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依存症


1億総依存症社会

僕は少なからず、多くの人が何かに依存して生きていると思う。

それは世界が辛いからで在って、それに対する逃避行動であったり、ストレス対処としてエンタメだとかそう言ったものを消費しているのだと思っているからだ。

依存症に関心があるのは、自分自身がそう言った人間であるからというのもあるが、その奥に生きにくさとか、現実を引き受けられない自分の弱さとかそう言ったものを感じざるを得ないからだと思う。
生きにくいのは改善したいし、現実から逃げてしまうような自分とは向き合ってみたらどうなるのかを知りたい。

そんなこんなで少し依存症について調べてみると以下のようなTEDトークを見つけた。

様々な証拠から私はこう確信するようになりました。

依存症最大の原因は毎日を生きるのが辛いということ。

(強調は引用者)

依存症について自分の考えていたこととズバリ同じようなことを言ってくれている人がいてとても心強かった。ここでは少し、内容を紹介したいと思う。

ベトナム戦争とネズミの楽園

ネズミの楽園について話をしよう。

ネズミを手に入れてオリに入れ 2本の水ボトルを設置します
一つは水だけ もう一つは 水にヘロインかコカインを混ぜたもの
するとネズミは ドラッグ入りの水を選ぶようになり
ほぼ間違いなく 自らを死に追いやります
思った通りですよね?
私たち皆こういう流れを想像します

ところが70年代になり 教授がこの実験について調べたときあることに気づきました

「ネズミが入ってるオリには 他に何もないぞ
この中ではドラッグ以外 することがない
少し環境を変えてみようか」と

教授は別のオリを作り 「ネズミの楽園」と名づけました
ネズミにとって 天国のような環境です
チーズや色付きボールがいっぱい
トンネルもいっぱい
決定的なのは仲間もいっぱいたこと いっぱい交尾できます。
そこに例の水ボトル2本 ふつうの水とドラッグ入り水を設置。
ここで大変興味深い事が起こりました

この「ネズミの楽園」では ドラッグ入りの水は不人気だったのです
ほぼ全く飲まれませんでした
衝動的に飲むネズミもゼロ
過剰摂取もゼロ
独房状態のカゴではほぼ100% 過剰摂取したのに対し
ネズミが幸せに社会生活を営む オリの中では0%だったのです

オリにネズミを入れてみたら、ドラッグ入りの水を飲んだのだけど、幸せな環境を整えてやれば、ネズミはドラッグ入りの水を飲まなかったという例である。
これはネズミの例だけれども、人間の例でも似たようなことが起きていた。それがベトナム戦争である。

ベトナムでは アメリカ兵の20%が ヘロインを大量使用していました
当時のニュース報道を見れば わかると思いますが
皆がこれを非常に憂いていました
「大変だ 終戦後にはアメリカの街中に何十万人の ジャンキーが溢れてしまう」

そう思って全く当然ですね

ヘロインを大量に摂っていた兵士達は 追跡調査を受け
総合精神医学誌が非常に綿密な 研究を行いました
さてどうなったでしょう?

兵士たちに更生施設は必要なく 禁断症状も出ませんでした
95%がクスリをパッと止めたのです

ベトナム戦争というオリから帰った人間は、ドラッグを使うことをやめた。それを元に、依存症の原因は辛いからではないかと新たに思ったわけである。

この法則によると、辛いからドラッグを使うわけで、ドラッグを使った人に今の日本のような厳罰や社会的制裁という辛さを与えて「オリ」に閉じ込めたら、どうなるだろう。ドラッグ入りの水をまた啜り始めるのではないか?

実際日本の覚醒剤事犯の再犯率は67.7%と高い水準である。

データは、薬物の乱用の厳罰化が悪影響を及ぼしそうな雰囲気を感じさせるものだが、とってきたデータのホームページの名前は【薬物乱用防止「ダメ。ゼッタイ。」】であり、依存症の人に優しいとは到底言えないタイトルがついている。

ポルトガルの薬物非犯罪化

ポルトガルでは、ヘロインの中毒者が全人口の1%に達し、社会問題となっていた。そこでポルトガルの委員会が出した結論が薬物の非犯罪化と中毒患者の社会復帰サポートであった。

「マリファナから覚せい剤まで あらゆる薬物を非犯罪化する しかし」

―この次の段階が 非常に肝心なのですがー

「今まで依存症患者を 社会から切り離し疎外するために 費やしてきた金を 患者を社会に再び迎え入れるために 遣うこととする」

https://www.ted.com/talks/johann_hari_everything_you_think_you_know_about_addiction_is_wrong/transcript?language=ja&subtitle=ja

具体的にどう言ったことを始めたかというと、実際に職業に復帰できるようにしたのだという。

依存症の人に雇用機会を与える 超大規模なプログラムと
起業したい依存症患者への 小額融資です

例えば元々整備士だった人が働ける位 回復したら 修理工場に紹介し
この人を一年雇えば 賃金の半分を 負担すると働きかけます

目標は 国中の依存症患者が もれなく全員
朝起きてベッドから出る 理由を持つこと

ポルトガルで 依存症の人と話したとき
人生の目的を再発見できたとか 広い社会での人間関係や
繋がりを再発見できたといった 声を聞きました
この実験が始まってから 今年で15年経ちますが

