待ちぼうけも喰らう

 またドタキャンらしい。
 連絡もなしに誰も来なかったのはこれで三回目だ。僕は静かに準備した材料をかたづける。星飛雄馬みたいにテーブルをひっくり返せばよかったのかもしれないけど、さすがにそんなことはできない。

 用意をしている時からなんとなく嫌な予感はしたのだ。今ならたぶん、無断キャンセルを食らう飲食店の気持ちがわかる気がする。
 一人で食べきれる量しか用意しなかったのは正解だったのかもしれない。グラグラと沸く鍋に、白菜をひとつかみとネギを投げつけた。一瞬、沸騰がおさまって、またすぐに出汁が鍋の中で野菜ごと循環を始める。

 静かすぎるのに飽きて普段見ないテレビをつけると、よくわからない芸人がよくわからない笑いを取ろうとしていた。こういうのがわからないとダメなんだろうか。僕は人の気持ちがわからないのかもしれない。
 外は昨日から降り続いた雪がやっと落ち着いて、誰かが来ればざりざりと踏みしめる音がわかるくらいには道が凍結していた。

 煮えたつ鍋からネギを取り出して、ポン酢をかけて食べる。三回目にもなればもう慣れたから味もわかる。しばらくはこれが続いても大丈夫な気がする。野菜取れるし。意外と安上がりだし。やけどしそうになりながら、煮えたぶんは全部食べた。追加するか、迷う。

 目を離したすきに、電話が鳴ったような気配を見せる。すぐに留守電に変わる。出てもしかたないので、出ない。
 立ち上がって、台所に残ってた野菜を鍋にまた投げこむ。暑くなってきたので、ストーブを消す。
 スピーカーから聞こえてくる音はどこかで飲み会をしているようだ。なるほどね。そりゃ来るわけないか。なにか言っているようだったけど、聞こえないから無視する。呼ばれないのだから行く義理はない。

 からかうのも飽きたのか、話の途中で電話が切れた。根性ないな。馬鹿にするなら徹底的にしてこいよ。
 後から足したみたいな笑い声がタイミングよくテレビから聞こえてきた。火が通ったやつから口に入れる。またやけどしそうになる。

 これが作り話ならこの辺で誰かが来るのだろう。そしてなんとなく人数が増えて、鍋を始めるのだ。でもこれはそうじゃないから誰も来ない。そういうもんだ。
 出して使わなかった器を片付ける。鍋はまた明日、続きをする。うどんを買うのを忘れたので買ってくる。誰もが誘わない。誘われたときの返事は「行けたら行くよ」だ。シャコウジレイは真に受けない。
 大人になるってきっとそういうことだ。涙は台所で処分すること。おそらく燃えないゴミだと思う。


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