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短編 「7月のLove Letter」

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7月__
灼けつくような夏の陽射しも
放課後、夕暮れ前になると
ほんの少しだけ和らぐ

決まってこの時間になると
校舎の屋上からラッパの音が鳴り響く。

吹奏楽部ブラスバンドの女子部員が
ひとりで練習をしている。

(なんて愛らしい響きなんだろう)

彼女が吹くトロンボーンは
ポワンとしたまるい音色の中に
少しハスキーな雰囲気もあり
郷愁を揺さぶる感じがする。

帰宅部だったわたしは
いつもはまっすぐ家に帰るのだが
心惹きつけられるその音に魅せられ
彼女の練習を見たくなった。

そこには彼女がひとり
熱心にトロンボーンの練習をしている。
(じゃましたら悪いかも…)

わたしは少し離れたところで
屋上から暮れゆく街を見下ろすように眺める。
(キレイ!それに風が気持ちいいわ)

風にたゆたうように
聴き憶えのあるメロディーが鳴り響いてくる。
(イイ曲ね?なんて曲なんだろう?)

ほどなく演奏が鳴り止む。

彼女はわたしの存在に気付いたらしく
「こんにちは!」と
彼女の方から声をかけてきてくれた。
(はにかんだ笑顔が可愛い♪)

「はじめまして。
アタシの名前は柚咲ゆずさって言います。」

彼女は高月彩良たかつき さらに似て切れ長の瞳をした
背の高い美人だった。
(案外に低い落ち着いた声なのね?
まるでトロンボーンみたい。)

「あっ!わたしは結愛ゆなって言うの。
よろしくね。」とわたしもあいさつをした。

彼女とはすぐに気が合った。
となり町からこの高校に来ているらしい。

楽器演奏や音楽のこと
学校生活のあるある話や
好きな異性のタイプのこと__
色んな会話の花が咲く

彼女とのおしゃべりする時間が楽しくて
箸が転がっただけで笑い合うような
とりとめのない話で盛り上がる。

あっという間に時間が過ぎてゆく__

すっかり陽も沈み、
帰り道に河川敷を途中まで歩いたところで
「また明日ね!」と手を振って彼女と別れた。
(あゝ面白かったな、柚咲って。)






いつものように
放課後の屋上で柚咲のトロンボーンを聴くのが
わたしの日課になった。

柚咲から片想いをしている男子の話を聞いた。

彼は一年歳上で野球部に入っており
控えの投手だと言う。

三年生エースが故障したため
急遽、県大会の予選に彼が
登板することになったらしい。

彼女の所属している吹奏楽部は、
野球部の応援のため日々練習を重ねていた。

グラウンドでは片想いの彼が熱心に
投球練習をしている。

そんな彼のがんばっている姿に
柚咲のトロンボーンの音色は
エールの気持ちがこもっているように
わたしには聴こえる。

ゆず__、試合楽しみだね?」
わたしは茶化してみせる。

「アタシは彼の勝利の女神になるのよん♪」
柚咲は、フフと不敵な笑みを浮かべて
おどけてみせるのだった。

その時__
「ハックション!」
グラウンドの彼がくしゃみをするのが
聞こえてきた。

あまりのタイミングの良さに
わたしと柚咲は一瞬目を円く見合わせ__

そして、涙を流しながら笑い合った。
(お腹いたいよー!)
声にならない笑い声が屋上の空に響いた。




ある日のこと__
登校すると、わたしの靴入れに
一通の手紙が置いてある。

「明日の放課後、校舎の屋上で待ってます。」

(名前は書いてない。誰だろう?)

わたしは柚咲に相談した。
「ねぇねぇ柚? これってもしかして?」

「もしかして?」と柚咲が合いの手を入れる。
「ラヴレターじゃん!やったね結愛!」

(ええーっ?どおしよお?)
恋の経験値ゼロのわたしはどうすれば
良いのか皆目解らない。
「でも、これってきっと告白なのよね?」

不安になる顔色のわたしの肩を叩いて
「上手くやりなよ?あーあいいなぁ
結愛がうらやましいよ。」

いつもの帰り道の別れ際__
「明日、ドキドキじゃん?応援してるね!」
わざとキャピキャピした声色の調子で茶化してくる柚咲とその場を別れた。

(もうっ!柚ったら__ 。)

「じゃあね!バイバイ!」


別れ際に見た
柚咲の持つペットボトル

滴り落ちる瞬間に
きらりと光るひとしずく

青春の日々よ 
このまゝ時が止まってほしい






「アタシは気を利かせて、その日は
練習をお休みするから。」
柚咲は昨日の別れ際に言い残していた。

明くる日の放課後__
そういう訳で柚咲の居ない屋上で
手紙の送り主を独り待つ。
(一体、どんな人なんだろう?)

