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月光の波間 2章 港町

2-4 朝からいい天気だった。日差しも夏のようだった。 友人と入谷駅で待ち合わせをして、友人の会社に行った。朝早いというのに下町には活気があった。今日をどれだけ多くの人が楽しみにしているのかが、町全体で伝わってきた。 しばらくすると金ちゃんと彼が入谷駅についたというので、同居する友人は駅まで迎えに行った。 私は誘ってくれた友人に、「金ちゃん大丈夫かな?」と聞くと、「不法外国人だからって気にしないよ。みんな不法労働っていってもよくわからないし。でも、祭りを壊したり、町内

    • 月光の波間 2章 港町

      2-3 しばらく友人宅での生活を続けていると、季節はあっと言う間に初夏のような日々になった。気持ちだけはふわふわしているものの、特に大きく何も変わっていない。あれほどあの夏の日に感じた強い感情も、だんだんと薄れていはいるが、しかし未だに私の中心にまとわりつくように残っていた。 そんな日々の中、下町で働く友人から「お神輿担がない?」との連絡がきた。お神輿は担いだこともなかったし、東京の下町のお祭りに参加することも滅多にない。友人には「担ぎたい」と二つ返事をしたところ、「友達

      • 月光の波間 2章 港町

        2-2 「とにかく、友人に付いて彼女の祖父の家に行こう。行って彼らに聞いてみよう。もうそれしかない。」そう思うといても立ってもいられなくなった。こんな感情いつ以来だろう。日々淡々とした生活を送るだけの人生だから、こんな感情は滅多に芽生えない。もうだいぶ前にあったか、なかったか、、、自分のレールが急激に変化しているのを強く感じた。 「あの夏の日にきっと何かに呼ばれたのかもしれない」ふとそんな感情を抱きながら、私は友人が次に実家に帰る日に一緒に帰ることを告げた。しかし、それは

        • 月光の波間 2章 港町

          2-2 友人の家に移ったある日、私はふと友人にあの町で見た外国人の話をした。「あんな田舎に外国人がすんでるのよ。」と。 しかし、友人は全くそのことに驚かなかった。私たちの町は人が出て行くことは多いが、外から入ってくることはほとんどない。私の小さな頃は転校生すらほとんどいなかった。幼稚園から中学校まではほとんど同じ顔ぶれ。高校になってようやく顔ぶれが変わるくらい、ほとんど出入りが無い町なのに、友人は私の話を聞いて何も驚かなかった。 「おじいちゃんの加工場で外国人雇ってるよ

        月光の波間 2章 港町

          月光の波間 2章 港町

          2-1 東京に戻り引越し先を探していた。この家を出るタイムリミットは決まっているというのに、全く引越し先は見つからなかった。いつもギリギリにならないと行動に起こせない。季節が春に向かおうとするこの時期に、希望するような物件がすぐに見つかる訳が無い。今の家は駅からは少し歩くが、閑静な住宅街にあるため静かで、しかも素敵な隣の庭を眺められるおまけも付いている。しかし、そんな家は東京ではなかなか見つからない。都心部にも近く、渋谷までも自転車でいける距離の今の我が家は、大家が老齢出会

          月光の波間 2章 港町

          月光の波間 1章 始まり

          1-5 旭がピンとした冬の空気を暖めだした頃、彼は家から出てきた。まだ暖まりきらない冬の空気の中を彼は港に向かって歩き出した。過疎化の進む町であっても港町の朝には人の動きがあった。家からは朝ごはんの臭いが立ち込め、洗濯物を干す人の姿がちらほらとみられた。路地には学校に行く子供の姿も多少見られ、この町がまだ生きていることが伺えた。昼時などほとんど人の見られない時間帯に比べれば、今は彼をつけていても人の中に身を隠すことができた。彼もつけられているとは思わず、そっと小さな魚の加工

          月光の波間 1章 始まり

          月光の波間 1章 始まり

          1-4 彼の生活は異国ではなく、この田舎の港町にある。彼はこの町で風呂に入る。彼はこの町で食べる。彼にはこの町に知人がいる。後は仕事だ。彼はこの町で働いていることは確かだ。彼の風貌は働く男そのものだった。働いていることは間違いない。しかし、それが一体どんな仕事なのかはわからない。私が今わかることは、彼がこの町で働いているということだけ。 気がつくと、私は次から次へと湧き上がる「知りたい」という欲求に完全に支配されていた。しかし支配されているものの、そこにはストレスはなく、

