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Googleと生成AI:検索広告ビジネスの存亡をかけた戦い


 1990年代半ば、Googleが誕生する前から、インターネットの発展に極めて重要な役割を果たしてきたのが「インターネット広告」というビジネスです。インターネット広告は、インターネットが普及する過程で情報発信者の収益を支える手段となり、個人が運営するブログやニュースサイト、さらには無償で提供されるアプリの多くが広告収入によって支えられることで、さらに多くの新たなサービスが生まれました。つまり、今でさえ珍しくはないですが、それらコンテンツやアプリの多くを無料で利用できるような環境を築く原動力の一つとなったのがインターネット広告で、インターネットの発展に大きく寄与してきたビジネスモデルであるとえます。

 Googleは、そのインターネット広告の世界に独自の検索エンジンを持ち込んで革新をもたらし、検索連動型広告、ディスプレイ広告、Youtube広告などのサービスを展開し、20年以上に渡って業界をリードし、今や市場において圧倒的なシェアを誇るまでに至っています。
 Googleの収益の大半を生み出すキャッシュカウとなる広告サービスは3つ。検索連動型広告、ディスプレイ広告、そして、YouTube広告です。検索連動型広告は、ユーザーが入力した検索キーワードに基づいて検索結果ページに表示される広告のビジネス。ディスプレイ広告はGoogle以外の同社パートナーサイトやアプリに表示される広告のビジネス。そして、YouTube広告は、YouTubeプラットフォーム上に表示される動画等の広告によるビジネスです。

 2022年11月30日、そのような世の中にChatGPTが登場しました。ChatGPTは、ユーザーの問い合わせに1問1答で完結する新しいユーザー体験を提供する新たなAIの在り方を示したことで、瞬く間にマーケットに広がっていきました。そして間もなく、1問1答でリッチなコンテキストで回答するChatGPTと検索エンジンのイメージが重なってか、ついには、「Googleは不要」、「Googleのビジネスは、1~2年で破壊されるだろう」という声があちこちで聞こえるようになりました。その結果、同年12月21日、Googleは社内に向けて「コードレッド」、つまり緊急事態宣言を発動せざるを得ない事態になりました。
 
 さて、あれから1年半が経過しました。途中、Googleが開発する生成AIモデル「Gemini」とおいて不手際とも思える失態も記憶に新しいところですが、、、 
 直近の決算である2024年1~3月期となる第1四半期の業績は、広告ビジネスにおいてもすこぶる好調な結果を叩き出しており、ChatGPTなどの他社生成AIの影響を感じさせないほど好調なGoogleが今もここにいます。
 
 果たして、Googleが発動した緊急事態宣言は何だったのでしょうか?
すでに解決してしまったのでしょうか?それとも単に脇に追いやられてしまっているのか。皆が忘れているだけなのでしょうか?
 
 今回、5/15にGoogle I/O 2024というイベントもあり、Google検索についてのアップデートもありましたので、過去1.5年の振り返りも含めて、Googleの広告ビジネスへの生成AIの影響の度合いと現状について、まとめてみましたので是非ともご参照下さい。




1. Google(Alphabet)の広告ビジネス

 Googleの親会社であるAlphabetの収支概況から、彼らの広告ビジネスへの依存度を見てみます。

 【図1】は、2023年12月期の通期の収支イメージです。特に広告ビジネスに焦点を当てると、Alphabetの総売上は3,074億ドルですが、そのうち2,379億ドルがGoogle広告によるものです。これを細分化すると、Google検索他が1,750億ドル、YouTube広告が315億ドル、Googleネットワークが313億ドルとなります。
 Google検索他のセグメントは、主にGoogleの検索結果ページやその他の検索関連サービスに表示される広告から得られる収益です。YouTube広告はYouTubeに表示されるディスプレイ広告、オーバーレイ広告、動画広告などからの収益になります。そして、GoogleネットワークはGoogleが所有する以外のウェブサイトやアプリに表示される広告からの収益となります。
 結果として、Alphabetの総売上の77.4%がこれらのGoogle広告に関連する売上で構成されていることが分かります。

