夕焼けの向こうがわ
あなたの人生に、私は1mmも登場しなかった。
でもあなたは、私の人生のエピソードに、確かに顔を覗かせていた。
もともと会ったこともない、今後会えることもなかった人の突然の旅立ちに、こんなにも心を痛めることは初めてだった。
人生のうち、一度でもいいから、あなたと同じ空間に存在していたかった。
あなたの人生の観客席の、一番後ろの列の端っこの席でよかった。
まだまだ先は長いから、いつかきっと。
そう思っているうちに。
外出先から帰宅。
エレベーターに乗りこみ、自宅のある階に到着。扉が開いて俯きながら一歩踏み出すと、廊下の先にオレンジ色の温かな光りが。
久しぶりに、雲の間から夕日が顔を覗かせていたのだ。
階段を少し降り、踊り場の手すりに右手をかけ、左手を目の前にかざしながら、それをぼーっと眺めた。
ああ、彼はあの雲の向こうへ旅立ってしまった。
分かっているのは、その事実だけ。
その裏で、彼が今までどのようなことを考えていて、そして本当はどのようなことがあって、その事実が生じてしまったのか、それは、誰にもわからない。
いくら想像力をはたらかせても、それは私の想像でしかない。
私に分かることは、その事実によって、私の心が酷く痛んでいるということだけ。
今は、ただ、空の向こうの彼が、自由で、幸せであることを、祈るだけ、それだけだ。
見えているものだけで判断してはいけない。
聞いたことだけを信じていてはいけない。
完全に理解できることなんてない。
自分のことでさえも。
ゆっくりと夕日が沈むのを見届けると、頬をぬぐい、空に背を向け、階段を上った。
きっと夕陽をみたら、また、今日のことを大切に思い出す。そんなことを思いながら。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?