見出し画像

『ヴィンセント博士のミステリーサンプル』第1話を知っているか

■あらすじ

アメリカ人の植物学者「ヴィンセント」は、論文の盗作疑惑を掛けられ、母国を追われてイギリスにやってきた。ある日、仕事の合間に古びたカフェに立ち寄ると、店主である「グレイ」と口論になってしまう。イギリス人は高飛車で傲慢だと憤るヴィンセントに、皮肉屋なグレイは、わざと心を落ち着かせるハーブティを提供する。そして、持ち物や口調をヒントにヴィンセントの正体を言い当てたのだった。この出会いをきっかけに、2人は急速に距離を縮めていく。そして、マザーグースにまつわる小さな事件を解決することになるのだが――。

■キャスト

●ドクター・ヴィンセント(29):一人称:俺。強気な口調。
助手役。アメリカ人青年。
極度なイギリス嫌いで、プライドが高いが素直な性格。母国で研究職をしていたが、他者の論文を横取りしたと虚偽の噂が出回り、イギリスに亡命する。専攻は植物学。
 
●グレイ(45):一人称:私。上品な口調。
探偵役。イギリス人紳士。鋭い洞察力と観察眼を持つが、皮肉屋で説教臭い。ロンドンの中心街・ピカデリーサーカスでカフェを営んでいる。若い頃は世界を巡って事件を解決する私立探偵だった。

●ジョーンズ(35):一人称:オレ。粗野な口調。
警官役。イギリス郊外の出身。叩き上げで警部になった頼り甲斐のある男。行動力と情熱に溢れているが、他人に騙されやすい。スコットランドヤード(警察署)所属で、グレイとは旧知の仲。
 
●アドラー(??):一人称:僕。おっとりした口調。
宿敵役。世界中で事件を巻き起こす大悪党。性別も年齢も不明、様々な人物に変装するミステリアスな人物。イギリスの王室、警察から追われている。グレイの過去に関係がある様子だが……?

■続話リンク

■補足リンク

以下は、小説版になります。

■本文

第1章【紳士はお熱いのがお好き】


■場面:ロンドン・グレイのカフェ(昼)
   午後2時。店内は閑散としている。
   主人公ヴィンセント、不機嫌そうにメニューを見ている。

   ※BGM:クラシックなピアノ曲
   ※SE:食器などがぶつかり合う音(カシャカシャン)
   ※SE:カップにお湯を注ぐ音(ココココ)

 ヴィンセントN
「俺の名前は、ドクター・ヴィンセント。アメリカ生まれアメリカ育ちの、優秀な植物学者だ。(強調して)ちなみに俺は、イギリスという国とイギリス人が、大嫌いである」

    ※SE:グレイの近付いてくる足音(コッコッ)

 グレイ
「いらっしゃいませ、お客様。ご注文はお済みでしょうか?本日も良い茶葉を取り揃えておりますよ」

 ヴィンセント
「(苛立って)どうしてこの店には、紅茶しか置いてないんだ?どれでも良いから適当に持ってきてくれ。それと、ビッグサイズのハンバーガーも頼む」

 グレイ
「恐れながらお客様。茶葉を選んでいただかないことには、こちらも困ってしまいます。イングリッシュブレックファスト、クイーンアンなどお好きなものをどうぞ。それと、ハンバーガーはどのサイズもご用意がありません」

 ヴィンセント
「(イラッとして)ハンバーガーがないだって!?(ため息を付いて)はぁ、いつもの店が休みじゃなかったらな。この店には二度と来ることはないだろう。アンタのお気に入りでも何でも出せばいい」

 グレイ
「(穏やかに)承知致しました。
当店のスペシャルブレンドでお作りしますね」

※SE:グレイが歩き去っていく足音(コッコッ)

