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老舗缶屋が世界を変える日を夢見て

石川貴也 / 側島製罐(株)

note初投稿です。

元金融マンの僕が一念発起して実家の缶屋で事業承継を開始して1年ほど経つので、ここで改めて何をやってきたか棚卸をしつつ、自分の想いをつらつら書いていきたいと思います。

家業に入る前の経緯についてはグラフトプレナー出川光さんが素晴らしい記事を纏めてくださったのでそちらをご覧いただけましたら幸甚です。

工場で1年間下積みをするつもりがいきなり計画変更

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「全く畑違いの製造業に入るからにはまずは現場だろう」
という考えもあり、以下のようなスケジュールを立てていました。

現場で1年修行

営業

徐々にバックオフィス業務を兼務

数年後に役員就任

入社してまずは現場で製缶ラインの検品作業をしたり、お客様のところへご挨拶しにいったりしていましたが、1週間ほど経ったある日

「現場入るのも良いんですけど今月の人事総務いつやるんですか?」

と事務の方から。
え?そうなの?僕がやることになってるの?初耳なんですけど笑

今まで誰がやってたの、と聞いてみると、どうも僕と入れ違いで退職した人がやってくれていたみたいなのですが、引継ぎも何もなく、どんな業務が残っているのかさっぱりわからない状況。棚卸も無ければ事務分担も不明。

そんなこんなで、人事総務に着手するために事務所にいると、他にも置き去り棚上げにされている色んなものが見えてきます。

各部門同士のやり取りは基本口頭か手書きメモ
見積もりに関するルールも無ければ統一の様式も無し
ちょっと仕事が立て込むと言った言わない論で喧嘩勃発

この辺は以前Twitterでも書きました。


1年間で僕らがやったこと

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さて、こんなことを悲観して「大企業ではこうだったのに」なんてことを言ってもただただ反感買うだけなのですが、根本的に僕が強い問題意識を持っていたのが2点。

①社員が幸せに働いていない(出社すら辛そう)
②お客様にご迷惑をおかけしている

僕が前職で何千社という中小企業と向き合ってきて感じていたのは、業績の良い企業は社員の方が楽しそうに働いていて、取引先もその社風に惹かれた良い会社が集まっている、ということ。自分もいつか会社を継ぐことがあれば、自分の会社はそんな会社にしたいという想いがありました。

ので、僕が1年目でやったことは
「社員のみんなが幸せに働ける環境を作ること」
ということを主軸に置きました。実際やったことはこんな感じです。

2020年4月~2021年3月でやったこと
【全体】

・事務所スタッフ全員にメアド配布
・Slack導入
・Dropbox導入
・Googleカレンダー導入
・改善提案制度導入
・図書購入補助制度導入
・資格取得制度導入
・外部セミナー受講制度の導入
・PC導入(celeron 2GB 256GBHDD→corei5 8GB 256GBSSD)
・デュアルモニター設置
・新入社員向け研修週誌導入
・会社新ロゴの策定
・会議室の新設(人事面談、web会議が出来る個室)
・MVV策定(途中)
・HP改修(2021年3月末ローンチ予定)
・QC検定(全体の25%が受験)
・電話応対トークスクリプトの作成

【人事総務経理】
・新入社員向け提出資料作成(誓約書、反社対応関係)
・採用3人(+2人採用中now)
・税理士変更
・クラウド会計(MFクラウド)導入
・有給取得管理表作成
・受発注管理表作成
・1on1導入(3カ月に1回)
・労働者名簿作成
・就労規則改訂(途中)

【営業部門】
・見積の自動計算ツール導入
・見積書統一様式作成
・原価計算にかかる利益率基準の設定
・営業実績の目標導入
・営業会議用各自AP入力フォーマット導入
・副業人材2名導入
・新商品開発✖4(うち2つは頓挫)
DtoC通販サイトの運用開始
・パンフレットの改訂
・名刺の改訂
・商品写真の撮り直し
・伊丹との定例会議のWeb化

【製造部門】
・生産予定表の導入
・生産予定のガントチャート作成
・生産指示書の導入(Spreadsheet)
・仕様書の統合、洗い替え
・現場作業道具セットの導入
・仕様書ボックスの設置
・現場作業者配置図の導入
・朝礼の導入
・他社見学制度の導入
・生産ラインの名称設定及びパネルの設置

【広報】
・ウェブメディア掲載3回(+1回近日掲載予定)
・新聞掲載1回
・セミナー講演1回(副業人材)
・Twitter(2020年10月~)フォロワー2350人増
・instagram(2021年3月~)フォロワー60人


