月光の波間 1章 始まり

飛行機が好きだった。とは言え、この歳まで飛行機は1度しか乗ったことがなかった。そう言えば、新幹線にも1度しか乗ったことがなかった。遠くに行ったことがなかったのだ。

育ったのは千葉の小さな港町だった。東京から電車で1時間も行けば、畑があちらこちらでみられるような町が千葉にはたくさんある。そこからもう少し行けば、太平洋を持つ田舎町にたどり着く。それが千葉。友人のほとんどが高校の卒業と同時に進学のために町をでる。残った友人は、町役場で働くか、車で少し行った工場地帯にある企業に務める。港町だからといって、友人で漁師になった者は誰一人としていなかった。漁師の子も漁師にはならない。町を出るか、会社で働く。

「いったい誰が漁師になるんだろう?」そんな疑問を持つようになった頃、ふと行き交う人の中に明らかに典型的な日本人顔とは違う彫りのはっきりとした顔が町にはいることに気がついた。彼らは目立たないようにひっそりと暮らしていた。だから普通に暮らしている住民の多くは、彼らに注意なんて払わない。彼らは確かにそこにいるのに、そこにはまるでいないかのように誰からも注意を払われず、払われないようにしていた。

私は彼らがどこからきて、どこに住み、何をしているかは、全く知らなかった。それどころか、今までは彼らの存在すら知らなかった。

私の家のすぐ近くには銭湯があった。元々港町には銭湯が多い。理由は港についた漁師が港から銭湯に直行するからだ。私の町の港は遠洋の漁船も立ち寄るくらい大きな港を持っていた。漁師の多くは、丘で風呂に入り、飲みに行くのをは楽しみにしている。小さい頃、父と銭湯行くと、背中に大漁旗の刺青を彫った漁師をよく見かけたものだ。最近はすっかり銭湯には行かなくなったが、家の近くでは銭湯に行く漁師を時々見かける。

ある日いつものように銭湯の前を通りかかると、その銭湯に入る漁師の中に、彫りの深い外国人の男性を見かけた。

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