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今日が水平線に落ちる頃

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散文、詩、ドローイングなど
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#日記

2023

久しく放置してしまいましたがポツポツ更新していこうかと思います。
2022年は東京ポエケットへ、ブース出展されている方のお手伝いへ行かせていただき、私のフリーペーパーも配布させていただくことができてとてもありがたく、楽しみました。
自分なりに2020年からいろいろ文章も手当たり次第まず書いてみる。ということと。詩を投稿してみるということも続けてみた。
年末から新しい人生の運びがあり、創作することか

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かたはね Ⅷ

かたはね Ⅷ

光の中 氷河脱出 

ここでは行動記録は取れなかったし、15歳ほどの水晶のような存在は間違いなく存在しながらも実態がつかめないまま言葉を話さずに意識だけで動いているようだった。
その意識に誘われて僕は光の穴へ落ちていった。

同時に僕は僕であることと重なっていった。私は私であり僕であった。
あるいは目の前に感じる光は僕の影かもしれなかった。

「ルル る る」
相変わらず穴へ落ちていく途中でも言葉

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かたはね Ⅶ

かたはね Ⅶ

逢うもの

彼は いや彼女は年頃15歳ほどであり水晶のような立ち姿で局所的に降る雨を従えて私の目に映っていた。
本当のことを言うと人物であるかもわからなかった。ただ懐かしい気持ちを覚えたのととても愛らしいことだけを思った。

彼は何も言わない。ゆるい逆光の中で私を見ていることだけだった。
私、彼女は何も話さない。しかし向かう目的地はお互い一緒なのだということはわかっていた。

透けるような存在であ

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かたはね Ⅵ

かたはね Ⅵ

やがて物語は閉てゆく不安のように

闇の中には静寂で、そこには物語があった。

私はすぐにそれを探したいと思った。

あの日蝶を埋めたことが未だ胸に焼き付いている。

夕闇が迫って私も私の影も夜という影に覆われて闇になる。このことは光でもある。焼きつく想いもまた影となって光をまとう

そうだ そうなのだ。あの日埋めたのは、実は自分だったのではないかと思った。どうしても蝶が死んだということを、もう一

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かたはね Ⅴ

かたはね Ⅴ

感じるもの

温室へ向かった私はそのドーム状の空間に教会を覚えた。中は蝶を放しておけるよう適温になっておりいたるところに植物や花の蜜が吸えるように花がたくさん咲いている。吸水できるようにと糖分が取れるようにゼリー入りの小皿が至る箇所に設置されている。オオゴマダラやイシガキチョウなど国内の蝶が舞う中私は呆然と立っていた。

黒アゲハは見当たらなかったが似た色ですごく大きな黒い蝶が優雅に舞っている。人

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 かたはね Ⅳ

かたはね Ⅳ

犯人を探せ

ここにリンゴがあった。 このリンゴは輪郭にすぎないが言語によって繰り返された信号を発してもいた。
そしてやはり自分もそのようにして存在しているのだなと、丸くツヤのあるリンゴを持ちながらある実験をやってみることにした。

実験とは、つまり蝶を埋めた犯人が自分であったかどうか、疑似体験的なことをしない限り私の中で始まらないのであった。それは蝶を掘り起こすことにある。あの公園の片隅の蝶の食

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かたはね Ⅲ

かたはね Ⅲ

追うもの

しっとりとした朝だった。

いつもと変わらず太陽が昇っている。奇跡的なことだというのにあまり感動はしない。枕元に自分の手の影を映して生きていることを確認する。何かが崩壊してしまった後のような空虚さがまた滲み湧いてくる。そして必ず公園に埋めた蝶のことを思い出すのだ。

あれは確かに蝶だったはずだ。育てて羽化不全として死んだ蝶だ。しかし本当に蝶だったのだろうかと時たま思う。まごう事なき、本

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かたはね II

視点転換

ここは富士の八合目あたりだろうか。鉄錆の映える柵が雲になるガスにまかれて垣間見えるその景色は個人的にとても好きだった。         湿気がまとわりつき幼虫が蛹を作る前の繭の糸をくくっている視界を想像できるからだ。滲んだ白とグレーが延々と広がるその景色は私を迎えてくれている気がした。遠近感もバグっている。多分ものすごく遠いところにある景色が近く感じ、時間は止まっているかすごくゆっくり

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かたはね  Ⅰ

かたはね  Ⅰ

この世界は平面であった。
かぎりなく、宇宙空間とその間に至るまでの全てがただの輪郭でできており、私はそこを滑走しているにすぎなかった。

この日私は大きな発見をした。
この輪郭はりんごと同じであることを。
りんごの外側、つまり輪郭をなぞって延々と繰り返し滑走しているだけにすぎなかった。

りんごの中身は闇である。

闇のまま育ち、もぎ取られて切られるか地面に落ちて中身が見えると私たちはりんごは白か

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mu-gi web vol.3 「本当の時間」

mu-gi web vol.3 「本当の時間」

ご無沙汰しています。こんなに社会、世界の情報が飛び交う速さと悲惨と焦りの中ですが、書くしかないこともあって、書くことができてよかったと思う日々。書くことは希望を持って明日を向かえる儀式のようなもの 詩作も日々溜まった色んなものが絵の具のように調合されて自分にとっては紙面にアウトプットされるような日記的なものです。

今朝ゴミ捨てに行ったら 朝日が左前方の道からフワーと差してきてああ、熱ってこう言う

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ペット ロス

ずいぶんペットというと違和感を感じてしまうのは偽善者の要素が人にはあるからだろうか。

幼少期にはもう犬がいた。その頃家族はプレハブ小屋に住んでいた。奥行きは広く、離れに雀荘を父がまたプレハブ小屋を建てて朝から晩まで仲間と賭け麻雀をして呑んだくれて母親がボウルいっぱいの塩水を飲ませて復活したとか、作業場の中に住居があったのも子供にとっては楽しかった。父は職人だ。おそらく自分が知る中で一番の腕で自慢

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春のイモムシ

春のイモムシ

イモムシが好きだ。

何度も書いたり叫んだりしている気がする。ずっと前から好きだったわけではない。昨年の夏に、のそのそと桜の樹から土へ降りようとしているスズメガの大きな幼虫を手に乗せた時、身体の細胞が全身で喜んでいた。

緑色の身体はクリームソーダのように穏やかで爽やかで、マットなスベスベ肌はしっとりと暑い夏にひんやりと手に清涼感を感じさせてくれた。

最初、手に乗せてみようと思った時、躊躇がなか

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耳鳴り

耳鳴り

「左耳から高い音の耳鳴りが聞こえると天使がいるんだって。」

耳鳴りがするたびに根拠のないジンクスを思い出す。
確かに確かに。というように、実際見たことはない。だから一時期ずっと天使の絵を追っていた。

実際には雪の降る前は、よく耳鳴りがするもので、私はその意識が少し離脱するような感覚が嫌いではない。

旧約聖書に出てくる天使はとてもこの世のものではない霊的な姿や存在として描かれている。私クリスチ

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声がするから

声がするから

何かの存在は音を発してる気がするし、あたたかさをかんじもする。それがしあわせとか、不幸せとかの揺れ動くものにあてはめなくても、なんとなく、あったかい人とか、あったかい犬とか、あったかい魚はちょっとべつだけど、
声を聞きたい幻想を乞うてしまう。
関わるさまざまな対象に。
しかしそれは聞こえたり、感じたりするのとも違う、今おきていること以外に反響する何かの音は感じられない。

過去についてもう考えるの

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