あなたのいない世界
夕暮れ時。
歩くたび、もわっとした空気が私に纏わり付く。
歩道を歩いていると、車の音の影に、ポンッという小気味良い音を見つけた。
なんの音だろう、と不思議に思いながら歩みを進めると、ラケットを持ったおじいさんの後ろ姿。
奥には、おじいさんの半分ぐらいの背丈の小さな女の子がまた、同じラケットを持って、羽根を打ち上げていた。
バドミントンだ。
女の子は、羽根を一生懸命に打ち上げるが、おじいさんには届かない。
そして、落ちた羽根をゆっくりと拾い上げ、彼女に手渡すおじいさん。
その様子があまりにも可愛らしく、頬が緩んだ。
その後も歩みを進めると、マスクをした高校生のグループが前から歩いてきた。
女の子が1人と、男の子が2人。
笑いあいながら、時折はたきあいながら、なにやら楽しそうに横に並び歩いている。
その姿が昔の自分と重なった。
あの時は、性別を超えた友情が、確かにそこにあったな、と。
彼らには、大人になっても変わらず、仲良しで居続けてほしいなあ、と。
その後信号を渡り、少しすると、不動産屋さんの前を通り過ぎる。
店内には今日も変わらず柴犬がお利口におすわりをしており、鼻をガラスに押し付けながらこちらを眺めていた。
彼に、"ただいま"と口だけで挨拶するのが、最近の日課となっている。
なんでもない日常は、今日も怖いぐらいに変わることなく、そこにある。
誰かがいなくなったとしても、世界はそのことに気づくことがなかったように、ただただ明日を迎えるだけ。
そのことが少し寂しくて。
悲しくて。
やるせなくて。
明日が来なければいいなって。
そのまま歩みを進め、家に着いた。
脱力した腕でドアを開けると、琥珀がちょこんと座り、首を傾げながらこちらを見つめている。
"ただいま"
琥珀がしっかりとこの世界を楽しみ尽くしてから、空に帰るのを見届けなければ。
その後でないと、私はまだまだ空に帰れないな。
そんなことを思いながら琥珀に触れようとすると、琥珀は一目散に駆けた。
慌てて室内履きに履き替え、どこに行くのかと後を追うと、目的地は、琥珀のキャットフードがしまわれている引き出しの前。
やれやれ、ご飯を待っていただけだったのね。
当分の間は、給仕係から昇格できないようです。
いつか、パートナーとして認めてもらえることを祈って。
そして、何年か後に、無事に、夕焼けの向こう側に旅立てることを祈って。
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