学生は貧乏

「先輩、鍋やりましょう。材料をメモしてくれたら、私たち買ってきて下ごしらえしますから、あとはやってください」
 昼休みに学食で安い定食を食べていると、目の前にきたサークルの後輩が二人、声を揃えてくる。もうそんな季節か。
「坂田とかなんだか全然食べてないみたいだし、そろそろヤバいんじゃないかと」
 もちろん心配をしているというよりもそれを口実に宴会がしたいということなのだけれど、たしかにみんなでなんか食うなら鍋のほうが安く上がる。
「じゃあ、今メモ書くからそれ用意して。集合は食べるだけなら夜7時で」

 貧乏人を救う会やります。19時〜

 サークルボックスのホワイトボードにはそれだけが書かれていた。酷いネーミングセンスだと思うけれど、これで何度もやっているのだ。文字だけでなにをやるかわかってしまうやつらがいるのはもうあたりまえのことだった。最初は僕が準備をだいたいやって、参加者は三々五々やってくる、みたいな感じだった。いつのまにか後輩たちが準備をやるようになり、僕は集合時間よりもすこし早めに来てコンロに火をつけてそこから先はやることになっていた。
「あれ、今日はなに味ですか」
「味噌」
「あー。昨日から特売だったし」
 まるで主婦の会話だ。なにが入るのか聞かれることはあっても、最近は僕にもわからないと答えることが多くなった。そのへんは後輩たちが好きなようにしてもそんなに間違いがなくなってきたようだった。
「うどん入るかな」
「買ってくるんじゃないの。知らんけど」
 ここまで来ると僕がいちいちなにか言うこともないんじゃないかな。もしかしたら、立替えをする財布が必要で、その財布代わりにされているだけなのかもしれなかった。

 夕方、講義が終わったので、後輩たちがやっていた下ごしらえの続きを引き受ける。彼らの手際がだんだん良くなっていて、自分が手を出す必要性を感じられなくなってきたのがほんの少し寂しいと思う。年寄りの感想だなこれ。外野が増えてきて、あれがない、これがないと好き勝手なことを言い出す。足りないなら自分で買ってこいよ、と言うと、それもそうかと近所のスーパーまで買い出しに行く。
「今日は何人くらい来ますかね」
 前回は二十人くらいだっけか。今回はどうかな、っていうか食べきれるのかこれ。
 外にテーブルを出して、コンロに火がつく。待ちきれない連中が、もう缶ビールを開けていた。
「パパー、お腹空いたー」
「誰がパパじゃ、わしにビールを食らうような子供はおらん」
 言うそばから笑ってしまって、一向に作業が進まない。いつか想像していたような学生生活がそこにあった。
 いくつかできた会話の輪から漏れる声を耳にしながら、自分もコーラを開けて飲み始めた。
「間に合ったー。先輩、お腹すきました」
「もうできるよ。紙皿と箸配って」
 百均で買ってきた上の容器と引き換えに手渡されたのはずしりと重い袋。
「OBが、みんなで食えって。先輩が仕切ってるって言ったらすぐにわかったみたいでした」
 太巻きのパックがいくつも入っていた。なんだ、来ればよかったのに。
 袋から出すとあっという間に手が伸びる。
「いちおう誘ったんですけど、もう部外者だからって」
 あの人はそういう人だからな。先輩も食べます? と目の前に延びてきた太巻きを口にくわえる。
 しゃべろうとしたがふがふがとコントみたいな感じになったのでやめた。

 乾杯もなくなし崩しに始まる感じが宴会とはちょっと違う、貧乏学生を救う会って感じだ。
 そろそろできるぞ。声をかけると会話が止まる。
 鍋を囲む人数が前回よりも増えている気がする。
「……何人いる?」
「25人です」
 すげえ、という声と、そんなことはいいから早く食わせろ、という声が混ざって騒がしさが戻ってくる。
 はいじゃあ、そろそろ始めますよ。たくさん食べて栄養つけましょう。
「いただきます」
 蓋を開けると、「いただきます」の声が揃う。


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