【図1】Alphabetの2023年度 通期の収支イメージ(クリックで拡大)

 Google検索他に区分される広告ビジネスは、広告主、検索を行うユーザー、Googleの検索エンジンの3主体によって成り立っています。YouTube広告については、広告主、YouTube動画を視聴するユーザー、YouTubeの動画配信プラットフォームの3主体によって成り立っています。そして、Googleネットワークの広告ビジネスには、広告主、広告スペースを提供するウェブサイトやアプリを運用するコンテンツパブリッシャー、そしてそのコンテンツを閲覧するユーザー、さらにGoogleの広告配信プラットフォームの4つの主体が関わり合っています。
 尚、Google検索における広告は、ユーザーが検索した結果として表示されるページに「sponsored」として表示されるため、それが広告であることが一目で分かります。YouTube広告は動画の再生前や再生途中に配信されます。一方、Googleネットワークの広告は、第三者となるコンテンツパブリッシャーが運用するニュースサイトやブログ、アプリなどの広告スペースにGoogleが提供する広告プラットフォームを利用して配信されます。この広告モデルには、ニュース、デジタル雑誌、ブログなどのオンラインメディアのほか、無料で利用できるゲームやメール、音楽ストリーミングなどのフリーミアムアプリなど、多数のコンテンツパブリッシャーが関与し、巨大な経済圏が形成されています。(図2:Googleネットワークの概念図)

【図2】Googleネットワーク事業の概念図(クリックで拡大)

 また、Googleはこれら3カテゴリ以外にも様々な広告サービスを提供しており、1つのキャンペーンでGoogleの全広告インベントリを対象として広告配信を行えるPerformance Maxや、Google Shopping Ads、Discovery Ads、Video Action Campaignsなどがあります。しかし、これらの各サービスがGoogleの収益にどれほど影響を与えているのかは、公開されている数字からは不明です。

2. 生成AIの脅威

 2022年11月にChatGPTが登場しました。ChatGPTは、問い合わせに対して一問一答で完結する新しいユーザー体験を提供しました。そしてその後も大規模言語モデルを利用した生成AIサービスが相次いで登場し、2022年の年末には、「Google検索は不要」「Googleは1〜2年で破壊されてしまうだろう」といった見出しがメディアを賑わせることになりました。この状況を受け、Googleは緊急事態宣言である「コードレッド」を社内に対して発動せざるを得なくなってしまいました。

 生成AIの登場は、これまでネット情報の探索の入り口を担っていたGoogleを置き換えてしまうであろう未来を思い起こさせるほど衝撃的なものでした。生成AIによる一問一答で完結する検索の世界は、「ゼロクリック検索」とも呼ばれ、検索結果ページに直接回答が表示されることから、ユーザーが情報ソースのリンクやペイドサーチ、オーガニックサーチのリンクをクリックしなくなることを意味します。つまり、ユーザーは必要な情報を得るだけで、もはやクリックが必要なくなるという世界です。
 
 このことは、検索エンジンや広告オークションの価値を低下させる可能性があり、Googleの莫大な収益に影響を与えるだけでなく、Google広告のエコシステムでビジネスを行う様々なステークホルダーにも大きな影響を及ぼすことになります。そして、この影響は検索連動型広告だけでなく、ディスプレイ広告やYouTubeのような動画広告にも広く及ぶと考えられています。そのゼロクリック検索の影響の参考例を幾つか以下に紹介します。

(1)広告主

 ユーザーが検索結果ページやウェブサイトを訪れる必要がなくなることで、広告の表示機会が減少し、結果として広告のクリック率が低下する可能性があります。これは、広告主が検索連動型広告に投資している場合、その投資対効果(ROI)が低下するリスクを含んでいます。また、短時間でユーザーの疑問が解決されるため、広告に対するエンゲージメントを深める機会が減少し、特にブランド認知や詳細な商品説明を必要とする広告には大きな影響を及ぼす可能性があります。

