おひとりさま

 目の前にはひとり用の鍋。無印良品で売っていますよ、といわれたら信用するような大きさの、取手もなにもない鍋が置かれた。
 メンテナンス考えたら、こんなのじゃないとやっていけないか。ぼんやり考えながら、店の隅でひとり所在なく座っていた。

 健康診断の特典……と言えばいいのだろうか、昼食をとることができるクーポンを渡され、なんとなく気になっていた店にふらりと入ることにしたのだ。これがその結果。
 もらった券だけではどう考えても足りないので、追加でお金を払うにしてもあまり贅沢はしたくない。結局、いちばん安いコースにしてしまった。貧乏性も極まれり。
 ふつふつと沸く出汁の中に、取ってきた野菜やらなにやらを放り込む。誰かといるわけではないから、無言のままコトは進む。一時間半は長すぎる、
「お肉お持ちしました」
 店員が持ってきた肉は、値段なりのものなのだろう。一枚取ろうとすると、何本かの筋に分かれてしまう。うん、僕が食べたいのはそういうのじゃないんだ。といっても誰にもわからないかも知れないけれど。諦めて、まとめて鍋につっこむ。塊のまま色が変わる。肉を揺らしてばらけさせる。
 さっき飲んだバリウムがまだお腹の中に残っている気がする。思ったよりも食欲がわかない。ゆっくり食べればいいのだけれど、それはそれで、ひとりで広い席を占領している罪悪感がわく。

 時間的には混んできても不思議ではないのに、なぜか人がそれほど増えない。煮えた肉を口に運ぶ。熱くてやけどしそうになる。慌てなくてもいいのかな。肉のおかわりを頼む。
 健康診断は特に問題なし。年齢なりの不安はあるにせよ、もう少し体重が増えても大丈夫なのでは。ただし、暴飲暴食は避けてください。
 誰にでも当てはまりそうな、あたりさわりのないコメント。占いだってもうちょっとバリエーションを考えるだろうに。
 肉、野菜、肉、野菜、肉肉野菜、野菜肉野菜。
 血圧が低いですね。塩分はそんなに控えなくてもいいかもしれません。そんなこと言われてもな。しょっぱいのは苦手なんだ。

 肉を三回おかわりして、野菜はもう少し食べた。こんなにしっかり食べちゃって晩ご飯どうしよう、なんて思う。むしろこれから仕事だから結局食べずに終わる気がする。こんなことなら休みにしておけばよかった。満足しかかった腹を見て、すこしだけ後悔する。
 店内に背を向けるようにして座っていたので、席が人で埋まっていることに気がつかなかった。時間はまだだいぶあるけれど、自分には多すぎるので出ることにする。出汁はもう煮詰まりすぎて鍋の底にはりつきそうになっていた。

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