食べ放題ヨロレイヒ

 ただでさえ少ない量なのに漫画みたいなスピードで口に運ばれていく肉を見ていると、それほど食べていなくても腹がいっぱいになっていくような気がする。
 あんまり食べてないですね。まだ育ち盛りみたいな食いっぷりの一年生が思い出したように声をかけてくる。
「ここ来る直前にポテチ食っちゃったんだよね」
「ダメじゃないですかー。せっかくの食べ放題なのに」

 大学のサークルなんて基本なにもしないでだらだらと時間を潰すだけだ。たまに人数が集まると思ったら腹が減ったときか、遊びに行くとき。目的のない集団なんてそんなもんだろう。
 今日もバイトが急に休みになって、暇になったところに食い放題の誘い。いつものことだけど、断ることはできないらしい。払ったぶんに見合うだけのもの食った気にならないんだけどなあ。
 山の奥にある個人経営の食べ放題の焼肉屋は、いつも人がいなくて、だからなのかわからないけれどいろいろがいまいちだ。
 回転寿司みたいなぐるぐる回るアレに肉が乗ってくるはずなのだが、なにも乗っていないし言わないと出てこないし、食べ放題というわりには量だって少ない。しかも待たされる。冷蔵ケースもスカスカだ。
 噂では大学生が大挙してやってきては毎回食べ尽くしていくから採算が合わなくてだから出し渋っているらしい。
「そういえばさ、高校のときに、学校の近くにここみたいな食べ放題ができたんだってさ」
「先輩の学校、相撲部なかったでしたっけ」
「そうそう。相撲部の顧問が腹いっぱい食わすのに、部員連れてくもんだからさ、そこの店あっという間に潰れたんだって」
 うわひっでえ。肉を待っている間、なにも食べないのもなんだか違う気がしたのか、タレをご飯にかけて食べていた一年生が米粒を飛ばしながら反応する。そんなんテロじゃないっすか。
 いや、それ言い出したら俺らだってテロみたいなもんじゃん。ここ、そのうちなくなるんじゃねえの。
 すっかり食べる気をなくして、かろうじて冷蔵ケースに並んでいたキャベツを炙る。
「この前、ひとりでジャーの中のご飯食べ尽くしたらしいですよ、丸山先輩」
「マジか、あの人連れてきちゃだめだって」
 なんとなく視線を感じてその方向を見ると店の親父が睨んでいた。ま、そらそうだろうな。

 出入り禁止になった人がいる、という話もいつだったか聞いた気がするし。そもそも食べ放題の店で出入り禁止ってどんだけ食ってんだよ。丸山先輩もあからさまに出入り禁止にはならなかったけれど、やんわりとお断りされたらしい。それで今日は来てなかったのか。
 5つに分かれたテーブルはどこもファミレスの雑談みたいになっていて、誰かが持ってきていたゲームで対戦が始まったらしくときどき歓声が上がっていた。
 火で炙られすぎて1/3が黒焦げになったキャベツをかまわず口の中に詰める。キムチくらい出してくんないかな。
 視線を感じ、そのたびにその方向を見て親父に睨まれ、いたたまれなくなって冷蔵ケースの中から腹の足しになりそうなものを探す、ということを何度も繰り返してようやく肉が出てきた。小さな皿の上に3枚。それだって光の速さで誰かの口に入り、あっという間にもとの状態に戻ってしまう。
 こんな店、早く潰れてしまえ。

「先輩なんも食ってないでしょ」
「あそこのおっさんにずっと睨まれてたから全然食欲も出やしねえ」
 時間はまだあったけれど、これ以上いてもどうしようもないだろうという、どう考えてもそうなるしかない結論が出て店を出た。入るときについていた看板は消えていた。営業時間終了まではまだ3時間くらい残っているのに。
「他を開拓したほうがいいですかねえ」
「食い放題はもういいから、ちゃんと食えるところ探そうよ。なんかせっかくのバイト代もったいないあんなの」
 何人か、となりのスーパーに入っていくのが見える。真似してポテチ食ってくればよかった、と言っていたのが聞こえたからたぶんそういうことだろう。
「今度飯島の誕生日でファミレス行くんですけど、先輩来ます?」
「それは足で? 財布で?」
「できたら両方」
 もう次の相談が始まっていた。主役のリクエストで、行きたいファミレスに行ってそこで誕生日会をやる、というのがいつの間にか年中行事になっていた。
「わかったよ。空けとく」
 おおい、と声がかかる。振り向くとなんか塊が飛んできた。
 なにかと思ったらバナナだった。なんだこれ。
「足りないから買ったんだけど、こんなには食いきれん」
 バカかよ。向こうでゴリラになりきっているやつがいる。しょーがねーなーとか言いつつ、頬張る。
「飯島、どこ行きたい?」
「ちゃんとした焼き肉が食いたいです!」
 あんまり無邪気にはっきり言うもんだから笑うしかなかった。じゃあ決まり。店を探しておくように。なんとなくまとまる。
 騒ぐ声がすこしずつ減って、自分も来たときと同じように車に乗り込む。どっか寄りたいところある?
 たぶんこのままゲーセンに寄っていくことになるだろう。なんだかんだで、これがいつものコースなのだった。

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