(おまけ)
・読書83冊
・外部研修25件参加
・自己研鑽用オンラインサロン2件参加

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他にも、経営方針や中期経営計画の策定、PBX導入、社員向け端末配布、人事給与システムの導入、小切手の廃止、手形の電子化、現場マニュアルの作成など、やりたいことはたくさんありましたが持ち越しとなりました。ここで言いたいのは実績の自慢ではなく、弊社のような創業114年で経営理念も何もなかったコテコテの下請け企業でも挑戦すれば前に進める、ということです。


会社の主人公は僕じゃない

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こうして書いてみるとまるで僕の手柄のようですがそうでは全くなくて、これだけのことが出来たのは、偏に社員のみんなや社外からサポートしてくださる皆様のお陰と思ってます。

特に社員のみんなは、これまで前例踏襲型で長年やってきたところ突然の大改革が始まって、この1年間は過渡期のストレスでかなり大変だったと思います。そんな中、頑張って挑戦を続けて徐々に慣れてきてくれて、本当に感謝しかありません。今やSlackなんてすっかりみんな使いこなしててすごいと思うのです。上記のような取り組みは、ただ導入するだけでは全く意味がなく、それを活用する人たちがいて初めて成立することなので、そういう意味では僕らの今年度の取り組みは”成功”と言っても良いのではないかと思います。

僕が意識してたのは「みんなが幸せに働ける環境を作ること」なのですが、
もう少しかみ砕いて言うと「日々の仕事に新しい発見や喜びがある環境」と思ってます。見える化とかももちろん意識してましたが、それもただ状況が把握できるようにするためというよりは、お互いがどんな仕事をしているかをわかり合えるようにして、仲間とドラマチックでエモーショナルに楽しく働ける環境を作ることだったんじゃないのかなと振り返って思います。そういう意味では経営者(僕はまだ平社員ですが)は徹底的に黒子役で、社員のみんなが主役として働き輝ける場を提供することが肝要と感じます。


過激な事を丁寧に

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僕が改革こうした取り組みをするにあたって気を付けてきたのは、可能な限り一人一人と対話することでした。今でこそ徐々に減ってきましたが、最初の頃は全体に対して話をしても当事者意識がかなり希薄で暖簾に腕押し感が強く、朝礼など全員が集まる場で何を言っても変わらないのは明白でした。

特に何か大きな変化を加えるときは、少しでも意図と違う捉えられ方をした瞬間に実効は全く上がらないし、それどころか嫌々のやらされ仕事になってしまいお互い不幸なので、そんなときはとにかく全員と1on1で話をして、こちらの想いと意図を伝えてまわっていました。こうした意図や想いを伝えるプロセスを雑にしたものほどインストールされるのが遅く感じますし、逆に丁寧にやったことほど適切に理解が得られてワークするスピードが速い実感があります。


アトツギは夢を語ろう

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さて、つらつら書きましたが最後に、僕が事業承継を初めて一番失敗したなと思うことについて書いておきます。それは、”自分の会社のことを過小評価していたこと”です。

「缶なんて技術力に差異が無くて他の会社でも同じことが出来るから」
「うちの品質なんか大したことないから」
「缶業界は一般的には斜陽産業って言われてるから」

心のどこかで「自分のせいじゃない」っていう自己防衛意識が働いたんだと思いますが、業績や実績が芳しくないことについて、入社したころはよく自社の製品について卑下して話していたように記憶しています。

この考えが変わったきっかけは、
「自分の会社の社員のことが好きになった」
これに尽きると思います。

半年くらい経った頃、特に状況が好転したわけでもないのですが、
大企業のように福利厚生もなく、給料も世間一般で言われているサラリーマンの給料よりは安いにもかかわらず、毎日会社に歯を食いしばって出勤して日々一生懸命働いてくれているみんなのことを見ていると、「みんなが日々汗水たらして一生懸命作ってくれているものがそんな過小評価されていいわけがない。」そう思った時に、ようやく自分も会社の価値の一端が理解できた気がしました。

社員のみんなも、これから会社を背負っていくアトツギが日々弱気な事を言っていては、モチベーションが下がるのも至極当然です。アトツギはやるべきことは、日々夢を語ることじゃないでしょうか。そのためには、社員のみんなのことを好きになり、自社の製品やサービスを愛し、その先に初めて夢を見ることが出来るんだと思います。

自分達は今誰に対してどんな価値を提供しているのか、今後もっと多くの人に幸せになってもらうためには、より良い社会を作るためにはどうしたらいいか、そんなことを社員のみんなと一緒に考え、いつか自分達の力でその想いが実現できる日を夢見て、今日も小さな企業で大きな挑戦を続けていきます。

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石川貴也 / 側島製罐(株)
創業116年の製缶メーカーの6代目(予定)35歳|日本政策金融公庫→内閣官房→缶屋|ミッションは”世界にcanを”|