【読書感想2024/5-1】「夏目漱石ファンタジア」
※今回もネタバレを含むので注意。
はじめに
今回読んだのは、零余子著、第36回ファンタジア大賞受賞作「夏目漱石ファンタジア」。
以前から夏目漱石が(女体化して)転生することがネットで話題になっていたが、内容もそれに劣らず尖りまくっていた。
作品の概要1
まず作品の概要を裏表紙から引用。
作品の概要2
この作品はファンタジア文庫から出たファンタジー作品でありながら、脳移植という衝撃的な事実をいきなり突きつける。
夏目漱石が女体化して主人公になるというだけでおなか一杯なのに、作家の脳を奪う連続殺人鬼と対峙していくというストーリー、そこに野口英世というトリックスター。キャラクターの配置もストーリーの構成もあまりにも申し分ない!!
設定がよく練られていて面白そう、というのは一目瞭然だ。では中身の面白さはどうか?
作品の面白さ
主人公の夏目漱石改め樋口夏子は、個人主義という自分の思想を非常に重んじており、開明的な思想を抱いている。
たとえば、彼女が教師として赴任した神田高等女学校は寿退学を良しとし、女性が実用的な知識を持つことを良しとしない校風だった。ある日、薫という生徒が医学書を持っていたことをとがめられ教師に呼び出されてしまう。個人の自由を重んじる夏子は、それが許せず、薫を助けるため大胆な行動に出ようとする。それをヒロイン的立場の禰子(ねこ。夏目家の女中)がなんとか丸く収めるという場面がある。ここには主人公たる夏子の正義心の強さが光っている。それが彼女を非常に魅力的なキャラとして成立させている。フォロー役として懸命に働く禰子の甲斐性もいじらしい。
また、敵であるブレインイーターについてもなかなかのカリスマ的魅力がある。彼の、作家の脳を執拗に収集するという行動の裏には、大切な人物を失った経験や自分の使命に対する一途な姿勢・思想がある。
そのように、いずれのキャラも生い立ちがしっかり描かれて、特定の思想や感情を持つに至った経緯が説得的に表現される。だから作品に登場するキャラはもれなく情緒的、感情的魅力にあふれているのだ。
私が個人的に好きだったのは、木曜会の部下の寺田寅彦とのラノベ的な掛け合いだ。夏子が、「死んだ妻が惜しいか」と不人情な発言をするのに対して、寺田が「死んだ娘は元気ですか」と不人情な発言で返し、すかさず「不人情返しやめろ」と突っ込む。そんな掛け合いが随所にあるのも魅力かもしれない。
作品で気になったところ
あえて気になったところをあげると、主人公が女体化したことに対する説得力が微妙なことがあげられる。
作中では最終的に樋口一葉と夏目漱石の皮肉なめぐり合わせがあり、そこで女体化の意義がわかってくる。とはいえその理由付けは十分にしっくりこない。
それは感覚的に腹落ちしないだけだ。だがそこがしっくりくると作品の魅力が一層高まると思うと惜しい。とはいえ表紙が男臭くなくて華やぐし(非常に腕の立つイラストレーターさん!)、設定のインパクトもあるからそれだけで一定の意味はある。
女体化した先がなぜ樋口一葉だったかという点をもう少し注目させられれば、二人の関係性が分かったときの感動が増していたかもしれない。
おわりに
設定やキャラの描き方などが非常に魅力的で、私のような創作好きにとって非常に参考になる作品だった。かつての味方(の脳みそ)が(戦闘ロボとして)立ちはだかる点は物語装置として王道で、それゆえ感情移入させてくれる(ただし86ほどその葛藤には力点が置かれていない)。
また文章や展開のテンポもよく、退屈したり読むのが面倒くさくなったりすることもなかった。
「魔女首」と比較すると、作品としての魅力はこちらの方が上かもしれない。ただ個人的には「魔女首」の軸キャラのカトリーヌの行動原理がフェチというどうしようもなさが好きだったので、(若干だが!)あちらの方が好きかもしれない。ただそこに魅力を感じない人には、こちらの作品の方が面白いと思えるだろう。
前回に引き続き二月発売の比較的新しい作品の紹介だった。まだチェックしていない人はぜひ書店に行ってチェックしてほしい。
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