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小説

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寄稿したもの/するはずだったもの、特にどうということもなく書いたもの。 いつか経験したかもしれない、未経験の思い出をあなたに。
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終わりのある脱毛体験コース

終わりのある脱毛体験コース

「どなたさまもどうぞお気軽に」
 そう書いてあったので申し込んでみた。インスタで見た無料体験コース。
 いや、脱毛に興味があるというか、別にそんな必要はないと思うんだけど、一時の気の迷いというかなんというか……要するに体毛にコンプレックスを抱えていた人間にはぶっすりと刺さったわけで。
 事前申込はあったけど、基本的には無人だっていうから恥ずかしくないだろうし、ということは無理やりな契約を結ばされる

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Had a bad day.

Had a bad day.

 家に帰ると僕のもの以外は綺麗さっぱり何もなかった。正確には僕があげたものは持ってって、僕がもらったものや、元々僕のものはゴミ袋にまとめてゴミ置き場に捨ててあった。
 なんだそれ。図々しいにもほどがあるだろ。
 っていうか家財道具一式、また買い直しかよ。ここに来るときにひと通り揃えたのは僕だった。あいつは文字通りビタイチ金を出していない。あれから半年。全部持っていったのだ。泥棒じゃねえか。
 仕事

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ゴースト、フレア、ハレーション。

ゴースト、フレア、ハレーション。

 ときどきうしろを振り返って君にレンズを向ける。なんだよう。少しだけしかめつらをした君を捉えてシャッターを切る。
「もうちょっとマシな顔を撮ってくんないかなあ。なんかだいなし」
 ペットボトルのキャップを開ける。少しだけ口をつけて、顎をくっとあげて飲み物を流しこむ。いつ見てもCMみたいな飲みかたをするなあって思う。これもカメラに収める。
「なに、好きなの?」
「うん」
 写真を撮るのがね。僕は曖昧

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はははたいへん

 共働きで帰りの遅い母親が、冬になるとよく鍋を作った。
 白菜と鶏肉と、ネギ、春菊。
 とり野菜みそ、というのが地元にはあって、それを使うとほぼ自動的になにかしら食べるものができた。そのうち祖母や自分が代わりに作るようになったけれど、小さい頃はそんなこともなく、出てくるのを待っているのが(あの頃は)普通だった。
「きょうのごはん、なーにー」
 小さかった僕はそうやって毎日聞いた。好きなもの、好きで

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おひとりさま

 目の前にはひとり用の鍋。無印良品で売っていますよ、といわれたら信用するような大きさの、取手もなにもない鍋が置かれた。
 メンテナンス考えたら、こんなのじゃないとやっていけないか。ぼんやり考えながら、店の隅でひとり所在なく座っていた。

 健康診断の特典……と言えばいいのだろうか、昼食をとることができるクーポンを渡され、なんとなく気になっていた店にふらりと入ることにしたのだ。これがその結果。

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学生は貧乏

「先輩、鍋やりましょう。材料をメモしてくれたら、私たち買ってきて下ごしらえしますから、あとはやってください」
 昼休みに学食で安い定食を食べていると、目の前にきたサークルの後輩が二人、声を揃えてくる。もうそんな季節か。
「坂田とかなんだか全然食べてないみたいだし、そろそろヤバいんじゃないかと」
 もちろん心配をしているというよりもそれを口実に宴会がしたいということなのだけれど、たしかにみんなでなん

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なべなべそこぬけ

 薄青いアルコールの固まりにマッチで順番に火をつけていく。なかなか着かなくて、軸を伝った火が指先に来てしまって慌ててしまう。
 なにやってんだよ、と笑う友人たち。
 修学旅行の夕食はなんとなく落ち着かない。近くに座りたかった人は、早々に別の人と離れた場所に席を確保していた。
 家族と来るときとはなんとなく違う料理が御膳に並ぶ。学生相手だと生ものは少なくて、揚げ物ばっかになるんだなあ。なんとなく調子

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待ちぼうけも喰らう

 またドタキャンらしい。
 連絡もなしに誰も来なかったのはこれで三回目だ。僕は静かに準備した材料をかたづける。星飛雄馬みたいにテーブルをひっくり返せばよかったのかもしれないけど、さすがにそんなことはできない。

 用意をしている時からなんとなく嫌な予感はしたのだ。今ならたぶん、無断キャンセルを食らう飲食店の気持ちがわかる気がする。
 一人で食べきれる量しか用意しなかったのは正解だったのかもしれない

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食べ放題ヨロレイヒ

 ただでさえ少ない量なのに漫画みたいなスピードで口に運ばれていく肉を見ていると、それほど食べていなくても腹がいっぱいになっていくような気がする。
 あんまり食べてないですね。まだ育ち盛りみたいな食いっぷりの一年生が思い出したように声をかけてくる。
「ここ来る直前にポテチ食っちゃったんだよね」
「ダメじゃないですかー。せっかくの食べ放題なのに」

 大学のサークルなんて基本なにもしないでだらだら

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空飛ぶ唐揚げ

少しどころか盛大に焦げた唐揚げを冗談抜きでもりもり食べている子どもをさっきからずっと見ている。
「あんまり無理して食わなくていいからな。失敗したんだし」
「え、ちょううまいよ、兄ちゃんのからあげ。母ちゃんよりずっと上手」
タカシの言う母ちゃんというのは俺の姉貴で、要するにタカシは俺の甥っ子だ。
あちこち仕事で飛び回る姉貴はいつも予告もせずにうちにこいつを置いていく。
姉ちゃん、わかってるか。俺、独

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ローストクリスマス

家の近くにある肉屋では、クリスマスの時期になると外にロースターを置いて、そこでたくさんのチキンを焼いていた。
僕はそれを見ているのが好きだった。赤く燃えるヒーターの中を、外国の映像で見た、小さな観覧車のようにぐるぐるとまわるのだ。いつまでも飽きずに見ていられる。
親に何度か、あれを食べてみたいとねだったことがある。当然買ってはもらえなかった。
「あれ高いからうちの予算では買えません」
両親とも遅く

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晴れときどき豚カツ

 仕事から帰ると家の中にはなにもなかった。冗談でもなんでもなく、文字通り、本当になにもなかった。
 冷蔵庫、洗濯機、テレビ、ベッド、細々とした家財道具、なにからなにまで。残っていたのは俺の服とノートパソコンだけ。猫もいない。
 昨日今日の思いつきじゃないだろうから、ずっと前から計画していたことだったのだろう。冗談でもなんでもなく、途方に暮れていた。

 あいつとは別に結婚しようとかいっしょに住もう

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愚鈍な牛丼

グラム98円なんて奇跡だと思う。
六時過ぎまで講義があって、もうなんかなにも作る気にもならなかったのにスーパーの肉売り場にあったそれを見ただけでカゴにつっこんでレジを通っていた。
牛コマグラム98円。
見よう見まねで牛丼の具だけ作って、マシマシの汁ダクダクにして昨日の残りのご飯にぶっかけて食べる。玉葱が半生なのがちょっと失敗だ。
たぶん店に行ったほうが美味いし、結局は安く食べられることなんかわかっ

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台風コロッケ

昨日からさんざんニュースで言ってたのに、いつも通り会社に行って電車が止まってから帰ってもいいとか言われる。無理やりにでも休みにしておけばよかったと思うけれど、もう遅い。駅には人があふれていて、電車はもちろんバスもなにもどうしようもない。
なんとなくスマホで検索したら近くのカプセルホテルが空いているようだったからさくっと予約して、今日は家に帰るのは諦めた。一人暮しだから出来る芸当かもしれないとも思う

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