          月光の波間 1章 始まり

          月光の波間 1章 始まり

          1-3 どうしようもなく落ち着かない。ぼーっとしていても、故郷の町で見た外国人達について思いを巡らしている。彼らが完全に私を支配している。その支配は脳から身体へと私の全身を支配している。 気がつくと私は初めて彼らに気が付いた銭湯へ足を向けていた。何らかの理由をつけて私は実家に戻り、銭湯へ足を運んだ。その日、何回か銭湯の前を通りかかると、一人の外国人男性がちょうど風呂からあがり、銭湯を出てきた。私はまるで子犬や子猫や弟が後ろからちょろちょろとついてくるように、彼を無意識につ

          月光の波間 1章 始まり

          月光の波間 1章 始まり

          1-2 私の知る多くの漁師は浅黒く、顔には深いシワが刻まれているが、あの風貌や顔つきは決して私の知る漁師ではなかった。肌の色は同じように浅黒い。服も他の漁師と比べて格段に違ってはない。背丈も筋肉のつき方も特に違ってはいない。髪の色だって。だが一つ違うのは、その瞳だ。目の大きさがどうとかではなく、その瞳の輝き方だった。昔と比べ格段に漁業が儲からなくなっており、大きな網元でさえも廃業する昨今、誰も漁師になりたがらず、誰も漁業に夢を抱かなくなっている中で、あんな瞳を持った漁師なん

          月光の波間 1章 始まり

          月光の波間 1章 始まり

          飛行機が好きだった。とは言え、この歳まで飛行機は1度しか乗ったことがなかった。そう言えば、新幹線にも1度しか乗ったことがなかった。遠くに行ったことがなかったのだ。 育ったのは千葉の小さな港町だった。東京から電車で1時間も行けば、畑があちらこちらでみられるような町が千葉にはたくさんある。そこからもう少し行けば、太平洋を持つ田舎町にたどり着く。それが千葉。友人のほとんどが高校の卒業と同時に進学のために町をでる。残った友人は、町役場で働くか、車で少し行った工場地帯にある企業に務め

          月光の波間 1章 始まり

          月光の波間 0章 始まりの前

          とにかく何かをしなくては、という思いに全身が包みこまれていた。しかし、何でもいい、何かをしなくてはならないという強い思いだけはあるものの、実際に何をすればいいのか、何をしたいのかは、私の中にはまだなかった。ただその一方で、私は今の生活を切り捨ててもそれ程問題のない生活をおくっていた。仕事はバイト、家は借家、身体はいたって健康、借金もなく、夢もない、恋人も好きな人ですらいない。今の生活を全てを終わらせても何も大きく変わらない。 季節は真冬に向かっていた。人は冬になると色々と考

          月光の波間 0章 始まりの前

          月光の波間 0章 始まりの前

          とはいえ、生活が急激に変わった訳ではない。どこかで、今までの私が今の私を抑制していた。ある瞬間は飛びたとうという気持ちが強くなるものの、別の瞬間には今のこの生活を手放すことへの不安が今の私の気持ちを押さえつけていた。 季節はあっという間に変わっていった。それなのに、私は何も変わっていなかった。変わったのは何もない。朝起きて、働いて、ご飯を食べて、寝るだけ。ただ生きているのと何も変わらない。ただ生きるために、ご飯を食べる。食べるために働く。暇な時間をつぶすために働く。そして寝

          月光の波間 0章 始まりの前

          月光の波間

          第0章 始まりの前 何にも無い子だった。しかし、何も望みや興味は無いのに、他と違うことは嫌だった。他の子と同じような望みや興味は無かった。ただ周りを冷めた目で見ながら、突出しないように周りに合わせていたし、それができる器用さもあった。 個よりも集団が重要視されていた時代。 それでよかった。同じような人や物や価値観で世界が溢れている時代。興味も疑問も持たず、周りと同じように生きればよかった。そして、そうすることが幸せだとみんなが信じていた。結局みんな、何も無い子だったのか

          月光の波間