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創作大賞2024 |黄金をめぐる冒険㉛

黄金を巡る冒険①


近くで見ると図書館は城というより教会のような外観に近い。

その正面ファサードは西洋のゴシック様式に建てられた教会特有の、壮麗で冷淡な面構えで、僕たちの前に堂々と建っていた。いくつかの尖塔が頭から生えており、その中で中央の一本が大きく空に伸びている。
入口はまるで建物の正面を掘ってできた洞穴のように内部へと凹み、その奥に陰影を含んで静かに扉が身を潜める。洞穴は丸みを帯びて煌びやかに装飾されており、特に穴の外円には尖塔上のアーチが幾重にも重ね施され、入口までの奥行きを無限として、アルキメデスの亀のようにその扉へ永久に辿り着けないのではと思った。

入口の上には大きな窓がある。小さな円状のステンドグラスが三段に重なり、その中心に他の円より半径の広いステンドグラスが座しており、それらが組み合わさって複雑な円窓を成していた。

赤色、青色、黄色、緑色、様々な色でそのステンドグラスは構成されており、その他の部分は単調な柱とガラス窓の構造となっている。全体的に少しグレーがかった白の石積みの意匠は、色と影のコントラストの美しさを引き立ていた。

また、建物は全体的に高さが出るように設計されている。尖塔アーチによる空間の拡大。それを支えるために、突き出る構造部と柱を繋げるアーチ、フライングバットレス(飛梁とも呼ばれる)が壮大さの比翼となっていた。
一体この世界で誰が建てたのだろうか? やはりこれもハリボテなのだろうか?
「案山子くん、この建物は図書館で良いんだよね?」
「そのはずさ」

僕たちは入口へと向かい、洞穴のような陰影の中に入った。尖塔上のアーチが幾重にも過ぎては現れ、万華鏡のように僕たちの遠近感を狂わせる。そのせいで扉に近づいているのかよく分からなかったが、ちゃんと扉の下に辿り着いた。
扉を押して入ってみる。嫌に扉は軽かった。ゆっくりと押し続け、案山子くんが入れるくらいまで開き、二人で中に入った。

中の装飾もかなり手の込んだものだった。柱と壁の意匠も西洋風で品がある。天井には大きな絵が描いてあって、それがまた内部空間の神秘性を助長させている。なぜか床だけは木造で組まれており、踏むとぎいっとを音を立てて軋んだ。案山子くんのかつんかつんという音と、僕のぎいっぎいっという音が部屋に響く。

図書館にしてはうるさくしてしまったと思い辺りを見回すが、特に誰も居なかった。あるのは壁一面にぎっしりと敷き詰められた本たちと、広々とした空間にぽつんとある受付だけだった。受付には女性が一人座っており、女性の目の前にコンピュータらしき箱が見えた。

近づいていくと女性の輪郭がはっきりとしていき、曖昧が消えていくにつれて女性の顔が僕の心臓の脈拍を上昇させていく。彼女だ。僕が何より求めていた存在、あの白い”壁らしきもの”で分かれてしまった愛情、大切な記憶、それらが緑の導火線となって一輪の花として僕の前に咲いている。
「どうしてここに…… 」

僕は速足で受付に駆け寄り、彼女の顔をしっかりと見た。それは確かに彼女の顔だった。
「良かった、あれからずっと心配していたんだ。ここで会えて本当に良かった」
彼女は僕の顔を見てきょとんとしている。思っていた反応と違う。何か違和感があった。顔は確かに彼女なのだが、何か、彼女を取り囲む空気みたいなものが違うような、説明できない変な感覚がある。

「あれからずっとここに居たのかい?」
やはりきょとんとした顔で僕を見ている。
「僕のことを、忘れてしまったのかい……?」
変わった反応はない。

この奇妙な感じ、要求に対する無応答、これは”のっぺら”の反応と同じだ。ただ彼女には確かに顔がある。僕の光芒的な唯一の安堵、生命の起爆的な活力、過去と現在を超越する久遠、それらの源泉となる美しい身体が僕の目に映っている。