グレイ、キッチンに戻っていく
ヴィンセント、その冷静な態度に苛立ちが倍増する

 ヴィンセント
「(独り言で)ふん、紅茶なんかどれも一緒だろ。やっぱり俺は、コーラとジャンクフードじゃなきゃ満たされないな」

 ヴィンセントN
「英国紳士ってのは本当に不愉快だ。高飛車で傲慢、おまけに皮肉屋ときている。食えない、読めない、いけ好かない、一番苦手な人種だ」

 ヴィンセント
「(独り言で)……やっぱりこんな国、来るんじゃなかった。
イギリスもロンドンも性に合わないな」

時間経過。
グレイ、ティーセットの準備をしている
ヴィンセントの席へ運んでくる

※SE:食器がぶつかり合う音(カシャカチャ)
※SE:グレイがゆっくり歩いてくる音(コッコッ)

グレイ
「お待たせ致しましたお客様。当店自慢のフレーバーティーでございます。まずは香りからご堪能ください」

  グレイ、ティーカップにお茶をゆっくりと注ぐ
  ヴィンセント、その香りにハッとする

  ※SE:カップにお茶を注ぐ音(ポポポ)

ヴィンセント
「(数回嗅いで驚いて)……っ!?この香りは、Sambucusnigra(サンブクス・ニグラ)じゃないか!」

グレイ
「ああ、学術的にはそう呼ばれているのですね。一般的にはエルダーフラワーと言います。ニワトコ科の一種で、古くは魔術の材料としても使われたのだとか。(悪戯っぽく)最近ではホグワーツでも珍重されているのだそうですよ」

ヴィンセント
「(嘲笑して)へえ、ホグワーツでね」

グレイ
「(穏やかに)我が国イギリスには、古い言い伝えが数多く残っております。このエルダーフラワーティーは、中世の時代より、疲れを癒やしたり、イライラする気持ちを抑える効果があるとされています。つまり、今のお客様にピッタリでしょう?」

ヴィンセント
「(皮肉にイラッとして)さすがイギリス人だな。紅茶のことをよくご存知のようだ。俺は全く興味が無いんでね、ぜひご教示いただきたいものだよ」

  グレイ、ヴィンセントの皮肉にクスクス笑う
  ヴィンセント、その反応に訝しがる

グレイ
「(クスクス笑って)はは、ご冗談を。この分野であれば、あなたのほうがずっとお詳しいでしょう。私が効能を説明するなんて無粋でしたよ。(強調して)ねえ、ドクター?」

ヴィンセント
「(ビックリして)なっ!?」

   ヴィンセント、初対面の相手に正体を暴かれて驚く
   グレイ、飄々と歩き去る

グレイ
「それではごゆっくりどうぞ。機会がありましたら、次のご来店もお待ちしております」

  ※SE:グレイのゆっくり歩く足音(コッコッ)

ヴィンセント
「(慌てて引き止めて)ちょ、アンタ!なんで、俺のこと……!?」

  ヴィンセント、焦って声をかけるが
  途中で諦める

  ※BGM:テーマソング

ヴィンセントN
「それが、あの男との初対面(はつたいめん)だった。大嫌いなロンドンで、大嫌いな人間に出会ったのに、俺の心は、なぜか高揚していた」

   ※BGM:→盛り上がってフェードアウト

================================

第2章【雨に唄えば】


■場面:グレイのカフェの軒先(夕方)

   午後5時。雨が降っている。
   ヴィンセント、慌てて軒先に駆け込んでくる

   ※SE:雨の降っている音(ザーザー)
   ※SE:ヴィンセントが小走りする足音(タタタタ)

ヴィンセント
「(小走りしながら)チッ、雨が降るなんて聞いてないぞ。この街は天気がコロコロ変わりすぎる!」

ヴィンセントN
「あれから数日後。その日は、仕事の帰り道だった。カフェの前を通った俺は、たまたま雨宿りすることにした。だから、あの男と話してみたいなんて深い意図はなかったんだ」


■場面:グレイのカフェの軒先(夕方)