(2)検索連動型広告

 ユーザーが検索結果ページにアクセスする必要がなくなることで、広告の表示機会が減少し、クリック率が低下する可能性が高まります。具体的には、検索結果ページの上部に直接回答やリッチスニペットが表示されるため、ユーザーはそのページ内で必要な情報を得られ、広告をクリックする動機が薄れます。これにより、検索連動型広告の効果が全体的に減少すると予想されます。
 また、オーガニックトラフィックの減少も懸念されます。検索連動型広告に依存するビジネスにとって、ユーザーが検索結果ページを介さずに情報を得ることで収益が減少するリスクがあります。特に、簡単な質問や事実確認のようなクエリの場合、この影響は顕著であり、ユーザーは検索結果ページを詳しく見ることなく必要な情報を取得できます。

(3)ディスプレイ広告

 ユーザーが直接回答に満足することで、さらに詳細な情報を求めてコンテンツパブリッシャーのサイトに訪れる必要がなくなります。そのため、ウェブサイトへのトラフィックが減少し、ディスプレイ広告の露出機会が減少します。また、ユーザーの滞在時間が短縮され、サイト内でのエンゲージメントが低下するほか、広告インプレッションやクリック率も低下し、広告収益に悪影響を及ぼす可能性が高まります。
 さらに、AIプラットフォーム自体の広告メディアとしての価値が維持されやすいのに対し、コンテンツパブリッシャーのメディア価値は相対的に下がりやすく、広告収益の配分が減少するリスクがあります。なお、生成AIがインターネットの入り口を担う世界では、オーガニックトラフィックは最大でこれまでの20%~60%程度減少する可能性があるとする情報筋(Adweek)もあります。


(4)YouTube広告

 YouTube広告は、視聴者が動画を視聴する過程で映像や音などのリッチなコンテキストによって、エンゲージメントやブランド認知度の向上に高い効果を発揮する傾向があります。しかし、生成AIの回答は短時間で得られるため、情報を得ることだけを目的とするユーザーのYouTube動画視聴が減少する可能性があります。特に短い回答や簡単な質問の場合はもちろんですが、生成AIの回答精度が上がるほど、短時間にピンポイントで情報を得られるため、何分もの動画を視聴するモチベーションが下がる可能性があります。

(5)SEO(検索エンジン最適化)

 検索結果ページに表示されるオーガニックリンクのクリック率が低下し、SEOによるトラフィックが減少する可能性があります。これにより、SEOの価値が低下するリスクがあります。さらに、生成AIは複数の情報ソースから単一の回答を生成するため、情報ソースとなったウェブサイトへの訪問が減少し、SEO効果が薄れる可能性もあります。ユーザーの検索行動が変化し、詳細なコンテンツを読む機会が減少することで、SEOの重要性が変わる可能性もあります。

 さらに言えば、インターネット広告は、フリーミアムを含むさまざまなメディアやアプリの原動力となり、何十年にもわたってインターネットの発展を牽引し、私たちの生活を豊かにしてきました。しかし、そのインターネット広告が大きな転換期を迎えることで、私たちのインターネット生活にも相応の影響が及ぶものと考えられます。


3. 好調なGoogleの広告ビジネス

 このように危機が叫ばれている状況にあるGoogleですが、コードレッドが発動されてからそろそろ1年半が経過。一方で、直近の2024年度第1四半期の業績は好調に推移しています。親会社のAlphabet名義でのQ1決算のハイライトを確認してみます。

(1)増収増益の広告ビジネス

 親会社のAlphabet名義としてのQ1決算のハイライトとしては、以下の通りです。尚、ここに至る過程で、開発した生成AIモデル「Bard」および初期の「Gemini」で、度重なる不手際を起こして世間を賑わせることもありましたが、今回の好調な第1四半期決算によって、マーケットからの信頼は一旦回復している状況にあると言えます。

[全社]

  • 売上高は、前年度比15%増の805億ドル

  • 営業利益は、前年度比47%増の255億ドル

  • 純利益は、前年度比58%増の237億ドル

  • 1株当たり利益は189ドル

  • 売上15%増、営業利益47%増、純利益58%増

[広告セグメント]

