なべなべそこぬけ

 薄青いアルコールの固まりにマッチで順番に火をつけていく。なかなか着かなくて、軸を伝った火が指先に来てしまって慌ててしまう。
 なにやってんだよ、と笑う友人たち。
 修学旅行の夕食はなんとなく落ち着かない。近くに座りたかった人は、早々に別の人と離れた場所に席を確保していた。
 家族と来るときとはなんとなく違う料理が御膳に並ぶ。学生相手だと生ものは少なくて、揚げ物ばっかになるんだなあ。なんとなく調子の悪いお腹が悲鳴を上げそうになる。
「鍋しょぼっ」
 ふたを開けて中身をチェックした友人が誰に言うでもなくぼやく。だいぶ予算けちってんだろうなあ。
「お前ら文句言ってんじゃないぞ」
 そういう先生の御膳には僕たちよりも多い皿があった。あとビールも。大人になった今ならわかるけれど、人の言うことなんかいっこも聞かない学生相手に一週間も旅行なんて、飲まないとやってられないのだろう。今はアルコールなんか出したら外野から文句を言われるかも知れないけれど。

 あぶくたった煮え立った 煮えたかどうだか
 吹きこぼれそうになって慌ててふたを開ける。白菜と豆腐とも申し訳程度の白身の魚がだしの中で踊らされていた。
 上あごをやけどしそうになりながら、それを口に運ぶ。食べるよりも会話のほうが進む。先生はほとんどなにも食べずにビールばかり飲んでいたようで、顔を真っ赤にしていた。
「先生、エビフライちょうだい」
「ダメ、あとでおれが食うから」
「全然食ってないじゃん」
「ビールがあったらそれからいくだろ普通」
 友人たちと先生はいつの間にか御膳を囲むように集まっていた。歳が近いせいもあってか仕事仲間の会話のようにじゃれる。僕もその中に紛れるように近づくと、飲みすぎると明日に響くんじゃねえのかよ、と先生の鍋の中からスの入ってしまった豆腐を取る。
「先生、もらうね」
 口の中に放り込む。意外と誰も気づかない。熱い。
「あっつ!」
「お前なにしれっと先生の食ってんだよ」
 ゲラゲラ笑いながら、友人は水の入ったコップを差し出す。
 だって。豆腐嫌いなのみんなにバレたくないって言ってた
 ……とは言うわけにはいかない。なにせ二人だけの秘密なのだ。
「揚げ物ばっかで腹が死ぬ」
 うがいするみたいに水を口の中全体に回し、飲み込むと、僕は鍋の中に残っていた豆腐をまた口に運んだ。
 かわりに、自分のところにあった食べる気にならないものを先生の皿の上に乗せた。
 目くばせをする間もなく、友人たちは先生の御膳から食べられそうなものを次々とかっさらっていった。
「お前ら自分のぶんから食えよー」
 完全に酔っぱらった口調でニコニコとその光景を見ていた。なんだ、余計な心配だったか。

「それじゃあ今からクラス対抗カラオケ大会始めまーす」
 学年代表が気の抜けたアナウンスをする。いつの間に代表決めてたっけ?
 疑問は解消することなく、いつもクラスでいちばんの調子ものがガッツポーズをしながらマイクスタンドの前に立った。

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