   雨は降り続いている。
   ヴィンセント、慌てて軒先に駆け込む

   ※SE:ヴィンセントが小走りする足音(タタタタ)
   ※SE:ヴィンセントが立ち止まる足音(タタッ)

ヴィンセント
「(独り言で)なんだ、電気が消えてるな。 (店内に向かって)おい、ココを開けてくれ。傘を借りたいんだ」

   ヴィンセント、入口の扉をノックする
   グレイ、店の奥からゆっくりと歩いてきて扉を開ける
   

   ※SE:ヴィンセントが扉をノックする音(ドンドンドン)
   ※SE:グレイのゆっくり近付く足音(コッコッ)
   ※SE:扉を開ける音(キーッ)

グレイ
「おや、びしょ濡れのハクトウワシが迷い込んだか。この程度の雨であれば、ロンドン市民は平気で歩くのですが、あなたは不慣れでしょうね」

ヴィンセント
「皮肉が上手いな、さすがイギリス人」

グレイ
「アメリカ人のフロンティアスピリッツには敵いませんよ。まずはタオルで身体をお拭きなさい。せっかくのスーツが台無しですよ」

ヴィンセント
「これはニューヨークで仕立てた一級品でね。シミにならないか心配していたところだ。ご厚意、感謝する」

   ヴィンセント、グレイにもらったタオルで全身を拭く
   グレイ、雨模様を眺めながらポツリと呟く

   ※SE:ヴィンセントが服を拭く衣擦れ(スッスッ)
   ※SE:小降りになった雨音(しとしと)※少し長めに

グレイ
「……ドクター。あなたには、また会えるような気がしていました。私に聞きたいことがあるのではないですか?」

ヴィンセント
「(図星でドキッとして)……ああ。そうだな。こないだアンタは、初対面にも関わらず俺の正体を見事に言い当てた。どうして学者だとわかったんだ?」

グレイ
「(穏やかに笑って)ふふ。店内でゆっくりお話したいところなのですが、今日はのっぴきならない用事がありまして。あなたもお忙しいでしょうから、一息にお伝え致します。集中してお聞きください」

ヴィンセント
「(ちょっと驚いて)あ、ああ……」

グレイ、穏やかな口調から一変して
名探偵のように切れ者な口調で推理をまくし立てる

グレイ
「まず、あなたは行きつけの店が休みだったとおっしゃった。あの日、この周辺で店を閉めていたのは、2ブロック先の『speedy』カフェだけだ。『speedy』の近くはロンドンきってのオフィス街で、あの日のあなたのように、汚れたズボンと毛玉だらけのセーターで勤められるような会社はない。あるとしたら『speedy』の真裏にある、スペンサー大学。あの大学は校舎が散らばっているから、近くにある自然科学部の関係者でしょう。見たところ、30代前半だろうから学生ではない。復学した社会人と言う可能性もあるが、学習意欲に満ちた人間が、昼間から本も開かずにカフェでボーッとしているとは思えない。……ああ、ちなみに」

グレイ
「アメリカの発音を隠そうとしていますが、Cのイントネーションが間違っています。イギリスではもっと濁らせて、舌先でスィーと。ついでに、今の話は全て推理にすぎませんが、これは確実だと言えることもある。あの日、あなたが持っていた鞄から、本の背表紙が見えていた。『医学薬草の実用について』――。毒薬の研究で第一人者だった、ヴィンセント博士の著作だ。論文の盗作疑惑で、アメリカの学会を追われたと聞きましたが、まさか我が国にいらっしゃったとは。お会いできて光栄です、ドクター?」