  • Googleの広告事業セグメント全体で、前年度比133%増の617億ドルとなり、インターネット通販の需要を取り込んで、Google検索とYouTube広告の2つのカテゴリで力強い成長を示し、売上28.4%増となったGoogleクラウドと共に全体の成長を支えています。

  • Google検索の売上は、前年同期比15%増の460億ドル

  • YouTube広告の売上は、前年度比21%増の80億ドル

  • Googleネットワークの売上は、前年度比1%減


(2)検索シェアを見てみる

 マイクロソフトのBingのように、OpenAIとタッグを組んでインターネットのポータルに生成AIアシスタントを配置し、ユーザー体験の向上や検索広告サービスの取り組みが開始されていますが、未だにマーケットを大きく動かすには至っていません。【表1】は、グローバル市場における検索サービスの市場シェアを示すグラフですが、Bingはわずかに市場シェアを伸ばしているものの、Googleは90%以上のシェアを持ち、依然として独占的な地位を維持しています。
 このような現状では、Googleの検索サービスに対する生成AI検索の影響は、明確には確認できない状況にあります。

【表1】 検索エンジンのグローバル市場シェア(対数グラフ)
(出典:Statcounter)(クリックして拡大)


(3)新しい検索体験「AI Overview」

 Googleは、昨年2023年5月に開催された「Google I/O 2023」で、新たな検索体験として「SGE(Search Generative Experience)」の試験を開始する旨を宣言し、実際のユーザーを巻き込んだベータ試験を重ねて、幾度かの機能拡充を図っていました。そして、先週5月15日のイベント「Google I/O 2024」で発表されたのが、このSGEをリブランドした『Google AI Overview』(以下、AI Overview)という検索システムです。
 このAI Overviewは、従来のGoogleの検索インターフェースを通じて、ユーザーの問い合わせに直接的な回答を表示します。つまり、従来のように検索結果をリンクと少量の情報だけをページ一杯に表示するのではなく、様々な情報ソースから集めた情報を生成AIモデルが1つに集約して回答をページの冒頭に表示し、その周辺に広告を含む情報を配置するというものです。
 この機能は既にリリースされており、Google Search Labsにアクセスしてオプトインするだけで利用が可能となります。Googleによれば、年内には10億人以上のユーザーが利用であろうとしています。
 AI Overviewは、Google検索用にカスタマイズされたGeminiモデルを組み込んだシステムとなっており、マルチステップ推論機能により、複雑な質問に対しても即座に情報をまとめて回答し、さらに深掘りのための情報やリンクも提供可能となっています。
 
以下は、Google I/O 2024でのGoogle検索の責任者リズ・リード氏によって説明されたAI Overviewの主な特徴となります。

  • これまで通り、広告はページ全体の専用枠に表示され、オーガニックとスポンサーを区別するラベルが付与される。

  • ユーザーは、質問を複数の検索に分ける必要がなく、複雑な質問を一度にニュアンスや着目点を含めて尋ねることができる。

  • Geminiモデルのマルチステップ推論機能により、複雑な質問に対応できる。

 尚、懸念されるユーザーの検索行為の振る舞いについてですが、過去1年程度のベータ運用の結果に基づいてGoogleが説明した内容は以下の通りで、ユーザー体験が向上し、検索利用とウェブサイト・トラフィックが増加したとしています。

  • 複雑な質問を解決するため、ユーザーは多様なウェブサイトを訪問している

  • AI Overviewで表示されるリンクは、従来のウェブリスティングよりも、多くのクリックを獲得している

  • 引き続いてパブリッシャーやクリエイターに価値あるトラフィックを送れるよう、引き続き注力をして行く

 但し、これに対する市場の反応は、「確かにユーザー体験は向上しそうだが、メディアやコンテンツクリエイターへのトラフィックは減少し、広告収入へ悪影響が懸念される」、「やはり、ゼロクリック検索の世界が来る」といった懸念の声が上がっている状況です。

