月光の波間 2章 港町

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東京に戻り引越し先を探していた。この家を出るタイムリミットは決まっているというのに、全く引越し先は見つからなかった。いつもギリギリにならないと行動に起こせない。季節が春に向かおうとするこの時期に、希望するような物件がすぐに見つかる訳が無い。今の家は駅からは少し歩くが、閑静な住宅街にあるため静かで、しかも素敵な隣の庭を眺められるおまけも付いている。しかし、そんな家は東京ではなかなか見つからない。都心部にも近く、渋谷までも自転車でいける距離の今の我が家は、大家が老齢出会ったこともあり家賃も手頃だが、同じくらいの家賃は物件が古かったり、日当たりが悪かったり、狭かったりと、どうしてもピンとこない家ばかりだった。早く家を決めなければと少しは焦りが見えだした頃、同じ港町で育った友人に家探しのことを伝えると、「家決まらなかったら、うち来てもいいよ」とのありがたい言葉が帰ってきた。

あの頃友人は、練馬にある叔父の一軒家に住んでいた。その叔父はいわゆる海外駐在者で家を建てた途端ニューヨークに家族で転勤になった。子供も3人いる上にその妻が全く片付けられないとかで、あまりにも家財が多すぎて、人に貸すことを断念したそうだ。しかし、家は誰かが住まないと痛む上に、空き巣などの被害もあるからと、友人が一軒家にタダで住んでいた。2年から3年ということだったが、広い家に住んで半年くらいたってちょうど寂しくなっていた頃だった。叔父の家のため、友人の一存で住まわせるわけにはいかなかったが、友人の母親がやり手で、弟である叔父を説得したらしく、叔父からも「半年くらいだったらいいよ」との返事を取り付けていた。

断る理由はない。今までの人生流れに乗っていただけ。何か希望があるわけでもないのだから、しばらく私は友人の家というか友人の叔父の家に引っ越すことにした。

そしてこれによって、また私は欲望を満たす流れに乗ることができたのだ。

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