空飛ぶ唐揚げ

少しどころか盛大に焦げた唐揚げを冗談抜きでもりもり食べている子どもをさっきからずっと見ている。
「あんまり無理して食わなくていいからな。失敗したんだし」
「え、ちょううまいよ、兄ちゃんのからあげ。母ちゃんよりずっと上手」
タカシの言う母ちゃんというのは俺の姉貴で、要するにタカシは俺の甥っ子だ。
あちこち仕事で飛び回る姉貴はいつも予告もせずにうちにこいつを置いていく。
姉ちゃん、わかってるか。俺、独身で、彼女とかいたこと一回もないんだけど。
「あんまがっついて腹壊すなよ」
「おかわりもらっていい?」
人の話はいっこも聞いてないらしい。

姉貴は俺がまだ義務教育の頃結婚して、大学を出る頃に離婚した。
俺がうまく就職できなかったのをどう思ったのか知らないが、出張の度に俺にこいつを預けた。俺は勝手がわからないなりに飯を食わせ、保育園に送り迎えをして、小学校に通わせるところまできた。どっちが親かぱっと見ではわからないんじゃないかと思う。タカシはわかってるようなわかってないような感じで、わりと素直に育ってるんだと思う。俺はこの前、気になる人に告白をして玉砕した。三回目だ。
いつもはラーメンとか買ってきた総菜とかそんなのですませるんだけど、今日はタカシの誕生日だ。なにが食べたいか聞いて、返ってきた答えが「腹いっぱいのからあげ」だった。
近所に最近で来たからあげやはそこそこ人気があるようだが、決して安くはない。腹いっぱいって言うと、たぶんかなりの金額になる。で、スーパーに行ったら、肉が安くて、唐揚げ粉も安かった。自分でやるしかないじゃないか。

決断するのも早かったけれど、料理をうまくやるにはまだ早すぎた。なんだかよくわからない失敗をたくさんしたようで、唐揚げはどれもこれも黒焦げになってしまった。
それでもタカシはうまいうまいといくつも食べてくれた。まあいいのか。いや、よかないだろ。頼むから腹壊すなよ。
ケータイの通知が見えた。
姉貴からだった。

空港に着いたから今からそっちに行く。タカシに待っててって

タカシはようやく満足したのか、ご飯や申し訳程度に作ったサラダもきれいに平らげ、テレビを見だしていた。
「母ちゃんもうすぐここにくるってさ」
「うっそ、マジ? 誕生日プレゼントあるかな?」
「そこまでは知らねえよ。なんかリクエストしたのか?」
「スイッチ」
「そりゃわかんねえな。ていうか俺だってほしい」
タカシは人の話は聞いていないようで、クレヨンしんちゃんかなんかを見ながらゲラゲラ笑っていた。のん気なもんだ。

どうにか後片づけをして、風呂を用意し、めんどくさいと言い張るタカシに先に入らせる。
ようやっとコーヒーなどを入れる余裕が出来た。
と思ったら。
「ただいまー。お腹空いたー。ケンジ、なんか食べるものある?」
これだ。姉貴。もっと他になにか言うことあるだろ。
姉貴は黒焦げのからあげを残っているぶんを全部食べた。子どもも子どもなら親も親だ。
「あんた料理上手じゃん」
「ほめてもなにも出ないし、むしろ腹壊すなよ」
「なんだちぇ」
風呂から出てきたタカシが驚く。そのままうるさいくらいにお互いの声が部屋の中で散らかる。
俺は邪魔しないようにテレビの前に移動して、少しぬるくなったコーヒーをすすった。
「兄ちゃん! スイッチ!」
誕生日プレゼントはちゃんともらえたようで、タカシは誇らしげに俺の目の前に持ってきた。よかったな。
「今度一緒にスマブラやろうぜ」
「ケンジ、あんたにもお土産あるよ」
返事をしようとしたタイミングで姉貴からの声。ちょまてよ、とどっかの芸能人みたいな言葉が出そうになった。

あんたも早く彼女ができたらいいのにねえ。姉貴はたいそうノンキな声だ。
「いや彼女できたらタカシ預かったりできないかもよ」
「そうなったらそうなったでしょ。ていうか今度仕事変わるし」
びっくりした。よくよく聞いてみたら、死ぬほど忙しいのに嫌気が差して転職を決めたらしい。あの会社、うちには子どもがいるっつってんのにやりたい放題なんだもんなあ。姉貴はぼやく。
「まあ、そんなわけだから、これからはもうちょっとなんとかなるんじゃないかな」
「物入りになるかもしれんのに、こんなもんもらっていいのかよ」
「ほしいって言ってたじゃん。臨時収入だったから早く使い切りたくて」
意味がわからない。そりゃどういうことだよ。
「ま、いいからいいから」
そんなことより、また唐揚げ作ってねー。ねえちゃんカンシャしてるのよー。姉貴はタカシよりも子供みたいな言いかたでねだってきた。腹壊しても知らんからな。

「さ、帰るよ」
「えー。スマブラやりたい」
「ネットワークの設定しなきゃでしょ。うちでやりたいなら今日中にさせて。母さん忙しいんだし」
「まあ、設定だけ終わればどっちの家でもできるからな。早いとこやってもらえ」
俺は荷物をまとめてやりながら、促す。いや、置いてってくれていいんだけど、とは言わなかった。
「また唐揚げ作ってね」
お前ら親子だな。喉元まで出かかったのを我慢して、二人を家まで送った。

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