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子供の頃、私はピアノの神さまがいると信じていました。

「ピアノの神さまは、私が一生懸命練習したのを知っているから、発表会では絶対に上手に弾ける!」と信じていた4、5歳くらいの自分を、今でもはっきりと覚えています。

でも、実はこの「ピアノの神さまはいる。」という気持ちは、大人になってからも変わりませんでした。

私は「猫の世界には神さまがいる。」と心から信じている大人ですが、同じようにピアノの神さまの存在も信じていて、「今、練習の時間があまり取れないのですが、神さま、どうか超スピードで譜読みが出来るよう、めっちゃ時短な練習方法を教えて下さい。」とか、今でも大真面目にお願いしています。
私のピアノの神さまは、こういうお願いも大体は叶えてくれています。(笑)

ところで、私には「ピアノの神さま」の他に「音楽の神さま」もいます。

ピアノの神さまには私から勝手にお願いすることがほとんどですが、音楽の神さまは神さまの方から私に、ある日突然、もの凄く大事なことを、思いもがけない方法で教えてくれます。

今年の7月4日も、そんなことがありました。

その日私は、右鎖骨の下から『3年間埋められていた医療器具を取り出す手術』を受けることになっていました。
病院までバスで行っても良かったのですが、「手術前だし、ちょっと気分を落ち着けたいかな。」と思ってタクシーをお願いしました。

タクシーに乗って病院の住所を言い、「今日の手術が終われば、3年ぶりに右肩を自由に動かせるようになるんだなー。長かったなー、3年間!手術はきっと痛いだろうけど、自由になるまであともう一歩だ。うん、頑張ろう!」なんて思い始めた時、車内に静かに流れているのがクラシック音楽ということに気づきました。

思わず「運転手さんもクラシック音楽がお好きなのですか?」と質問すると、運転手さんが「そうだねえ、クラシック音楽が今は一番好きだね。オーケストラもソロ楽器も声楽も合唱も、みんな好きだね。でもクラシック音楽に限らず、いい音楽はどのジャンルでもみんな好きだけどね。」と答えてくれました。

そして「僕はさ、以前から、運転中はずっと音楽をかけているんだけど、『これは素晴らしい!』と感動したりそうでもなかったり、実にいろいろなんだよな。最初は、その時の自分の気分とか聴き方の問題かと思ってたんだけど、そのうちに『そうじゃない、それは僕側に原因があるんじゃない』って気づいてね。いつしか『いい音楽、いい演奏ってどんなものなんだろう』って考えるようになったんだよ、、。」と運転手さんの言葉は続き、、。

「僕は単なるタクシーの運転手だし、ただ音楽を聴くのが好きなだけの人間だけれども、ようやく自分なりに『いい音楽、いい演奏』の定義を見つけられたんだよ、、、。良かったら、それ、聞いてくれるかい?」

「いい音楽、いい演奏の定義!!!」

私の気持ちは「なかなか興味深いタクシー内での会話」ではなく、なんだかワクワクして嬉しくなってきました。

「もちろんです!それ、是非、教えてください!」

「いいかい、いい音楽、いい演奏には、まず、場所の隔たりがない。その音楽がどこの国で生まれた音楽であろうと、作曲家や演奏家がどこの国の人間だろうと全く関係なく、素晴らしいものは素晴らしいんだ。

それから、いい音楽には時間、時代などの隔たりがない。
何百年前に書かれた音楽であっても、いい音楽は古くさいなどと感じさせないし、また、どれくらい前に録音された演奏であろうと、それがどんなに古い時代の機械で録音された演奏だろうと、素晴らしさを曇らせることはない。
そして昔、同じ曲や同じ演奏を聴いたことがあっても、今聴けばまた新たに感動する。

いい音楽、演奏は、人間にも動物にも、生物という生物の生命活動に良い影響を与える。
年齢や性別、種に関係なくあらゆる生命体に、生きる力を与えてくれる。

また、いい音楽、演奏は聴いた人間を向上させて、前進させる力を持っている。そういう音楽を聴いたら、よし、自分も頑張ろうという気持ちが生まれ、前に進めるんだ。」

「!!!!!」

最初のうちは「一般の聴衆が、音楽を聴いてどんなことを感じたり考えたりするのか興味深い!是非知りたい!」と思った私ですが、運転手さんの言葉に集中するうちに「あぁ、コレは今、音楽の神さまが私に教えてくれているんだ。」と思うようになりました。

ひと言も聞き逃してはならない、という気持ちがして、じっと聞いていました。

運転手さんは「聴衆にとっての、。」というスタンスから話してくれたのですが、それはそのまま、私が演奏家として生涯忘れてはいけないことばかりでした。

3年間、固定されていた右肩が手術によって自由に動かせるようになる、という日。その手術の直前に「大事なことを教えるから、これからまた頑張って弾きなさい。」と、音楽の神さまが励ましてくれたのかも、、、なんていう気持ちになりました。

「すごい、、、すごい教訓だ、、。!」と運転手さんの説明してくれた「いい音楽、いい演奏の定義」に興奮しながら乗っていると、やがて病院に着きました。

「15ユーロです。」と私に運賃を告げた運転手さんに、お礼の気持ちとチップを込めて20ユーロ渡し「本当にありがとう。」と言って車から降りかけると、なんと「このこと、ずっと忘れないで演奏してくださいね。」という運転手さんの声が、、。

私は心の中で「はい、ずっと忘れずに弾きます!」と強く思い、「今日の手術、絶対成功する!」と心から信じることが出来たのでした。



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