【図3】Google AI Overviewの画面(クリックで拡大)

Google I/O 2024のキーノートでのGoogle検索の紹介は、以下のYoutubeで確認できます。

 その他、AI Overview以外にも、Google検索にプランニング機能を追加したり、Google検索を使ってAIとブレインストーミングを行える機能を開発しています。また、聴覚と視覚、そして発話機能をより向上させ、マルチモーダル化を推進しています。
 プランニング機能については、「簡単に準備できるグループ用の3日間の食事プランを作成して」と入力すると、さまざまなレシピが表示され、AIと会話しながら「もっと野菜を摂りたい」や「材料リストと調理法を出力して欲しい」などと要望を伝えながら計画を立てることができます。
 また、ブレインストーミング機能については、頭の中が整理できず何を聞けば良いか分からない場合に、AIが次々とアイデアを出してくれるというものです。「ダラスに向かって記念日を祝うために完璧なレストランを探しているんだけれど」と問いかけると、生演奏のあるレストランや歴史上有名なレストランなど、興味深い視点から結果をクラスター化して提案し、会話を繋げてくれます。
 また、ビジュアル検索機能のデモも行われ、スマホのカメラを使って周囲の景色や動いている物体を動画で伝えながら質問を行うことができ、言葉で物事を伝える手間と時間を省けるようになるとのことです。


4. 検索サービスとしての生成AIとGoogle

 このように、ChatGPTの登場によって緊急事態宣言を発動したGoogleですが、生成AIの同社ビジネスへの明確な影響はまだ表れておらず、マーケットからのプレッシャーも一旦和らいでいる状況にあります。
 しかしながら、生成AIによるGoogleの主要ビジネスに対する影響や疑問が完全に解消されたわけではなく、中長期的には、一問一答の生成AIがGoogleの広告ビジネスを削り取るのではないかというマーケットの懸念にGoogleは依然として直面しています。
 
 でも本当に生成AIの発展がGoogleの事業にとって大きなリスクとなり得るのだろうか。疑問は残ります。
 そのリスクが発生する確率を高く見積もりすぎていないだろうか。もしくは、Googleの力量を過小評価してはいないだろうか?

 その答えは現時点では明確ではありませんが、Googleの経営陣は今のところ上手く対応できていると自身を評価し、自信を取り戻しつつあるようにも見えます。

 以下に、検索サービスとしての生成AIの課題とGoogleの持つ参入障壁について考えてみました。あくまでも仮説ですが、大騒ぎするほどGoogleは弱くないという感じがしますがリスクは排除された訳でも決着がついたわけでもないので、これからの行方次第という点はこれまでと変わっていないと思います。

(1)検索サービスとしての生成AI

 検索サービスとしての生成AIには、解決すべき課題がいくつかあります。例えば、ハルシネーションやリアルタイム情報の反映速度の限界などは顕著な技術的な課題として、今後の解決が望まれる課題です。特に正確で信頼性の高いリアルタイム情報が欲しい場合、現状でChatGPTを使う人はほとんどいないのではないでしょうか。例えば、何かを購入しようとした際に、価格や在庫を調べるためにChatGPTを使うことはないのかと思います(少なくとも筆者はそのような使い方はしません)。
 生成AIは推論処理に基づいて回答を生成するため、情報の正確性や信頼性については完全に保証される仕組みにはなってはおらず、誤った情報によって想定外の結果を招く可能性もあります。また、刻一刻と変化する情報に対応するには、リアルタイムの逐次学習(オンラインラーニング)が原則難しい大規模言語モデルで対応するのは困難といえ、これらの課題の解決を待たずして、情報検索という側面で信頼を置ける存在になるのは難しいと考えられます。

 また、検索連動型広告プラットフォームとして見た場合にも多くの課題が横たわっています。広告プラットフォームとして存続するには、以下の課題に対する対策を講じる必要があります。