ほどなく誰かが上がってくる気配がする。
誰かに告白されるなんて初めてなので
自分自身の心臓の鼓動が聞こえるくらい
緊張はピークに達していた。


そこに現れたのは
なんと柚咲の片想いの彼であった__ 。


よく陽に焼けた逞しい肌
笑顔からこぼれる白い歯が
爽やかな印象である。

「はじめまして!俺は遠野陸斗とおのりくとって言います。」

「こちらこそ、はじめまして。
 結愛って言います…。」
しどろもどろになんとか返事をしたが

(柚咲…わたし、どうしたらいい?)

「今日は呼び出したりして、ビックリ
させたかな?」
「結愛ちゃん、俺は君のことがずっと前から
気になっていたんだ。」と陸斗は言う。

「再来週の県予選に登板するから
試合を観に来てほしいんだ。」
「もし結愛ちゃんが応援に来てくれたなら、
俺はすごく頑張れる気がする。」
そう言って陸斗は伝えると
「待っているから__ 。」と言い残し
去ってゆくのだった。

わたしは初めて告白を受けたけれど
トキメキなどは微塵も感じられなかった。

彼の告白の最中も
半ば柚咲のことで頭がいっぱいに
なってしまっていた。

(柚咲になんて言ったら良いのかしら?)

帰り道の河川敷を歩く足取りさえも
覚束ないまゝに__

(柚咲を悲しませるだろうな…。)






それから__
柚咲は屋上には来なかった。

(きっとどこかで見ていたんだろうか?)

来る日もくる日も
柚咲は屋上に現れることはなかった。

(ショックだったんだろうな__ 。)

柚咲の気持ちも、わたしの気持ちも
整理がつかないまゝ一週間が過ぎた頃

いつもの帰り道の河川敷を歩いていると
どこからともなくトロンボーンの音が
聞こえてくる。

(柚咲 ⁉︎ )

わたしは音のする方に歩み寄ると
そこには柚咲が懸命にトロンボーンを 
練習していた__ 。

「柚 ? どうしてこんなところに?」
わたしは感情の赴くまゝに声をかけていた。

柚咲はゆっくりと振り向いた。
泣き腫らした眼で微笑んでみせる。
「きっと…
結愛なら声をかけてくれると思ってた。」

「もう!心配したんだから!」
いつの間にかわたしの頬にも涙がつたう。

すると柚咲は歩み寄ってきて
わたしの涙を優しく拭ぐってくれた。

「陸斗くんの試合…一緒に応援に行こ?」
と覗きこむようにわたしを見つめる。

「柚…。わたしどうしたらいいのか
わからないの。」

「結愛?アタシのために気を遣っちゃダメよ。
陸斗くんの気持ちを変えることは出来ない…
だけど、アタシが陸斗くんを応援したいって
気持ちは変わらないんだから。」

そう言って、
柚咲はわたしをぎゅっとハグHugする。
「結愛、ごめんね。」とポツリと言う。

お互いに交わすいたわりの言葉
それは青春を彩る虹のアーチのように
ふたりの心をつなぐ架け橋となったのだ。

(柚…ありがとう)





「アタシさぁ、この曲いっぱい練習したの
聴いてくれない?」
とトロンボーンを颯爽と構える柚咲

「しばらく柚の音楽聴いてなかったから
すごくさみしかったんだよ?わかる?
もちろん聴かせてよ!」とわたしは応えた。

「よーし!行くぞー!」

7月の空の下
万感の想いを込めて彼女が奏でる
トロンボーンの豊かな音が
河川敷の夕暮れ空に
響きわたるのだった__。

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Photograph by Nami Sugano

挿絵:Aちき@画集発売中



※この物語はフィクションです。
 作中の人物名と実在の人物とは
 何ら関わりがありません。

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