月光の波間 1章 始まり

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どうしようもなく落ち着かない。ぼーっとしていても、故郷の町で見た外国人達について思いを巡らしている。彼らが完全に私を支配している。その支配は脳から身体へと私の全身を支配している。

気がつくと私は初めて彼らに気が付いた銭湯へ足を向けていた。何らかの理由をつけて私は実家に戻り、銭湯へ足を運んだ。その日、何回か銭湯の前を通りかかると、一人の外国人男性がちょうど風呂からあがり、銭湯を出てきた。私はまるで子犬や子猫や弟が後ろからちょろちょろとついてくるように、彼を無意識につけた。人をつけるなんて、普通の人の人生にはめったに起こるようなことではない。今までの普通にこだわっていた私には、絶対に起こるようなとではない。それなのに、いったい何がそんな行動を起こさせていたのか、私にはわからなかった。ただ、彼らが私の身体全体を支配し続けた結果が、私に尾行させていることは間違いなかった。

男は港町らしい狭い路地を奥へ奥へと入っていき、一見の古いアパートに入っていった。住んでいる場所はわかった。次は「なぜ彼はここに住んでいるのか?」とういことだった。

家は古く、その古い家のキッチンからは、日本の物とは思えない異国のスパイスの臭いが漏れ出していた。「間違いない。日本人じゃない。」そう思うと嬉しくなった。曖昧なものが確証を得たことで、気持ちが鼓舞した。次は「なぜここに住んでいるか?」だ。得意な謎解きゲームをリアルで行なっているようで、興奮を覚えた。それと同時に、キッチンから漏れ出した臭いに懐かしさを覚えた。「やっぱり、どこかでこんな臭いを嗅いだことがある。」と、自分の記憶と臭いとを繋げようとしたが、できなかった。

彼の家の先でUターンをし、今来た道を戻っていると、彼の家の辺りから「こんにちは」という声が聞こえた。日本人の声で。そして、すぐにその声に対し彼が玄関を開け、独特の外国人なまりの日本語で「おのさん」と、その訪問者に呼びかける声が聞こえた。

「なんで?」と、本当にびっくりした。彼は日本人と接点を持たないように生きていると思っていたのに、彼は日本人の知り合いがいて、そしてこの田舎町で、彼の生活、人生を送っている。「ひっそりと生きる」ということは、決して「隠れる」ことや「一人で生きる」ことではなく、ただ世の中でいう「いたって普通」に生活することなのだ。世の中でいう「いたって普通」な生活は、決して「隠れ」たり、「一人で生きる」たりという事ではないのだ。世の中の普通は、朝起きて、ご飯を食べて、働いて、買い物をして、お風呂に入って、ご飯を食べて、夜眠ることであり、大勢の人が行っていることが普通なのだ。みんながしないことをすることは普通ではない。みんなは隠れない。みんなは一人では生きない。彼はみんながしていることを普通にする。みんなと同じように生きている。だからそれがかえって、彼を目立たなくさせていたのだ。


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