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詩作習作

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#現代詩

人の形で生まれて

もし僕たちが猫だったら
ずっと一緒にいられたのにね
日がな窓の外を眺めたり
鳥を追いかけてみたり
そうやって一日の終りに一緒に眠ることができたりして。

一度だけかけちがったボタンの間で苦しむことや
ちょっと性格が違うくらいで進む道が正反対になってしまうことや
自己肯定感みたいなややこしいものにとらわれて
あなたが大切だという気持ちを見失うことが、なくて。
僕たちが道で偶然出会った野良猫同士だった

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四月二日 芥の壺

花の芥
希望の芥
眼窩の奥に散り積もる

光の芥
若葉の芥
鼓膜の裏に積もりおる

のどけき、春の光
さやけき、青々しい始まり
かしまし、春の始まり
むず痒し、初々しい暖かさ

鈴懸の木よ
氷のかけらのように
光の煌めきのように
そういえば聞こえは良いが
たんぽぽの綿毛のしつこいののように
砂埃の厄介なやつのように

頭蓋の奥の奥の方まで
海馬の表層まで
百会が噴火するまで

粘膜を侵す
鈴懸の子

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ピエタ

彼の人のいない、世界が始まる。

うろろろろ うろろろろ
底の抜けた 慟哭の向こう側で
夜が口を開けている

うろろろろ うろろろろ
風が 丘を吹きすさぶ朔風が
この風穴の空いた顔を無遠慮に通り抜ける

うろろろ うろろろろろろ
声のない 喉の代わりに
しつこく、それはすさまじく
生身をば弄ぶ

白い身体は
血の抜けた証
閉じた瞳は
解放されたやすらぎ
薄く開いた唇の
このごろ見ない穏やかさは 息

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サヨナラを先に

私が口を開くと
もうずっと止まらないから
サヨナラを先に伝えて
夕暮れまで座っている

私がボールを持つと
周りをみんな跳ね除けてしまうから
サヨナラを先に伝えて
一人毬をついている

私が鉛筆を持つと
全部真っ黒になるまで塗りつぶしてしまうから
サヨナラを先に伝えて
君と違うノートに向かっている

私が靴を履くと
夕日のその袂まで歩いていってしまうから
サヨナラを先に伝えて
お友達になんかならな

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春雷戦慄き飛禽遊ぶ

春雷戦慄き飛禽遊ぶ

早春の訪れを告げる
雹と嵐が去って
まだぐずぐずとした蒼色の東の空に
特別に許された高度で
人間の愚かな建物群を見下ろす高さで、
西の丘から覗く
最後の日の光を受けた海鳥が隊列をなして
白く金色に輝く

洞穴に暮らして久しく
陽光を見れば視力を失う人間たちは
その眩い背中を見つけて
1日の終わりを知る

雨の底に
わずかな腐臭を漂わせる
小さな街の
小さな日曜日が
百合鴎の背中に乗って
明日へと去

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赤褐色の太陽を見た

赤褐色の太陽を見た

赤褐色の太陽を見た
古い血の色をした暗い青空に浮かぶ
而して夜行性動物の瞳を焼く
生まれたばかりの卵黄のような輝き。

地上を追われた
歩くだけしか能のない猿は
空を飛ぶ翼に乗って
終わりのない旅をしている

あのころ青空に輝いていた
白銀色の若い太陽は死に
飛ぶ鳥もいない空に打ち付けられた鈍色が
人工的な彼らの目を焼く

そんな腐った太陽の輝きにも
光は未だ残っているらしく
他に行く場所もしらな

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九月秋深し

九月秋深し

秋の夜長のだらだらした街に雨が降っている時に書いたものたちです。なんだかいつも五七五七七にはならない

都会になりきれない街の大きな公園にて

緑深く突き刺さる軟足

吐き、飽きが違えて鳴く空の
夏季、呼気が途絶えて明く空の
絞り絞れて千切れるほどに
筋は違えど血の色深し

新緑もまた新緑の
溶けぬ声こそぼとりと落ちて
不格好な手足をバタバタさせて、目が
くらくらするほど若い山。

絶え絶えなる息をするほどばらばらと、結びの管は解かれて

汗と脂と糞の流れ出たる、からだ、体が溶け出して

指の先、足の先、一つ一つの管が窒息で泣いて、破れて割れて流れ出す。

ひっ

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夜凪の旅路

20平米もない
小さな居間に一人分の布団を敷いて
高くはない天井をじっと見つめるように
二人の体が横たわる

雨戸越しに、虫の声が聞こえてくる

絡み合う指先の
柔らかな冷たさに
ただ二人当てもない静かな夜の海を
板戸の上で漂っているかのような
底のない心細さを思わされる

オレンジ色の暗い明かりが
四方の壁を鈍い灰色に照らすのを見ると
誰もいなくなった暗い暗い夜の海を
二人箱舟で彷徨っているかの

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バーバヤーガの夕暮れ

深く差し込んだ橙色の光が、
濃い群青の砂漠の空を執拗に照らしている。

西の丘はその背後に背負った橙色の光に焼かれて、真っ黒な影を砂漠に落とす。

群青色と橙色とが争って、濃厚な卵白のごとく浮かぶ雲を一つ二つと染め上げる。
暗い暗い夜がやってくるのを知りながら、
今一時はその迫り来る孤独を忘れて
回り続ける地球を見ている。

シンとした、うるさいほどの沈黙。
騒がしいほど無口な黄昏の色。

その手

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