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ワインを独りで吞まないために

 コネという言葉には多少抵抗を感じる。

 私がこちらに渡った当初は、コネなし、手に職無し、運なしの三拍子であった。東京では通訳・翻訳の仕事をしていたが、非英語圏であるこの国では、残念ながら英日通訳という職を介しては定収入は確保出来なかった。

 コネ、あるいは手に職を持っていた人々の中には、この国に根を下ろした翌日に定職にありつけていた人もいた。

 私がこの国に持って来たものは、若さとひとかけらのプライドのみであった。


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 しかし、コネというものはそれなりに作れるものである。

 この国で大学の卒論を書いていた時のことである。スーパーバイザーを探す際に非常に難儀をした。教授、助教授、博士、大学院生、資格のある人には片っ端から打診をしたが、「もう遅すぎる」、「既に一人を受け持つことに決まっている」、「それは自分の専門分野とは異なる」、等の理由で片っ端から断られた。

 スーパーバイザー申請期間が迫っていたため、ダメもとで、以前友人のパーティーで隣の席に座った日本びいきの博士に打診をしてみた。

 彼女からは思いがけず、即座に色よい返答が戻って来た。

 すなわち、プライベートのパーティーで出会った人、「コネ」が私の卒論を土壇場で救ってくれたわけである。


 私は、機会があれば、セミナー、シンポジウム、フェア、メッセというような大規模のIT行事に一人でいそいそと出掛けて行く。表向きは向学のためであるが、本音はその国際的な雰囲気と提供される食事とワインに釣られてゆくのである。運が良ければそこでコネを獲得することも出来る。

 さらにこれらは、滅多に召す機会のないカクテルドレスや極上スーツを、樟脳(しょうのう)臭くなる前に箪笥の奥から取り出せるチャンスでもある。たまに盛装に身を包まないと腰のあたりの輪郭がぼやけてゆく。


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 当然、外国人が単独で大規模のメッセに乗り込み、初対面の人々と知り合いになることは非常に勇気を要する事であり、簡単なことでもない。最悪の場合は、誰とも言葉を交わすことなく八時間淋しく一人で過ごす羽目になることもあろう。

 聴講中は大勢の人達と一緒に座って講義を静聴しているためそれほど孤独感はないが、問題は休憩時間、昼食時間、夕食時とその後の交流会である。同じく一人で参加している人の中には、孤独をカモフラージュするためか、本当に多忙であるためか、携帯電話を眺めている人、電話をしている人、PC、タブレット等と向かい合っている人も多い。

 私は人が大勢のいる場所にて一人で食事をすることが苦手である。背後で楽しそうな笑い声などが響くと孤独感が倍増する。か細い東洋人女性が小さい丸テーブルの脇に立って、一人でスモークサーモンを口に運び、ワインをがぶ飲みしている。このような光景は、傍からは食事もワインも不味そうに感じられ、さらにうら淋しい悲愴感が漂う。

 アメリカ映画などでは、素敵な男性が「もし良ければ同席しても構わないかな?」、などと近付いてくるシーンなどもあるが、スウェーデン人は一般的に社交的民族としての定評はない。KindとSocialは別物である。

 そこで、

 料理とワインを戴いたら周りをざっと見まわしてみる。一緒に食事をする候補者を吟味するためである。

 さてどこの丸テーブルにて同乗させて頂こうか。

 男性と同席するか、女性を選ぶか。


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 女性の場合は、向こうから話し掛けて来てくれるタイプは良いが、こちらから話し掛けても距離感が縮まらず話が弾まないことが時々あった。

 と、いうことで男性の多いテーブルを探す。

 一人で淋しそうに食事している人は、話し掛けたら喜ばれるかもしれないが、波長が合わなければ非常に白ける。

 二人連れでも良いが、その二人の間で非常に話が盛り上がっていないことを確認しなければいけない。二人で込み入った話をしている時に部外者が割り込んで来たら単なるKY(空気読めない)と見なされ露骨に嫌な表情をされるであろう。


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 結局、三、四人ぐらいのテーブルが無難であろう。

 ターゲットを絞ったら、無難かつ無意味な会話スタータ―を振ってみる。そして食事とワインをテーブルに置いたあとに自己紹介をして、メンバーの名前を訊ねながら握手を求める。その際には全神経を集中して彼らの名前を記憶するようにする。四人ぐらいの名前が私にとっては暗記可能な上限である。

