【創作百合】no title 02

Moonlight Serenade

 せっかくならその瞬間まで起きていようと、ポーカーやら花札やらで時間をつぶし、燃え朽ちる薪を尻目に、今は本を。
療養に家元を離れ来た少女と、その町に建つ屋敷の少女とが出会うあたりで、私を呼ぶ声が聞こえた。この人は緋い糸を探り解く、探偵の話を読んでいたんじゃなかったかしら。

「あのさ、もしよかったら……」

リンゴとはよく言ったものね。熱でもあるのかと思うほどに、頬を赤く染めている。

「……踊りませんか。」

右手は白いシャツの裾をつかみ、アイロンがけの苦労は台無しに。恥ずかしいことをさらっと言えちゃういつものロマンチストさが、今日は奥に隠れてしまっているよう。

ダンスに誘うのに何をそんなに照れているの?それとも何かたくらんでいるのかしら。

「いいけれど……足を踏まないでよ。」
「うん。大丈夫。」

こっくりと首を縦に振るこの動き。人よりも少し大きくて、子供っぽさを感じさせる。

「曲は?」
「ムーンライト・セレナーデ。ブルースのステップでいけるかな。スロー、スロー、クイック、クイック。」

黒光りの美しい円盤をセットし、頬をなでるような手付きで針を落とす。ほんの1〜2秒、プツプツと静電気の音が聞こえてから、空間がしっとりと彩られていく。

 向けられた左手に右手を乗せ、やわらかく握る。左肩の甲骨あたりに手が添えられると、私は相手の右上腕を左手でつかむ。確かめるようにゆっくりと、体が後ろに押されたら、右足から後ろへ。半身ずれたポジションで、互いの顔を右側に感じながら、歩くに近いステップを踏む。

あぁ、そういうこと。“Serenade”。それがねらいね。




 クリスマスからの休みも、もう終わる。年明けを1日祝ったら、次の日からは通常運転。その前に、ちょっと良い時間を過ごせたらと思った。

「やっぱやめときゃ良かったかな。」
「どうして。」
こちらを向いた彼女の息が、首筋に届いた。

「こういうのって、身長差があったほうが画になるよなと思って……。自分はほら、あんまり背が高くないからさ。格好つかないよね……。」
右腕が軽くなったと思ったら、今度は頬に痛みが走った。
「いいじゃない、そんなこと。それに、世の低身長ダンサーに失礼よ。」

時折、行き場のない不安に駆られる。自分ではどうしても消せず、どこにも隠せず、破裂しないよう抑えていることしかできない。
そうすると、論理的な思考はまるっきり放棄してしまって、馬鹿な方向にばかり考えてしまう。けれど、そんなとき彼女はそれを指摘し、手を引いてくれる。

「ねぇ、競技に出ているわけじゃないのよ。」

 左手は脱力して低い位置に。半身ずらしたポジションはほとんど正面になり、顔を見合わせる形になった。ステップを踏まず、左右に軽く揺れるだけ。右手は彼女の誘導により、腰へ回すことに。細い躯体に、心臓がテンポを乱す。少し間違えば互いの顔が触れてしまいそうな距離だ。息がつまる。

「……まるでトマトね。」
彼女はさも可笑しそうに笑った。

「だって、恥ずかしいよ。照れる。」
「いいじゃない。キスしながらだって踊れるわよ。」
「それは……」

あぁ、本当に、息がつまる。

上唇は薄く、下唇は厚く、主張しすぎない程度に紅をさし、まったく……乾きを知らない。その口角もまた絶妙なラインを描き、意地悪さと、優しさと、信頼とを混ぜ込んだ表情を作り出す。

ふと時報が鳴り響き、自分たちは動きを止めた。
「……明けたね。」
「そうね。」
なんでもないと言うように、彼女が答える。

「あけましておめでとうございます。」
「こちらこそ、おめでとうございます。」
手を握ったまま、腰に手を回したまま、染み付いた言葉を交わす。

「もしよかったら……今年もずっと、一緒にいてくれませんか。」
彼女が眉根を寄せたと思ったのは、気のせいだろうか。

「……何年でも、よろしくおねがいします。」
肩にあずけられた彼女の重みに、新年の誓いを1つ、強く抱きしめた。


「コーヒー淹れて。」
ひしと愛おしい沈黙を経て、にわかに顔を起こした彼女はそう言った。

「眠れなくなっちゃうよ。」
「それがねらいよ。」

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