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【エッセイ】人工の島、人造の魂(5)

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 桜の季節でした。
 人工の島にも、桜は咲きます。
 そもそも、ソメイヨシノという品種自体がクローンだといいます。それならかえって、こういう場所には似合いなのかもしれません。
 花びらが舞い、タイルの敷石に散っています。
 それは無造作に踏み荒らされ、一枚一枚が汚らしくちぎれています。敢えて言うなら、靴底の裏の色でしょうか。
 私は、その日にしか着ることのない上等のブレザーを着て、小学校の入学式に臨みました。
 体育館で胸ポケットに赤いコサージュをつけてもらうと、えっへんと誇らしくなりました。

 教頭先生と校長先生のお話がありました。
 みんな必死に聞き入っていたようですが、意味は少しもわかりませんでした。今となっては何を言っていたのか、どんな人だったのかすら思い出せません。
 入学式が終わると、正門の所で保護者が待っているのですが、私は一人でちょっと脱け出して、運動場の方へ回ってみました。
「本当に、海みたいに大きいんだなあ」
 だだっ広い土のグラウンドです。
 端っこをふちどるように、鉄棒、のぼり棒、うんてい、砂場といった遊具が並んでいました。
 体育館の横には体育倉庫とプール。まったく、幼稚園とはけた違いのスケール感です。
 私はレンガ造りの階段をぴょこぴょこ下り、白く乾いたグラウンドへ降り立ってみました。
 錆びかけた緑色の演壇がありました。先生がその上に立って、ラジオ体操の見本を演じたりするのかもしれません。
 何となく校舎の方を振り返ってみて、私はひっくり返るくらい驚きました。
 パンジーとかペチュニアとかマリーゴールドが植わった花壇に囲まれて、おかしなロボットがいたからです。
 全体としては、ずんぐりむっくり。輝きのくすんだ、すずみたいな灰色。
 頭からは変なアンテナとか、レーダーみたいのが飛び出していて、胸には色とりどりのボタンとかタコメーターが並んでいるし、いかにもロボットという感じなのです。
 横長のサングラスっぽい目に、冷却ファンの通風孔みたいな形の口をして、「宇宙刑事ギャバン」にちょっと似ているんだけど、それを思いっきり上下に押し潰して不細工にした感じ。
 Dr.スランプアラレちゃんのセンベエさんが、みどりさんの前で一瞬カッコよくなっている姿がギャバンだとしたら、普段のセンベエさんが、こっちのロボット。
「わあっ」
 と、私は思わず声を上げていました。
「なんじゃ、なんじゃ、なんじゃもんじゃ」
 タイムボカンのドクロベエ様にそっくりの声が聞こえてきました。
「それがしの眠りを妨げるのは、一体何奴じゃあ」
「はるちゃん」
 と、私は反射的に答えていました。
「なにい、ムムムっ」
 ロボットは体をガタガタ振動させ、ぎゅいーんと首を回しながら、ゆったり見得を切ってみせるようなのでした。
「はるちゃん、その名は弟からよくよく聞かされておるぞよ。ペッカペカの一年生じゃろう。あっぱれ本日は入学式じゃったの。てっきり、子どもたちも体操場まで出てくることはあるまいと思って、居眠りを決め込んでおったわい」
 ぐわっははは、と豪快に笑ってみせます。
「マリンちゃんの、お兄さん」
「さよう。おうおう、名にし負う、従五位下じゅごいげ港島摂津守ポピアとは我がことなり。聞いて驚け、見て驚けいっ」
 カカン、と、どこかから小気味いい拍子木の音が聞こえてきました。
「ポピアちゃん」
 その時です。相手はとたんに動きを止めたかと思うと、でっかい頭の中からピーピー警報音を鳴らし、ぼわんと口から蒸気を噴き出しまたした。
 グラサン風の目に、吊り上がった怒りの電飾が点っています。太くて短い腕を器用に回し、腰にくっついているおもちゃのプラスチック刀を鞘から抜き放ってみせました。
 さらには、腕よりもっと短い足をどすんと踏み込み、先の丸い刀を振り回しながら、すっかり狂乱のていです。
「き、貴様あっ。いやしくも、公方様の伝統に連なる、この由緒正しき武士をつかまえて、ちゃ、ちゃんなどと、よくぞ言い抜けおったな。ここで黙っておったのでは、もののふの名折れ。果たし合いじゃ、そこもとも刀を抜けいやあっ」
 ガーガーピーピー
 プーップーッ
 ピシ

 今にも壊れそうな雑音が混じっています。まるでダイヤルを合わせ損ねたラジオの電波みたいでした。口から出てくる湯気はどんどん量を増し、体と同じくらい大きな頭をすっぽり包みこんでしまいました。
 私は、すっかり忘れてしまっていたのです。マリンから、あんなに親切に注意してもらっていたのに。
「じゃあ、なんて呼んだらいいの」
「サ、サムライじゃあっ。敬意を払い、その名誉を重んじるならば、殿、とつけるのが当然のことであろうぞっ」
「ポピア殿」
 するとどうでしょう。沸騰したお鍋へ水を注ぎ込んだみたいに、たちまち湯気の排出はおさまり、ぷしゅーと音を立てながら怒りもしぼんでいくようなのでした。
 お騒がせしてスンマセンみたいに、そそくさとおもちゃの刀を鞘に納め直し、足の位置もちゃっかり元へ戻します。
「ムムッ。わかればよろしい。曇った天気もホイカラリ、あっという間に日本晴れじゃ」
「はるちゃん、昨日テレビでポピア殿みたいなの見たよ。朝にサンテレビでやってるキテレツ大百科で、『カラクリ武者』っていうの。何かのきっかけで怒りまくって、刀を振り回して、コロ助とかブタゴリラをボコボコにしちゃうの」
「それは、マンガのお話じゃろう」
 あきれてたしなめるような調子で、ポピアはつぶやくのでした。
「それがしは、こうやって現実に存在しておる。もう小学生になるんじゃから、そろそろ作り話と現実をごっちゃにしてはいけないんじゃぞ、はるちゃん」
 私はかしこくうなずきながら、「人造の魂」の言う現実とは一体何なんだろう、と不思議に思っていました。

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