 会話スターターとして、「貴方がたは午前中、どのセミナーに参加されたのですか?私は(メスを入れない脳細胞の3D分析)に参加しましたのよ」、などというスターターでは、おそらくほぼ歓迎されない。


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 このような挨拶では、せっかく寛ろぎながら食事とワインを楽しんでいるのに、「真面目そうでつまらなそうな人が来たな」、という印象を与えてしまうであろう。ケンブリッジ大学等の高度な学術交流会とは勝手が違う。

 無難な話しかけ方としては「今日は、服装のセンスが良い人と一緒に食事をしようと決めて来たので見つかって良かったわ!」、などと軽口を叩いてみる。相手側も多少アルコールが入っているため(大抵の場合は)、頭を使わなくてよい軽口には乗って来る。仮に反応が白けていたり、不機嫌にさせてしまった場合は早々に他のテーブルに退散する。

 女性に褒められて気分を害する男性に遭遇したことはない。しかし、コメントをするのはあくまで服装のセンス等で、容姿に関するコメントは控えるべきである。この状況にはそぐわぬ話題であるうえ、通常、この国の人間は、他人の容姿に関しては一般会話においても言及しない。

 国別に鑑みてみた場合、欧米人相手の方が比較的輪の中には入りやすかった。上下関係、各慣習の厳しい国などでは気を遣わなければいけないことも多く、却って気疲れすることもあった。

 ある程度人生経験のある年代のほうが共通の話題等も見つけやすい。しかし、日本人好きという点において鑑みてみるのなら、若い世代もかなり多い。これほど日本のアニメ、ゲーム、コスプレ文化が流行っている時代である。しかし、この場合は往々にして、彼らのほうが日本アニメに関して格段に詳しいため、私から貢献出来る話題はない。

 また、私が避けるようにしている話題としては以下がある。


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 政治、スポーツ、宗教、人種、(当事者が居た場合は)戦争、さらに子供の話題等である。

 何故か?

 私はスポーツに関する蘊蓄が浅く、政治に関してはスウェーデン人は往々にして熱くなりすぎる。子供の話題を避ける理由に関しては、主にグループの中に子供のいない人がいる可能性があるためと、子供の品評会になることを避けるためである。

 それでは何の話をすれば良いのか、ということになるであろうが、会話というものは弾むときは何の話をしても弾む、逆の場合もまた然り。

 「私はそれほど英語が話せないから、話題がないから」、などと引っ込み思案になっていては勿体無い。語学は使い込まなければ上達はしない。話題がない、などと卑下をする必要もない、誰に関しても、人生自体がドラマなのであるから。長い人生を振り返ってみたら何かしらの話題は見つかるはずである。


 今現在は、転職は考慮していないため、私にとっては、コネを獲得することはさほど重要ではなくなった。しかし、ITセミナーで盃を交わし合った人と偶然、技術会議で顔を会わせたりした場合は、比較的友好的に会議を進められることもある。

 今後も機会があれば、再びいそいそと国際フェアには出掛けてゆくであろう。スポットライトに照らされた舞台上で、各自のイノベーションを語っているスピーカー達の情熱が伝染して、興奮の醒めきらぬうちに、多くの人々と語り合い、未知の世界に関して多くの見聞を深められる。

 このような一日は、単調な日々に刺激を与えてくれる極上のスパイスである。


ご訪問頂き有難うございました。 

比較的記事の文字数が少ない時にご紹介を下さった方々、記事の内容に関係のあるNoteを綴られていらっしゃる方々を紹介させて頂こうと思って居ります。

今回は、弊記事を記事中にとても自然に組み込んで紹介して下さったaoさんの記事を紹介させて頂こうと思います。ハンドルネームのao、それが色の碧色なのか蒼色なのであるかは伺ったことがありませんが、読中、私にはそのような涼しい風のイメージが浮かびます。

 ところでセミナー等でワインを戴く時は、白ワインを選ぶことにしています。通常なら赤ワインの方を好んで飲むのですが、赤ワインは注意をしていないと、調子に乗って飲みながら話していると口元がジョーカーのようになってしまいます。もっとも最近はアルコールフリーが主ですが。

 皆様は赤白ロゼ、どちらがお好みでしょうか?

 写真はストックホルムとフィンランドの都市を往復する豪華クルーズ船、およびその周辺の景観を南の島から撮影したものです。クルーズ船の中の食べ放題メニューではワインもビールも飲み放題となっています。

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