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ハヴェルカとメランジェと泡のミルク


「ヨーロッパへひとり旅に行く」と決めて、出発の3ヶ月前。地元の友人の結婚式があり、飛行機に乗る。座席の前に置いてある機内誌。翼の王国。いつもはあまり読むことはないけれど、この時はなんとなく手にとった。

パラパラとめくり、あるページでふと手を止める。


オーストリア、ウィーンのカフェ特集だ。知らなかったが、ウィーンはカフェ文化発祥の街らしい。喫茶店、カフェ、珈琲、わたしの大好物だ...。


何ページかに亘るカフェ特集の中で、1番目に留まるページがあった。


『Café Hawelka -ハヴェルカ-』

ハヴェルカは、1939年創業のウィーンの老舗カフェらしい。ハヴェルカの店内の写真を眺める。あたたかみのある、70年前の創業当時からきっと変わらないでのあろうレトロな空間。そして、コーヒーとパンのモーニングセット。

「行きたすぎる...!」

写真と文章から伝わるハヴェルカの空気感に一目惚れした。ウィーンを訪れたら、絶対にこのカフェに行こう。そして、このモーニングセットを頼もう。


次のページを開く。ふわふわの泡がのったコーヒーが、1番目立つ位置にどんっと載っている。横には【MELANGE】の文字と説明書き。

エスプレッソと温めたミルクを半々に注ぎミルクの泡をのせた、カプチーノ似のコーヒー。どんなコーヒーも銀のお盆に載って、1杯の水がついてくるのがウィーン流。コーヒーには利尿作用があるため水と一緒に飲むのがいいらしい。


ウィーンでコーヒーといえば、メランジェなのだそう。「コーヒーください」と言うと、これが出てくるらしい。

ウィーンの人々のなかでは、
”コーヒー=メランジェ”なんだなぁ。



それから4ヶ月後、わたしはウィーンのゲストハウスにいた。念願のハヴェルカには、2日目の朝に行くことにした。

朝8時。夏のヨーロッパは夜が短い。当然、外はもう明るい。そそくさと着替えて、念願のハヴェルカへ向かう。前日に場所はリサーチ済みなので、なんの問題もなく到着する。大通りに面した、細い路地裏に、ひっそりとハヴェルカはあった。


(暗いな...これ、開いてる?)


店内が暗い。
まだオープン前なのか?でも、8時には開くと書いてある。ただ薄暗いだけで、開いているのかもしれない。ただ、あの重厚そうなドアを開ける勇気がない。どうしようか。

わざと散歩をしているふりをして、店の前の道をうろつく。

誰も人がくる気配がない。

とりあえず大通りに出て、ミネラルウォーターを買う。(別に喉は乾いていないんだけれど)

ミネラルウォーターを鞄にしまい、路地へ戻る。ちょうど、ハヴェルカへ入る男性の姿がみえる。すかさず後をついて、あのドアを開く。


店員へ会釈をし、窓際の1番奥のソファ席へ座る。朝のハヴェルカは新聞を読む人、本を読む人、家族で朝食を食べる人。ワイワイとした雰囲気はなく、静かな時間が流れている。


赤いシックなカーテン、ストライプ柄のソファ、天井からさがる丸いライト。中央には丸いテーブルがいくつか並び、壁にはいつの時代のものか分からないポスターや絵が飾られている。


70年前から変わらない空間に、わくわくと、きゅんきゅんが止まらない。あの雑誌でみた、念願のハヴェルカだ。口元が緩んでしまうのを隠しながら、モーニングセットをオーダーする。


白いシャツに黒の蝶ネクタイをしたウェイターが、モーニングセットを運んでくる。パンにバターとジャム、ゆでたまご、そしてメランジェ。


わーーー!と、心の中で拍手喝采する。

エッグスタンドに入ったゆでたまご。はじめはどう食べたらいいか戸惑っていたが、ヨーロッパ周遊ももう半ば。慣れたものだ。

スプーンの背で殻を割り、すこしむいてスプーンですくって食べる。パンにバターとジャムを塗り、ぱくり。すこし硬いが、それくらいがヨーロッパのパンらしくて美味しい。

そして、メランジェ。
はじめまして、メランジェ。



ふわふわの泡がのった、メランジェだ。
あぁ、君に会いにきたのだよ!ころんとしたカップも、HAWELKAの文字も、すべてが愛おしい!

カップに口をつけた瞬間、ふわふわの泡がくちびるに乗る。チリチリとちいさな音をたてて泡が溶けていく。ぺろりと泡をなめる。泡の向こうから温かいミルクコーヒーがやさしく流れてくる。

周りを見渡す。

そうそう、この空気感。何度もページを読み返したあのハヴェルカで、念願のメランジェを飲んでいる、という現実に思わず目をとじて口元をさらにゆるめる。

くるりの歌に、『ハヴェルカ』という歌がある。

【ハヴェルカ CAFE HAWELKA】
歌:くるり
作詞:岸田繁
作曲:岸田繁

夢見るふたりを 包み込むような
コーヒーの泡のミルヒ ぎゅーっと飲み込んだ

ふたりの別れを 知っているかのような
コーヒーの泡のミルヒ そーっと飲み込んだ

紅い薔薇 カーテンの向こう
トイレの目の前で 誰かが君を抱きしめて さらってゆくよ

あなたの匂いは 煙草のけむりに
掻き消されたままでいい そっと振り向いて

夢見るふたりを 包み込むような
コーヒーの泡の中に涙を溶かす

真夜中三時気まぐれな 僕は街を出た
エスプレッソの匂いたてば 心はシュガー

Hawelka
いつものメランジェを飲み干せるなら あぁ


歌詞のとおり、トイレの前には赤いカーテンがちゃんとあった。彼らも、ここへ来たことがあるのだろうか?

「Hawelka 、
いつものメランジェを飲み干せるなら あぁ」

という歌詞があたまをよぎる。

メランジェを"いつもの"と呼べるウィーンの人たちを羨ましく思った。


ただただゆったりと、時間が流れる。

あぁ、またいつの日か、ハヴェルカであの席に座り、コーヒーの泡のミルクを飲み干したい。


2019/6/13  Vienna, Austria.

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