ある日の悪夢の話 ver.2

 ふと、何かが手に触れた感覚で、現実に戻された。
 私は、寝返りを頻繁に打つ。それに伴い、布団や枕、壁などが手に触れるのは珍しいことではない。
 しかし、その日は妙に違和感を覚えた。
 
 何が、手に触れたのだろう。
 
 確認しようと身体を起こそうと力を込めるが、身体は言うことをまるで聞こうとはしない。むしろ、そこに留まるように命令を受けたかのように、身体はその状態を維持し続けた。
 
 私は金縛りを両手の数程度経験している。

 この日もまた、それが起こったのだろうと達観していた。
 所詮、体感としては長く感じるものではあるが、数十秒、耐えてしまえば何てことはなく。
 そもそもオカルトの類いを信じない私にとって、それは一過性の、謂わば通り雨のようなものだった。
 
 再び、手に触れられた感覚が襲った。
 
 身体は石と化してしまっている。しかし、抵抗を示すために身体に力を込めた。
 
 その瞬間、あらゆる方向から複数人から押さえ付けられた。押さえ付けられたと表現したが、実際は定かではない。
 
 とにかく、あらゆる方向から強い力がのし掛かってきた。
 
 これはヤバイと本能で察した私は、本気の抵抗を試みた。それらを払い除けようと、渾身を以て暴れようとした。
 
 いざ行動を開始すると、すんなりと上体を起こすことが出来、何だったんだと、一息ついた。
 
 そして、水でも飲もうと立ち上がった時に、更なる異変に行き逢った。悪夢はまだ、始まったばかりだった。
 
 立ち上がった私を囲んでいたのは、見たことのない風景。円形の部屋に、暗がりではっきりとはしないが、複数の黒い扉があるのが分かった。
 
 何処なのか皆目見当も付かず、立ち竦む私の鼓膜を、断末魔のような金切り声が一閃した。
 
 それが、赤子の泣き喚く声だと理解したのは、そこに小さな生首が「おぎゃあおぎゃあ」と繰り返しながら揺れていたからである。
 
 途端に、恐怖が全身を支配した。
 
 そこの部屋には、私以外の複数の影が蠢いていた。
 
 ある人は「ほほほほほほほ」と笑いながら、壁に頭をぶつけ続け、またある人は恨み辛みを溢しながら、自らの腕を食べていた。
 
 ここに居座る結末を察した私は、一つの扉に駆け込んだ。それが正解かも分からなかったが、とにかく、あの部屋にいてはいけないという本能だけが、足を動かした。
 
 果たして、その扉は素直に道を譲った。
 
 そして、眼前に広がったのは実家の風景だった。
 
 ここで注釈を挟むが、私の実家は一般的な二階建ての構造であり、二階は主に寝室、一階は主にリビングの用途として使用していた。
 その時、私の目の前に映ったのは、二階の寝室の光景である。
 
 唐突に現実味のある世界に叩き出された私の足は、動く力を失った。
 
 しかし突如、私の背後を、「ほほほほほほほ」という声が直撃し、私はなりふり構わず、二階から飛び降りた。
 振り向くような悠長な時間はないと悟ったこと、そして、そもそも相手の顔を拝みたくなかったこと、これらのためだ。
 
 庭になんとか着地した私は、追手の姿がないことに安堵を溢し、一階のリビングを視界に捉えた。
 
 そこには、いつもの風景があり、両親が何かを口にする姿があった。
 
 私は、その光景についに安心を噛みしめ、家の中へと踏み込んでいった。
 
 私の窶れた姿に気付いた両親は、「何があったの」と優しく声をかけた。
 
 私は経緯を説明した。
 順序だてて詳細まで語った所で、全てが伝わるとは思わなかったが、しかし、誰かに聞いてもらうことで、心が晴れることを期待した。
 
 両親は「疲れてるんやないの」と繰り返した。
 
 繰り返し続けた。
 
 何度も、何度も。
 
 「疲れてるんやないの」「疲れてるんやないの」  「疲れてるんやないの」「疲れてるんやないの」
 「疲れてるんやないの」「疲れてるんやないの」
 
 そして、目や耳から、血を流し始めた。
 
 呆然とするしかなかった。
 
 突然に玄関から、女性の声。
 
 「ねぇ、安心した!? 安心したでしょ!?」
 「安心したもんね!? 安心しちゃった!?」
 「安心だ!! 安心したんだ!!」
 「あははははははははは!!」

 もう逃げることは叶わないと、理解した。
 
 玄関がゆっくりと開く音が虚しく響いた。
 
 こちらに、歩みを進めているのが分かった。
 
 逃げようにも、逃げる場所を考えることすら出来なかった。
 
 刹那。
 
 「疲れてるんやないの」
 
 耳元で声をかけられ、思わず、「うん」と返事をしてしまった。
 
 それに呼応するように、「そこにいたのね」と、一言。
 
 玄関から侵入を果たしたそれが、リビングに立っていた。
 
 白いお饅頭のような膨れた頭部に、まばらに顔のパーツが張り付いていた。
 
 「それ」は、おもむろにカメラを取り出した。
 そして、こちらに向けて一度、シャッターを切ったのだ。
 
 「あはははははははは!!」
 「これが未来!! これが未来!!」
 
 そう高らかに笑いながら。
 私にカメラを手渡した-
 
 
 
 
 
 
 
 そこに映っていた光景を、私は記憶していない。
 
 しかし、このような意味の分からない夢の、あのじっとりとした嫌悪感を、その日は遂に拭うことは出来なかった。
 
 近頃の金縛りはシンプルに身体が動かないという、世の中にありふれてしまったものではなく、こうして夢と絡ませながら襲い来るという亜種も跋扈し始めたのだろうか。
 
 夢日記は決してやってはいけないという警句がある。しかし、これは筆を取らずにはいられなかった。
 
 またいずれ、こういった金縛りがあれば面白いんだけどなぁ。
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?