結果が出ています
ポルトガルでの 注射器系の薬物使用は
英国犯罪学会の発表によれば
何と50%も減少
薬物の過剰摂取は大幅減
患者のHIVも大幅に減りました

https://www.ted.com/talks/johann_hari_everything_you_think_you_know_about_addiction_is_wrong/transcript?language=ja&subtitle=ja

今回のポルトガルのケースを見ていると、加藤純一が言っていたように、もしかしたら「騙されたと思って働いてみる」というのは案外いい解決策なのかもしれない。ゲーマーのみんなやニートのみんなは、沼にハマればハマるほど、どんどん内側に閉じていって、ゲームへの依存もどんどん深刻になっていくかもしれないけど、騙されたと思って働いてみたらなんだかいい感じになるかもしれない。

日本で非犯罪化を実行することは難しいだろうけれど、少なくとも、罪はそのままで、僕たちの認識を変えることくらいはできる気がする。もしくは懲役にかけるんじゃなくて復帰プログラムを作るとかだ。

薬をやるくらい、追い詰められている人はもしかするとすごく攻撃的で、最低で、最悪で、現実から目を逸らしていて、話が通じないと思われてしまうかもしれない。
でもそんなのどの人間だっておんなじではないか。
余裕がないサラリーマンは、家庭で妻に強く当たってしまっていないか?
受験生の君は、親をうざいと思ってものにあたってしまっていないか?
現実から目を背けている俺は、いつだって愚痴っぽくなっていないか?

それが、例えば、親から愛された俺と虐待を受けてきた彼だったり、勉強についていけた俺とついていけなかった彼だったり、大学に行く金を出してもらえた俺と出してもらえなかった彼だったり。
そんな違いが、スマホの依存を薬の依存に変えてしまったんじゃないのか?

Addictionの反対はConnection

ビル・マッキーベンという 自然環境系の学者に聞いたのですが 大変参考になる研究があります
この研究では平均的アメリカ人を対象に 人生の危機的な時期に 頼れると思える友達の数を調べました
この数が1950年代以来 ずっと右肩下がりなのです

一方 アメリカの家の 一人当たりの床面積は逆に絶えず右肩上がりです
これは 人間の社会や文化が優先してきたものを 象徴するかのようです

床面積を増やし 友人を減らし 物欲のために人間関係を犠牲にし
結果として 人類史上で最も 孤独な社会が出来上がったのです

https://www.ted.com/talks/johann_hari_everything_you_think_you_know_about_addiction_is_wrong/transcript?language=ja&subtitle=ja

今、スマートフォンで誰とも繋がれると言われてはいるが、心から頼れる人はTwitter上にもfacebook上にもいない。
これはアメリカの研究だけど、日本についても言えることだと思う。

家に引き篭もりがちな人間がどれだけ増えたかはしらないが、そもそも、外にいったって人と会えるような場所なんてないではないか。
ちっちゃい頃みたいに公園に行ったって友達は一人もいない。

都心には意外と、意識高い系のコミュニティーとかがあったりするのだけど、特段アンテナを高く持たなかったり、地方の都市に行ったりするとそんなカフェなんかは車をかなり走らせないとなかったりするし、少なくとも歩いて行ける範囲にはないものである。
問題は、個人に優しくしようねって話から、社会全体の構造の話になってくる。

「ネズミの楽園」の ブルース・アレクサンダー博士曰く

「依存症問題では 個人の更生にばかり目が行きがちだ
それはそれでいいことだが 社会全体の立ち直りにも もっと注目すべきである

人は個人レベルのみならず集団としても ボタンを掛け違えてしまったのだ

我々の作った社会は 多くの人にとって人生が 『ネズミの楽園』とはかけ離れ 他に何もない孤独なオリの ようなものになっている」

https://www.ted.com/talks/johann_hari_everything_you_think_you_know_about_addiction_is_wrong/transcript?language=ja&subtitle=ja

では、そんなオリになってしまった社会に対して、我々はどうしていったら良いのだろうか。
ジョハン・ハリは以下のようにスピーチを閉じている。

「君は1人じゃないよ 愛されているんだよ」

依存患者には全次元において こういう意識で対応すべきです

社会的にも 政治的にも 個人的にもです

100年もの間 薬物と戦ってきたのは 間違いだったのではないでしょうか

戦うのではなく 愛をもって 対処すべきだったのではないでしょうか

だって「依存症」の対極にあるのは 「しらふ」ではないんですよ

「依存症(addiction)」の反対は 「繋がり(connection)」なのです

https://www.ted.com/talks/johann_hari_everything_you_think_you_know_about_addiction_is_wrong/transcript?language=ja&subtitle=ja

全次元の依存症患者というのは、多くのスマホユーザーも含まれると思うし、ネットユーザーも含まれると思う。
君が優しくされたいように、彼にも優しくしてみよう。

はてさて、現実的で具体的な解決策はよくわからないし、現実問題として社会をどう変えるか以前に変えること自体がめちゃくちゃ難しそうである。
でも、個人でできる対応もなくはないのかもしれない。
少なくともスマホくらいの依存ならば、ブラウザとアプリを消すことで依存を辞める体験ができる。
パスコードは親に管理してもらうのだ。
その結果生まれた心の余裕から、connectionを紡いでいこう。
退屈に向き合っているだけでは、個人的な行動しか生まれないがちだけど、ちょっと友達とご飯を食べたり、旅行をしたり。そんなことをするのもありかもしれない。

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