  • 広告主の意図や戦略を反映する仕組み

  • コンテンツパブリッシャーのコンテンツ評価のための仕組み

  • 広告のパフォーマンス評価のための仕組み

  • 広告がどのように選ばれ表示されるかの透明性と説明可能性のための仕組み

  • 広告にかかわる法規制やガイドラインを遵守するための仕組み

  • ユーザープライバシーの保護

 現在の生成AIは、一般的なテキスト生成などの汎化性能には優れていますが、特定の広告主のキャンペーン戦略を理解したり、精緻なバイアス(正しかろうバイアス)をかけたりするのは容易ではありません。これらの課題を解決し、広告プラットフォームとして機能させるには、生成AIの機能をさらに強化しつつ、従来の広告エコシステムが有するような機能との統合が求められることになります。

(2)Googleの持つ参入障壁

① 検索エンジンと広告ビジネスの王者
 Googleの検索エンジンは20年以上にわたって市場に君臨しており、デファクトの検索エンジンとして我々の生活に深く根付いています。さらに、Googleはオンライン広告市場においても圧倒的な存在であり、米国司法省から反トラスト法(日本の独占禁止法)で訴えられる程の市場支配力を有しています。
 
② 強力なインフラストラクチャ
 Googleの2024年度の設備投資額は推定480億ドルとされています。この巨額の投資は、Google独自のインフラの強化とAIを含む先進技術の開発に向けられています。これには、第5世代のAIアクセラレータチップ「TPU v5」を含む、AI関連の処理能力を大幅に向上させるためのさまざまな投資が含まれます。一方、OpenAIなどの新興AI企業は、AWS、Azure、GCPなどのハイパースケーラーのクラウドサービスに依存するビジネスとなっています。垂直統合型が良いか水平統合型が良いかは、単純比較はできませんが、Googleは様々な要素に対して垂直にコントロールができるという強みを持っています。
 
③ AI最先端技術の開発力
 Googleは長年にわたってAIに投資し続けています。現在の生成AIの基礎をなすTransformerの開発もGoogle発であり、AlphaGoやAlphaFoldで著名な子会社のDeepMindを統合し、Alphabetのビジネスユニットを横断する機能的組織として、全てのビジネスでのAI活用に向けた研究開発を進めています。
 
④ プラットフォーマーとしての強み
 Googleは単なるAI企業ではなく、巨大なインフラとさまざまなソフトウェアやサービスの膨大なポートフォリオを有しています。これにより、プロパティを垂直統合または水平統合して、AI技術の幅広いビジネス応用の可能な立場にいます。Googleは、中核事業のGoogle検索で90%以上の市場シェアを持ち、20億人以上のユーザーを持つYouTube、そして、Android OSやChrome、Google CloudやWaymoなどの次世代ビジネスも多く抱えており、これらが相まってGoogleの強みを支えていると言えます。
 
⑤ 質と量と多様性を備えたデータ
 Googleは長年にわたるインターネットの入り口としての機能を果たしており、膨大なデータを保有しています。これにより、AI言語モデルを構築するために必要なデータの量、質、多様性が他の追随を許しません。これらのデータには、検索データやYouTube、Android、Google Mapsなどの幅広い情報が含まれます。Googleは、それぞれ10億人以上のユーザーを持つ9つのプロダクトを擁しており、データの更なる蓄積と分析が可能であり、このことはAI技術の将来発展に寄与する貴重な原動力を自社で有しているということになります。
 
⑥ ウェブ社会をつないできた経験
 Googleはユーザーや市場との対話経験が豊富であり、市場ニーズに長年応えることで現在の地位を確立しています。さらに、Googleは様々な訴訟も経験しており、巨大でありながらも修正を繰り返して強固にガバナンス統制された企業として成長を続けています。競争もまた、Googleの成長には不可欠であり、様々なコンペティターとの競争を通じて、競争力の高いサービスを生み出す能力を培ってきました。


5. Googleの広告ビジネスが抱えるリスク

 今回は、Googleの広告ビジネスがテーマですので、このリスクについても触れる必要があります。去る4月22日に、GoogleがLINEヤフーの広告配信を一部制限していたという疑いで独占禁止法に基づく行政処分を日本の公正取引委員会が出した件は記憶に新しいですが、さらにGoogleは、米国司法省およびカリフォルニア州などの7つの州から反トラスト法に係わる訴訟を受けています。この訴訟は2023年1月24日にバージニア州の連邦地裁で提起され、9月に開始されて現在もなお進行中です。

