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ひとりひっそりとゴールするDay33アルスーア~サンティアゴ・デ・コンポステーラ(+39Km/766Km)/総務課長も歩いてスペインを横断しよう

手前の町まで行く予定が、勢い余ってゴールしちゃいました。

こんにちわ、相馬と言います。
ちょうど1年前(2022年)、スペインの巡礼の道を1ヶ月ほど歩きました。

前の日のお話

あと2日でゴールとなったこの日(実際はこの日にゴールしてしまうが)、どんなふうににゴールしたいかを考えながら歩いていました。

ながらくFacebookを見てくれていた友人には「中継して」と言う人がいたり、一般公開せずとも日本の家族とつなぐなんてことも考えたり。また、これまて一緒に歩いてきた素敵なパイセン(Kさん、Hさん)ともご一緒したいし、仲良しのおじさんたち(トマス、ヴォルフガング、ジョー)とも、ご一緒したいという思いもあり。

そう考えているうちに、どれかを選んだときには、選らばなかっ方たというものが現れる。それは彼らを天びんにかける行為であるように思えてきました。

また、そもそもこの巡礼は自分と向き合うことを大きな目的として始めたもの。ゴールをしたときに自分がなにを考え、感じるのか。何かの心境の変化はあるのか、悟りのようなものをひらくのか。

結論は、1人でゴールすること。

でした。

2022年9月20日のメモ

  • 到着

  • その「瞬間」は友達と一緒にいるとか、FBで中継するとか考えてたけど、最後はすごく個人的なものにしたくなり、一人で向かった

  • 着いたときにはまわりの方々の顔が浮かんだ。家族、友人、仕事仲間、クライアント、そして、今回知り合った人たち。友人になった人、顔だけは覚えてていつもあいさつする人、すれ違った無数の巡礼者、地元の人たち

  • 「聖地に行くと何か不思議な力が与えられる」とかではなく、「自分が聖地に行くことをいろんな人が支えてくれた」ということが、そのあとの生き方に影響を与える。ということだと、いまんとこ思う

  • なお、23日から大西洋に向けた90キロ(3日)の延長戦


ヘッドライトがないとマジで何も見えないなかスタート。
うっすらと見えた影に、カメラの感度を上げたら牛さんがいた。
木々から上がる朝陽もまたよい。
森の中を歩く。
この辺でエストニア人のおじさんと話す。
前年にITのエンジニアを引退してカミーノ(巡礼)に目覚め、今回は2年連続2回目のカミーノとのこと。
あと一山でゴールというところ。
自転車には相変わらずバンバン抜かれる。
坂道は大変だろうと思いきや電気な自転車も多く、このあと、かなりのお歳の集団にも抜かれる。
サンティアゴ・デ・コンポステーラの入口的な石碑。
空港の誘導灯火類も「カミーノの終わり」を告げる物のひとつ。
この村がゴール前最後の村らしい村。
そして、あと10キロ。
しかし、この10キロが長く感じる。
命の水を注入。
軍事キャンプのような巨大なアルベルゲ(巡礼者用宿)。
ここがこの日の目標地で部屋も取っているが、
テンションはMAX。
すごーく、ちいさーく大聖堂が見える。
それを見てみな歓喜することから、歓喜の丘と呼ばれる。
テンションはMAX。
歓喜するお二人さんの銅像。
ここで留まろうとも思ってたが、
テンションはMAX。
一気に突入。
ゴールの街サンティアゴ・デ・コンポステーラ。
疲れた体と裏腹に弾む心。
いよいよ見えてきた。
この先で酔っ払ってはしゃぐ巡礼者集団がいて「こんな人たちと一緒にゴールはしたくない!」と、老体にムチを打って早歩きして振り切る。
このために歩いてた。
しばし立ち尽くす。いろいろな人の顔が頭に浮かんだ。
寝そべって大聖堂を眺める。
みんな疲れはててるからしょうがない。
(観光客もやってるけどはしたないからやめた方がいいと思う)
何分いただろうか。
目的地に着いたらあれを飲まなくてはならない。
これのために歩いてる!
しばし感傷に浸った後、1ヶ月ぶりに乗り物に乗って
宿まで帰還。
次の日はあまり歩かないから、糖分よりもたんぱく質を中心に。
ご飯を食べてもまだ明るいから、歓喜の二人組と一緒に夕陽を見に行く。
朝陽の影も長いが、夕陽の影も長い。
刻々と変化する空の色と、それに合わせて刻々と変化する風景をずっと楽しみ続ける。
格別な空、そして夕陽。
33日目、終了。

次の日のお話


しがない(ほぼ)無職の中年ですが、サポートしていただけたら喜びます。