短篇 「気骨」
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老剣士は若い弟子に
剣術稽古をつけるのが
唯一の生き甲斐だった
若い弟子は
この老剣士から
学ぶことが多く
人生の師と仰いでいた
稽古は苛烈である
時に老剣士は面を外しては
「思い切りかかって来なさい」
と愛弟子を鼓舞する
弟子は躊躇するものの
「無心で撃つべし」
と言う老剣士の気魄に押されるように
意を決して打ち込んでゆく
面を外した無防備な頭上に
容赦のない竹刀の打撃が繰り返される
老剣士の頭上からは鮮血が飛び散る
それでもなお
「まだまだ」と稽古はやめない
そんな風だから部外者から見れば
奇妙な光景に見えたに違いない
師弟ふたりの間にしかみえない
" 呼吸 " がある___
そのように剣技は磨かれ
心胆は練られていくのであろう
だが 時は過ぎ
老剣士は長年の苛烈な稽古により
深刻な体力の衰えをきたしていた
《長くは持つまい___ 》
ある日
「今日で最後の稽古をつける」と
老剣士は告げるのである
若い弟子はその言葉に
老剣士がそう長くない余生であることを
悟っていた
《先生の御恩に報わなければ___》
泣きそうになる想いをこらえて
うなづいた
防具に身を包み
面金に紐を通す二人
いつもの光景である。
「ハジメ!」と号令がかかる
白:老剣士
赤:弟子
で仕合は火蓋を切った
両者は竹刀を構え
相対する
若い弟子は
怪鳥の鳴き声のような気合を発した
老剣士は
沈黙している
両者は正眼の構えをとり
間合いを詰める
互いの剣先が
鶺鴒の尾のように
幽かにふるえている
張り詰めた空気が
あたりを支配する
鍔競合いとなった
互いにギリギリとへその奥にある
丹田に力を込めて肉薄する
老剣士の面金の奥には
眼をキラキラと輝かせ
嗤っている顔が見えた
般若のようである
汗がにじむ
お互いの気と
些細な動きを凝視しながら
慎重に間合いを図る
その刹那
竹刀が一閃した___
若い弟子の一撃が
老剣士の頭上に見事な面を決めた
老剣士の視界には
床がせまってくる
老剣士はなおも残心の構えを
崩すまいと試みたが力尽きるように
そのまま転倒してしまった
老剣士の意識が薄れてゆく
弟子が涙を流しながら
駆け寄ってくる
やがて審判の旗は
一斉に白い旗が挙がる
弟子の面よりも先に
老剣士は「出ばな小手」
で小手を捉えていたのだ
倒れながら老剣士の顔は穏やかで
かすかに笑みを浮かべていた
駆け寄った若い弟子の右腕は
老剣士の放つ乾坤一擲の
熱き炎に触れたかのように
巨きなミミズ腫れで
紅く膨れ上がっていた
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追悼:千葉真一さんに捧げる
人は老いてゆく___
現代のもののふよ
若者たちに何を遺してゆくのか
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