 この裁判の最終判決は下されていないため、今後の進展を見守る必要がありますが、Googleの行動は監視下に置かれており、デジタル広告市場における公正な競争にかかわる重要な訴訟として注目を集めており、この裁判の判決次第では、オンライン広告ビジネス市場におけるGoogleの支配力が弱まる可能性があることは、頭の片隅に置いておきたいところです。

 この訴訟の主な主張は、Googleが広告技術市場において違法に独占を維持しているというものです。Googleが市場支配力を高め、競争を排除し、自社の利益を最大化するために行ったと指摘される行為のいくつかを訴状から抜粋して以下に紹介します。

・アドテク市場の支配
 ウェブ上の運用型広告サービス市場で、媒体社向けサービス、広告主向けサービス、広告取引所のサービスをほぼ独占している
 
・不正な情報共有
 競合する広告取引所の情報を連携して、Googleの広告取引所が常に広告枠を買い取れるようにしている
 
・広告主の囲い込み
 Google Ads広告主サービスを利用すると、競合する広告取引所経由での広告枠購入ができない仕組みにしている
 
・パブリッシャーのシングルフォーミング化
 特定規格のフォーマットで広告を掲出する仕組みを作り、パブリッシャーが他のサービスを使いにくくしている
 
・ヘッダー入札への対応
 ヘッダー入札を回避する公開入札で、競合する広告取引所が落札してもGoogleを通じてでしか支払いできないようにした。
 
・市場支配のための買収
 AdMeldなどの企業を買収し、イールドマネジメントを停止させることで市場競争を阻害した
 
・独占的な規約の変更
 Google Ad Managerを利用しないパブリッシャーには、AdXの入札と他の広告取引所の入札をリアルタイム比較することを禁止した

(参考情報)


6. AI OverviewとGeminiについて

 先ほど紹介したGoogle I/O 2024で発表されたGoogle AI Overviewについて、テクノロジーの側面から見てみましたので、主だった特徴を紹介します。
 Google I/O 2024のキーノートでは、AI Overviewには、Google検索用にカスタマイズされたGeminiモデルを組み込まれているとの説明がありましたがそのカスタマイズされたモデルについての情報は限定的です。Google I/O では、以下のように説明されていました。

① リアルタイム情報提供
 人、場所、物事に関する1兆以上のファクト情報をリアルタイムで提供
 
② ランキングシステムの活用
 数十年にわたって信頼されているGoogleのランキングシステムによって類を見ない情報品質を提供
 
③ 新たなエージェント機能
 Geminiを活用して新しいエージェント機能を実現し、ユーザーの検索体験を向上

 一方、AI Overviewの技術的説明でハイライトされていたは、「マルチステップ推論(Multi-Step Reasoning)が導入されており、Geminiモデルが質問者に代わってエージェントとして振る舞い、サブクエスチョン(派生質問)を調べてくれる。」ということです。
 紹介されていたユースケースでは、複雑な質問を掘り下げて、質問者の期待を超える回答を生成する例が示されていましたが、この「マルチステップ推論」に関連する技術論文が2023年12月にGoogle ResearchおよびGoogle DeepMindの名義で提出されていましたので、その要旨について軽く紹介したいと思います。
 尚、システムの全体イメージとしては、従来のインデックス型の検索エンジンをGeminiと連携させ、事実情報(Fact Data)と多層推論と自己評価機構を組み合わせて、広告プラットフォームとしての機能を具備するシステムを構成しているように見受けられます。詳細については、以下のオリジナル論文を参照ください。 

【参照論文】「REST MEETS REACT: SELF-IMPROVEMENT FOR MULTI-STEP REASONING LLM AGENT」(マルチステップ推論のための自己改善LLMエージェント)