   グレイ、一気に畳み掛けて説明を終える
   ヴィンセント、見事な推理に言葉を失う

ヴィンセント
「(驚愕して)……アンタ。いったい、何者なんだ?」

グレイ
「(ニッコリして)ただの有能なカフェ店員ですよ。
私の推理にどこか間違いはありましたか? ドクター・ヴィンセント」

ヴィンセント
「ひとつだけ。俺はまだ29歳だ」

グレイ
「これは失礼しました。貫禄のある態度でいらしたので。
 私もまだまだ観察が足りないようです」
   
   グレイ、悪戯っぽく微笑んでいる
   ヴィンセント、その飄々とした態度にクスクスと笑い出す
   
ヴィンセント
「……ふ、ふふっ。はははっ、まいったよ!
アンタは、現代に舞い降りたシャーロック・ホームズってわけだ」

ヴィンセント
「(手を差し出して)改めて自己紹介をさせてくれ。
スペンサー大学の植物学者、ジゼル・ヴィンセントだ」

グレイ
「(握手をして)私の名前は、グレイと申します。
10年ほど前から、このピカデリー通りでカフェをしております」

   2人、初めて打ち解けて握手を交わす
   
ヴィンセント
「それでは、ピカデリーのホームズ。
アンタに依頼したい事件があってね。請け負ってくれるかい?」

グレイ
「(渋って)ドクターのためなら何でも、と言いたいところですが。
 先ほどもお伝えした通り、のっぴきならない用事で忙しくしているのです」

ヴィンセント
「なるほど、他にも依頼を抱えているんだな。
俺の事件を解決してくれたら、その用事とやらも手伝ってあげよう。
アンタのワトソンとしてこき使っていい」

グレイ
「(ニヤッとして)……ほう、それは嬉しい申し出ですね。
 承知しました。あなたの依頼をお受けします。
 優先的に手掛けるとしましょう」

ヴィンセント
「ありがとう。イギリス人ってのは思ったより話がわかるみたいだな。
(ふと思い当たって)……ちなみに、
その、のっぴきならない用事ってのはどういう依頼なんだ?」

グレイ
「簡単ですよ。ペットが迷子になったので探してほしいそうです。
厄介なのは、その依頼主のほうですよ」

ヴィンセント
「(緊張気味に)いったい誰が、アンタに頼ってきたんだ?」

グレイ
「(笑顔で)イギリス王室です」

ヴィンセント
「(驚愕して)お、王室……!?」

   ※BGM:テーマソング的なカッコいい曲
   →盛り上がってジャンと終わる

==============================

第3章【誰がコマドリを殺したのか】

■場面:ヴィンセントの研究室(深夜)

   午前2時。夜の鳥が鳴いている。
   ヴィンセント、グレイを研究室に招き入れる。

   ※SE:ふくろうの鳴き声(ホーホー)
   ※SE:軽い扉を開く音(ガチャッ)
   ※SE:2人がゆっくり歩く足音(トントントン)

ヴィンセント
「ココが俺の研究室だ。散らかっていてすまないな」

グレイ
「(部屋を見回して)ええ。
 想像していたよりずっと、喘息の発作が出そうな部屋ですね」

ヴィンセント
「最近、新しい論文を書いていてね。掃除する暇がなかったんだ。
コーヒーを淹れるから、その辺に座っててくれ」

グレイ
「(笑顔で)おもてなしは遠慮致します。
 とっておきの茶葉を持ってきたので、キッチンをお借りできますか。
 お茶を飲みながら、事件についてお伺いしましょう」

ヴィンセント
「(うんざりして)はぁ、わかった!
 真冬の深夜にピッタリの、美味しい紅茶を淹れてくれ」

時間経過
 グレイ、カップに紅茶を注いでいる
 ヴィンセント、一口飲んで思わず笑顔になる
 ※SE:カップにお茶を注ぐ音(ポポポ)