どういうことだ? なぜ彼女から”のっぺら”の奇妙さを感じてしまう?
僕はもう一度その奇妙を確かめようとしたが、案山子くんが僕を制した。
「落ち着いてくれ。あまり『彼女』を刺激してはいけないよ。分かっただろう? 彼女の体はここに在るが、心はここに無い。文字通りの心ここに有らずさ」
「彼女も、”のっぺら”と同じで記憶を失ったのか? でも彼女も僕と同じでこの場所に望んできたんだ。ここに連れてこられた者だけが、記憶を失ってしまうのだろう? それに、顔もちゃんとあるじゃないか……」

彼女の記憶が消えたという事実が、僕の中で勝手に膨らみ闇を落としていく。
「そんな、どうして……」
案山子くんは僕を真っすぐ見つめているだけだった。
「教えてくれよ案山子くん!彼女はどうしたというんだい!」
案山子くんは丸い顔をくるくると左右に回し、ごめんよ、という顔をした。

「案山子くん!」
僕は声を荒げた。やるせなくて、納得できなくて、でも現実が確かな実態を持って僕の目の前に存在している。そんな絶望と悲壮の心を、僕は案山子くんにぶつけてしまっている。淀みなく感情が流れていく。ダムの水のように勢いよく。

僕は案山子くんを振り切って彼女の手首を掴んだ。そして彼女を思いっきりこちら側へ引っ張ろうとしたとき、後ろからしゃがれた声が聞こえた。
「女の子に乱暴かい? そんなんじゃ男が廃る」
僕は振り向き、その声の主を見た。堂々とした白髪の女性が立っていた。白い髪は短く整っている。一体誰だろうか?

「私はここの管理人だよ。そしてこの子のり人でもある」
「守り人、ですか?」
「うん、この子は特別な事情で記憶を失ってしまっていてね、だから顔も体もちゃんとあるんだけど、心だけがぽっかりと空いてしまってる」
「心ここに有らず……」
案山子くんはくるっと頷いた。

「特別な事情とはどういうことですか?」
「うん、少し説明が難しいね。端的に言うと、『彼女』は記憶ではなく存在を消されてしまった」
「存在を?」
「そう。『彼女』の存在はある力で消滅させられて、この世界の記憶から無いものとされてしまった。それは『彼女』自身も例外ではなく、心というかたちで存在を失ってしまった」
彼女は抑揚なく、ただ説明書を読むみたいに説明を続けた。

「その力の源は言語であり、そしてこの図書館にはこの世界の言語、つまり全ての言葉が記録されている。そして『彼女』の存在は、この図書館から記録として消滅してしまったんだ」

この図書館には、全ての言語が貯蔵されていて、これまでの言葉が蓄積され集約化されている。僕はそんな話にただ下を向き、茫然とするしかなかった。
全ての言葉? 存在の消滅? 話のスケールが大きすぎる。
本当にこれは僕に起こっている現実なのか?

管理人の顔を見ることができない。動揺が隠せない。彼女が消えてしまった世界で、こんな訳の分からない現実で、僕に何ができるというんだ……
そして彼女にもう会うことができないという絶望が、あの龍の影のような闇となって僕のちっぽけな心を押し潰そうとする。案山子くんに守られなかったら、きっと僕はあの時に終わっていた。だけど、今回は案山子くんは助けてくれない。

これは僕自身の問題なんだ。
もう諦めてもいい。どうなってもいいんだ。
悲しみと絶望に身を投げてしまおうとしたとき、ふと彼女の匂いを思い出した。あの垂れた髪の美しい匂い、思い出、記憶。

「あなたなら、きっとできるわ」

彼女の声が心に響いた。あきらめてはいけない。”闇”に飲まれてしまえば、そこれこそ”地獄の道”の思うつぼだ。僕がやるべきことは、彼女を救うことだ。
僕は覚悟を持ってその闘争を眼に灯し、案山子くんを見て、そして管理人の顔を真っ直ぐ見つめた。
「僕が彼女を取り戻します」

短白髪の管理人はにやりと笑い、強いまなざしを僕に向ける。僕を突き破るような目線だ。
「いい眼だね。うん、覚悟はできているようだね。これから君は、ここにある全ての言葉を知らなければならない」

そして僕の彼女を救う冒険が始まった ― 。


第三十一部(完)
Mr.羊

黄金を巡る冒険㉜


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