(1)テクノロジーの概要

 複雑な自然言語質問に対して多段階の推論を行うLLMエージェントの自己改善システム。ReActスタイルのLLMエージェントを使用し、外部の知識に基づいて推論と行動を行う。また、ReST(Reinforced Self-Training)に似た方法を使い、過去の軌跡を反復的に訓練し、AIのフィードバックを用いた成長バッチ強化学習を通じて自己改善および自己蒸留を行うもの。

(2)現状の課題

 複雑な自然言語質問に対する回答システムにおける失敗ケースやパフォーマンスの向上、ロバストネスの欠如に対するソリューションとなる。従来システムは、外部知識との相互作用が微分不可能であるため、エンドツーエンドでの直接訓練が困難であった。当該アプローチは、自己批判(self-critique)、AIフィードバック、および合成データ生成を通じてエージェントの品質を向上させることを目指している。

(3) 現状課題のハードル

① 外部知識との非微分可能な相互作用
 直接的なエンドツーエンドの訓練が困難であり、これによりシステムの改善が難しい。
 
② 多段階の人間ラベルデータの不足と収集の難しさ
 複雑なタスクにおいては、プロセスベースの監督が必要であり、大量のデータ収集が難しい。
 
③ 合成データの品質確保
 自己改善アルゴリズムがエラーを増幅しないように、高品質な合成データを生成し続ける必要がある。

(4)構成要素

当該テクノロジーの構成要素は以下の通りです。

① ReActスタイルのLLMエージェント
 多段階の推論と行動を統合したエージェント

② ReSTライクな訓練方法
 過去の軌跡を用いた反復的な訓練と成長バッチ強化学習

③ 自己批判とAIフィードバック
 エージェントの自己評価とAIによるフィードバックを通じた品質向上

④ 合成データ生成
 エージェントの推論軌跡から生成した合成データをを用いた訓練

(5)処理プロセスの概要

【図4】サーチ・エージェント・フローのステートマシン・モデル

  【図4】は、サーチ・エージェントが質問者からの質問に対して適切な回答を提供するためのプロセスをステートマシンとしてモデル化したもので、質問を受け取ってから最終的な回答を提供するまでの各ステップを状態として定義し、その遷移を表現するシステムです。
 構成要素と処理については以下の通りです。 

① 質問受付(Incoming Question)
 ユーザーからの質問を受信
 
② 意思決定段階(Decision Step)
 どのツールを使用するか、またはツールを使用しないかを決定する。ここでツールの選択や次のステップへの遷移が決定される。
 
③ ツールの呼び出し(Tool Call)
 必要に応じてウェブ検索やデータベースクエリなどのツールを呼び出す
 
④ ツール出力の要約(Tool Output Summarization)
 ウェブ検索などの呼び出したツールから得られたデータを要約し、回答の準備を行う
 
⑤ 回答の生成(Answer Generation)
 ユーザーに対する回答を生成する
  
⑥ 関連性の自己チェック(Relevance Self-Check)
 生成された回答が質問に関連しているかを確認する
 
⑦ 基礎情報の自己チェック(Grounding Self-Check)
 回答が正確かつ信頼できる情報に基づいているかを確認する
 
⑧ 最終回答(Final Answer)
 すべてのチェックを通過した後、最終的な回答をユーザーに提供する
 

以上です。


御礼

 最後までお読み頂きまして誠に有難うございます。
役に立ちましたら、スキ、フォロー頂けると大変喜び、モチベーションにもつながりますので、是非よろしくお願いいたします。


だうじょん


免責事項

 本執筆内容は、執筆者個人の備忘録を情報提供のみを目的として公開するものであり、いかなる金融商品や個別株への投資勧誘や投資手法を推奨するものではありません。また、本執筆によって提供される情報は、個々の読者の方々にとって適切であるとは限らず、またその真実性、完全性、正確性、いかなる特定の目的への適時性について保証されるものではありません。 投資を行う際は、株式への投資は大きなリスクを伴うものであることをご認識の上、読者の皆様ご自身の判断と責任で投資なされるようお願い申し上げます。

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