グレイ
「さあ、どうぞ。召し上がれ」

ヴィンセント
「(一口飲んで)これはアップルティーか。
 シナモンの味もするな。体が温まってちょうどいい」

グレイ
「そうでしょう。
良い仕事には、良い紅茶がつきものです。
(緊迫して)それで、話の続きをお願いできますか?」

ヴィンセント
「(姿勢を正して)ああ。
最初にその光景を目にしたのは、先月の30日だ。
俺は、深夜2時頃から明け方まで、この研究室で仕事をしていた」

グレイ
「(考えながら)30日、火曜日ですね。
いつもと違ったことはありましたか?」

ヴィンセント
「特にないな。しいて言えば……窓の外に林檎の木が見えるだろ?
あれがやけに揺れていたってくらいか」

グレイ
「(考えながら)ふむ、あの時期は天候も穏やかでした。
風もないのに奇妙なことですね」

ヴィンセント
「あの日の朝6時頃、俺は家に帰ろうとコートを羽織った。
何気なくバルコニーを見ると、そこには……
(不気味に)内臓までグチャグチャになったコマドリの死骸があったんだ」

グレイ
「それから、ほぼ毎日、バルコニーに死骸が置かれている。
 コマドリの犠牲者が気になって、あなたはろくに安眠も出来ない。
 これで合っていますか?」

ヴィンセント
「(ムッとして)その言い方じゃ、俺が死体を怖がってるみたいだろう。
 薄気味悪いから、早く犯人を捕まえたいだけだ」

グレイ
「(軽く流して)なるほど。現場の状況はわかりました。
 あとは、この灰色の頭脳にお任せください」

   グレイ、ふむふむと考え込みながら推理を始める
   部屋をゆっくりと歩き回る

   ※BGM:ミステリアスな感じの曲
   ※SE:グレイがゆっくりと歩き回る足音(コッ…コッ…)

グレイ
「(思い出したように笑って)ふ、ふふふ……」

ヴィンセント
「なんだよ、グレイ。急に笑ったりして」

グレイ
「ふふ、失礼。今回の事件、
あまりにクックロビンのような話だと思いましてね」

ヴィンセント
「クックロビン? 誰だ、俳優か?」

グレイ
「ドクターは、文学や戯曲に疎くていらっしゃるようだ。
 イギリスに伝わる童謡、マザーグースにこんな一節があるのです。
(不気味に)Who killed Cock Robin? クックロビンを殺したのはだあれ、ってね」

   グレイ、ピタリと立ち止まる。
   カップを手に取って、紅茶を一口すする

※SE:グレイが立ち止まる足音(コッ…コッ…タタ)
   ※SE:カップを手に取る音(カシャン)

グレイ
「(一口飲んで)ふむ。紅茶が冷めてしまった。
次はアッサムティーを淹れましょう。
スコッチを加えれば、香り高いアイリッシュアフタヌーンになります」

ヴィンセント
「おい、まだ何も解決してないぞ。
(ハッとして)……まさか、もう犯人がわかったのか?」

グレイ
「(おどけて)さあ?
夜が明ければ、殺人鬼の大罪にも朝陽が差すでしょう。
ロンドンの冬は長いですから、
ゆったりとおしゃべりしながら待つべきです。
ドクターの研究について、聞かせてくれますか?」

ヴィンセント
「……ああ、別に構わないが。
(苦笑しつつ)アンタって、本当に掴みどころのない紳士だな」

ヴィンセントN
「その夜、俺たちはスコッチを片手に語り合った。
大嫌いな国で穏やかな時間を過ごすなんて、今までならありえない話だ。
グレイは、相変わらずキザなイギリス訛りだったが、
それも気にならないくらい、有意義な会話だった」

   ※BGM:穏やかで優しい曲
        →ゆっくりとフェードアウト

======================

■場面:ヴィンセントの研究室(早朝)

   明け方6時。朝の鳥が鳴いている。
   ヴィンセント、ソファにもたれてウトウトしている
   グレイ、バルコニーの様子を見ている

   ※SE:ヒバリの鳴き声(ピピピ…チチチ…)
   ※SE:時報の鐘が鳴る音(ボーンボーンボーン)

グレイ
「明け方6時、いい頃合いだ。
(軽く揺さぶって)ヴィンセント、起きてください」

   ※SE:体を揺さぶる衣擦れ(ユサユサ)

