」と寄り添って目を閉じるのです。しかし強風にあおられてテント布が二人の上に覆いかぶさり、その上に積もった雪が体温を保って凍死を免れるという話です。

 アニマルドキュメンタリーで、雪の中のトンネルで暮らすネズミが写り、雪の中は暖かいという話を聞いて、私はこのドラマを思い出したものです。
なんとそのドラマはYouTubeでフルに見られるのです。記憶になかった場面もありました。まだ元気な妻が不穏な雲行きの空をながめて「私、雪が大好き」と言う。隊長アダムスが、「ドナー峠の話を聞かせてやるんだね」と言うのですが、夫はドナーとは若い娘の名であるとして冗談に紛らしてしまうのです。二十年後にドナー峠の悲劇をえがく映画に出演することになった時、フラーはこの場面を思い出したでしょうか。

 それにしても人々はなぜ、そんな苦難の道を越えて未知の土地をめざしたのでしょう。現実の生活がそんなにままならなかったのでしょうか。ここではないどこかに幸せがあると信じたのでしょうか。

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