見出し画像

創作大賞2024 |黄金をめぐる冒険㉙

黄金を巡る冒険①


霧雨に近い微小な雨粒が僕の体に滲んでいく。
水を含む服が体に纏わりつくのが気持ち悪かった。足が蒸れて嫌気がさした。幸い道は平坦であり、水が溜まるほどの凹凸は少ない。だが、所々ドーナツくらいの大きさの水溜りがあり、僕はそこを踏まないように気を付けるのだけど、案山子かかしは気にせずにドーナツを踏むので、溜まりの水が僕にかかる。

目の前にまた小さなドーナツ溜まりが見えた。僕は避けて通り、案山子からも距離を取った。もちろん案山子はドーナツを踏みつける。この距離なら大丈夫だろうと思っていると、思いの外に案山子の跳躍が激しく、勢いついて破裂した飛沫しぶきが、またかかった。

その一連のプロセスは、僕に水が跳ねるまでを一つの物語として決まっているかのようだ。まるでそれがその水の運命みたいに。僕はため息をつき、全く可笑しな物理法則の世界があったものだなと水はねを避けることを諦めた。

かつん、かつん、バシャ。
また水がかかった。僕はため息をつき、空を仰いだ。そこにはやはり暗闇が広がっていた。月も星も厚い雲に隠され、密閉された暗い箱に居るみたいだ。誰かがその箱に細目さいもくのじょうろで僕たちに水をかけているのかもしれない。

そんな下らないことを考えながら空を見ていると、暗闇の中で何かが動いた気がした。目を凝らしよく見てみる。すると何か大きなものが空でうごめいているように見えた。大きくうねり、ゆっくりと動態をしながら空を震わせている。
それは僕に、昔テレビで見た”にっぽん昔ばなし”に出てくる龍を連想させた。暫く見ていると、大きな龍の影は次第に丸くなっていった。そしてその丸はどんどん半径を拡張させ、僕の視界を覆っていく。

これは、龍の動きが僕に近づいて来ているんじゃ…… 体が急速に強張る。周囲を見回し案山子を探すと、案山子は僕のすぐ後ろにぴたりとくっ付いていた。案山子の力強さを感じる。案山子はかつんかつんと小さく飛び跳ね、その助走を使って僕の頭上を越える大きな跳躍をした。飛ぶ勢いに加えて、ものすごい速さで回転を加えてくるくると回りながら、地面から三メートルほど離れたところで止まった。
案山子はその身軽さで高速に回転しながら、遠心力により宙に浮いた。龍の影はどんどん大きくなり、僕たちに近づく。僕と龍の間で案山子は回転しながらそれを待ち構えている。僕は何をすればいいか分からず、ただ茫然と立ち尽くしていた。

影は一直線にこちらへ向かって加速し、巨大な団塊となって僕たちの頭上を占拠した。龍の巨大さに僕はたじろぐ。案山子が一体何をしようとしているのか分からないが、このまま行ったら龍に飲み込まれてしまう。
「危ない! そこをどくんだ!」
そう叫んでも案山子は回転と浮遊を続け、ついにその影とぶつかった。

龍の影は案山子にぶつかると、そこを中心に無数な小さい影となって拡散していった。次々に案山子にぶつかっては散り散りになり、小さな影となって空へと帰っていく。そして巨大な龍は僕たちの頭上から消え去った。空を覆っていた暗闇がだんだんと晴れていく。案山子は空で回転しながら、その色彩を取り戻していった。

赤色の蝶ネクタイをしていた案山子は遠心力をゆっくりと弱めながら、僕の前へと降りてきた。僕は案山子の勇敢さと偉大さに大きな敬意を抱いき、深々と感謝の眼差しを送った。案山子は軽妙な調子で、かつんかつんと二回跳ねてから僕をじっと見つめ、「危ないところだったな」と言った。

意外だった。案山子は喋れるらしい。
「いや、ちょっと待ってくれ、話せるのか?」
「誰が話せないなんて言ったんだ?」
案山子は親しみのある声で僕に言葉を返す。
「だって、今まで一言も喋らなかったじゃないか……」
「このからだで話すと疲れるんだよ。全く。それに言わなくても伝わっただろ?」
顔の『へ・の・へ・の』が月目のように少し垂れ下がる。おそらく笑っているのだろう。心底ほっとする笑顔だ。

「そうだね。さっきはありがとう。あれはいったい何だったんだ?」
「あいつらはからすさ。ここでは闇鳥と呼ばれているらしいけどな。闇鳥は無数の群れを成して人を襲うのさ。そして骨も残さず食ってしまう。腹が減って食べるわけじゃない、それが闇鳥に与えられた知恵なんだよ。実に滑稽な奴らだよな」
「そして心は”闇”の餌となる」
「そうだ。だが安心しろ。もうすぐ”闇”は明けるぜ」

一筋の陽光が地面を照らしながら道の奥へと伸びていく。僕と案山子はその縦に伸びていく光線を眺めた。光は徐々に横へと広がり、僕らの目指す「八合目」を映し出す。その道のりはとても平坦で、今なら案山子とタップダンスでも踊りながら進むこともできそうだと思った。きっとこの岩場の固さなら良い音が響くだろう。

カツンカツン、タッタカタッタカ
カツンカツン、タッタカタッタカ

僕と案山子は音楽を奏でながら「八合目」へと向かった。
雨は止み、闇は明けていた。

***

「地獄は鴉に狡猾さを与え、案山子には口を与え、人には友情を与えた」
”孤独”は僕たちの後で小さく口ずさんだ。


第二十九部(完)
Mr.羊

黄金を巡る冒険㉚


#創作大賞2024
#ファンタジー小説部門





この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?