ヴィンセント
「(眠そうに)んん……朝日が眩しいな。
(いきなり覚醒して)はっ、まずい! 
犯人が現れたのか!?」

グレイ
「しーっ、大きな声を出さないで。
(愉快げに)私たちのモリアーティが、すぐそこにいますよ。
仕掛けた罠に、まんまとハマったようです。
逃げ出そうと必死にもがいている」

   ※BGM:アクションっぽいカッコいい曲

   バルコニーに置かれた罠に足を捕られて、一羽のカラスが暴れている
   2人、小声で様子をうかがっている
   
ヴィンセント
「(小声で)俺たちだけで捕まえられるか?
スコットランドヤードに電話を入れようか?」

グレイ
「(小声で)鳥殺しに警察の介入は無粋でしょう。
 背後から静かに近付いて、羽交い締めにすれば大丈夫ですよ」

グレイ
「(小声で)ヴィンセントは、林檎の木のほうへお願いします。
 もし暴走したら、正面から取り押さえてください」

ヴィンセント
「了解した。ワンツースリーで同時に飛びかかろう。
(グッと構えて)行くぞ!」

   グレイ、カラスの背後に回る
   ヴィンセント、カラスの横側から腕を伸ばす

ヴィンセント・グレイ
「ワン、ツー、スリー!!」

   2人、同時にカラスに飛びかかる
   カラス、金切り声を上げてジタバタ暴れ回る

   ※SE:鳥を捕まえる音(ドサッ)
   ※SE:鳥が激しく羽根をばたつかせる音(バサバサッ)
   ※SE:カラスの金切り声(ギャーギャー)

グレイ
「イタズラな悪ガキは、お母さんのところへ返してあげましょう。
ヴィンセント、鳥カゴを開けてください!」

ヴィンセント
「ラジャー!」

   ヴィンセント、鳥カゴを開ける
   グレイ、カラスを即座に閉じ込める
   流れるような連携で『真犯人』を逮捕することに成功する

   ※SE:鳥がカゴの中で暴れる音(ギャーバサバサッ)
   ※SE:鳥カゴの扉を締める音(キーガチャン)

ヴィンセント
「(一息ついて)ふう。
連続殺人鬼、もう逃さないぞ!
 コマドリを殺した犯人が、まさか大きなカラスだったとはな」

グレイ
「研究室に足を踏み入れた時から、
薄っすらと鳴き声が聞こえていたのです。
 あなたは慣れすぎて気付いていなかったみたいですけどね」

ヴィンセント
「こんな身近に潜んでいたとは悔しいな。
林檎の木に巣を作り、コマドリを食い散らして、俺を嘲笑っていたんだ。
本当に良い性格してるよ」

   カラス、カゴの中でまだジタバタしている
   ヴィンセント、カゴを覗き込んでカラスの首輪に気付く

ヴィンセント
「(不思議がって)……ん? このカラス、高そうな首輪を付けてるな。
 野生の鳥かと思っていたが、誰かに飼われているのか?」

グレイ
「あなたにしては良い推理ですね。
 おっしゃる通り、このカラスはある方のペットのようです。
 小さな頃から甘やかされて育ったので、でっぷりと太ってしまったのでしょう」

グレイ
「首輪についている紋章、見覚えがありませんか?
 アメリカ人のあなたでも、じっくり観察すればわかるはずですよ。
 バラとライオンのモチーフ、高貴な王冠……」

