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【小説】第一話 少女は名を憎む

私がこの世に残せる物はきっと、何も無いのではないだろうか。

親指でスクロールして現れる美しい美少女。手指の形だけわかずかに歪で不自然であったものの、それ以外は完璧。端正で色気のある顔立ちと健康的そのものの肉感の体つき。誰もが口を揃えて「美少女」だと認識するそれは、AIが生成したこの世に存在しない人物である。

またスクロールすれば、今度は美少女の絵が現れる。繊細なタッチと淡い色合い、口角や目尻の上がり下がりが絶妙な、人間らしい笑み。素人には到底描けないようなこの美しい絵も、実はAIが生成した筆を必要としなかったもの。

あまりのスピードに目が眩む。この世に居る凄まじい知能を持つ人々が生み出した技術が、一庶民が描いた夢や可能性を、草むしりのような軽々しさでむしり取っていく。

進路希望調査書の締め切りが明日だというのに、まだ空欄だらけのまま時刻は23時11分を回っていた。私はスマートホンの画面から目を逸らせず、親指のスクロールをやめればいいものの止められそうにない。
ふと、画面が親指の動きに従わず、固まったかと思えば、次の瞬間真っ暗になった。気付かぬうちにバッテリーが切れてしまったらしい。
仕方なく、机の上に広げた進路希望調査書に目を向ける。

「2年4組9番 佐藤 あい」 
ただ一つ記入できている箇所を、睨みつける。今はひたすらに、自分の名前が憎かった。


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