ヴィンセント
「(驚愕して)まさか、このカラスの飼い主って……?」

グレイ
「(笑顔で)イギリス王室です」

※BGM:テーマソング的なカッコいい曲
→ゆるく流れ始める

ヴィンセント
「(焦って)ぐっ、やっぱりそうか。
 国王陛下のペットに罠をかけて、羽交い締めにしてしまった。
 どうしよう、グレイ……?」

グレイ
「何も焦ることなどありませんよ。
ペットを捕まえてくれ、というのが今回の依頼なのですから、
目的は達成されたわけです」

グレイ
「(嬉しそうに)コマドリの事件を追っていたら、
 ついでにカラスまで見つけてしまいました。
私としては、2つの依頼を同時に解決できて喜ばしい限りですよ」

ヴィンセント
「(呆れて)国王すら恐れないその態度……。
 俺はとんでもない人の助手になってしまったみたいだな」

グレイ
「(悪戯っぽく笑って)ふふっ。
さっそく、カラスをバッキンガム宮殿に送り届けましょう。
お褒めの言葉をいただけるはずですよ」

※BGM:テーマソング的なカッコいい曲
→ゆっくりフェードアウト

=======================

■場面:バッキンガム宮殿・中庭(昼)

   後日、午後3時。中庭に準備されたガーデンパーティー会場。
   豪華な料理が並び、クラシックの演奏隊までいる。
   ヴィンセント、ちょっとテンパっている

   ※BGM:優雅な弦楽器の曲
   ※SE:美しい鳥のさえずり(ピピピ)
   ※SE:パーティー客の上品に談笑する声(クスクス)

ヴィンセント
「(焦り気味に)おい、冗談だろう。
 パーティーに招かれるなんて聞いてないぞ」

グレイ
「カラスが見つかって、国王陛下は随分とお喜びだったようです。
 私たちにお礼をしたいとおっしゃって、
 わざわざ準備してくださったのですよ」

   グレイ、紅茶の入ったカップを取る
   一口飲んで笑顔になる

   ※SE:カップを手に取る音(カシャン)

グレイ
「(一口飲んでうっとり)ああ、やはり美味しいですね。
 宮殿の中庭でいただく紅茶は、特別な味わいです」

ヴィンセント
「(探るように)……なあ、グレイ。
 アンタ、本当は007(ダブルオーセブン)なんじゃないか?」

グレイ
「(鼻で笑って)映画の見すぎですよ。
 言ったでしょう。私はただの有能なカフェ店員です」
   2人、賑やかに言い合いをしている。
   そのとき、演奏隊がゆっくりとワルツを奏で始める

   ※BGM:優雅なワルツ
※SE:パーティー客の小さな歓声(ワッ)

グレイ
「(気付いて)おや、ワルツの演奏が始まりましたね。
 ちょうど踊りたい気分だったんですよ」

   グレイ、ヴィンセントに手を差し出す
   ヴィンセント、ちょっと驚く

グレイ
「(かっこ良く)お相手をお願いできますか?
親愛なるドクター・ヴィンセント」

ヴィンセント
「(少し焦って)えっ!
でも俺、ステップなんて全然わからないぞ」

グレイ
「私が教えて差し上げますよ。この国で暮らすのなら、
紳士らしい振る舞いを身に着けなければいけませんから」

グレイ
「ロンドンで芽生えた友情の証として、一曲ご一緒しましょう。
 さあ、お手をどうぞ」
   
   ヴィンセント、ちょっと躊躇するが……
   ダンスの申し出を受け入れて、グレイの手を取る
   
ヴィンセント
「(わずかに渋りつつも、ふっと笑って)……わかったよ。
グレイといると人生に絶望する暇がない。
この国のことも少しだけ好きになれそうだ」

 2人、ゆったりと音楽に乗って踊り始める

ヴィンセントN
「俺の名前は、ドクター・ヴィンセント。
 アメリカ生まれアメリカ育ちの、優秀な植物学者だ」

ヴィンセントN
「曇天の続く空も、優雅なティータイムも、
嫌味で甘ったるい発音も、相変わらず慣れない。
……だけど」

ヴィンセントN
「この国が、仄暗いミステリーに満ちているのだとしたら、
 もう少しだけ追いかけてみたいと思っている。
 俺のシャーロック・ホームズと一緒に」

   ※BGM:優雅なワルツ
→盛り上がってフェードアウト


■『ヴィンセント博士のミステリーサンプル』第1話終わり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?