『ヴィンセント博士のミステリーサンプル』第4話を知っているか

■場面:ロンドン塔・展示室(深夜)

  犯行予告直前。
  グレイとヴィンセント、今後の動き方について
  ジョーンズ警部と話している。

グレイ
「今回のターゲットは、王家の財宝『ダイヤモンド・カリナン』ですからね。万が一でも奪われたら英国の面目丸潰れです。慎重に行きましょう」

ジョーンズ
「安心しろ、あんたらの手を煩わせやしない。
それじゃ、またあとでな!」

  ジョーンズ警部、去っていく
  ※SE:走り去る足音(タタタッ)

ヴィンセント
「(軽くため息を付いて)はあ、いよいよだな……」

  ヴィンセント、ちょっと緊張した様子
  グレイ、それに気付く

グレイ
「怖いですか? ヴィンセント。このロンドン塔では、怪奇現象も多数報告されていますからね。幽霊にも警戒が必要かもしれません」

ヴィンセント
「(軽く笑って)和ませようとしてるのか?言っただろ、俺は目に見えないものは信じない。無神論者で現実主義者だからな」

グレイ
「おや、そういえばそうでした。ロマンチストが戯言を申しましてすみません」

  2人、お互いを見て笑い合う
  ヴィンセント、少しだけ和んだ表情になる

ヴィンセント
「……ふっ、別に怖がっているわけじゃないよ。色々と情報を探ってみたが、事件の真相を突き止めるには至らなかった。それが悔しかっただけだ」

グレイ
「そうでしたか。しかし、ここ数日のあなたは人が変わったように能動的だった。キラキラと生きた目をしていました」

グレイ
「出会った頃のあなたは心を失っていた。……まるで、昔の私のようにね」

ヴィンセント
「……」

  ヴィンセント、グレイの言葉にドキッとする
  探るように問いかける

ヴィンセント
「なあ、グレイ。あんたはどんな事件より秘密めいてるみたいだ。それなのに、紅茶の銘柄以外は教えてくれない。いったい、どんな過去を隠してるんだ?」

グレイ
「さあ、研究してみてはいかがです?あなたの得意分野でしょう、ドクター・ヴィンセント」

ヴィンセント
「あいにく、人間は専門外でね。……植物以外は信じられないと思った時期もあったが、今は少しだけ、人の心に期待している」

ヴィンセント
「いずれにせよ、あんたのくれたミステリーには感謝してるよ。親愛なる名探偵、グレイ・ホームズ」

グレイ
「(くすくす笑って)それはよかった。……では、一緒にこの事件の真実を目撃しましょうか。王家のダイヤが眠る展示室へどうぞ」

   ※SE:2人の足音(カッカッ)

  2人、展示室へと向かう
  ヴィンセント、どこか晴れやかな表情

■場面:ロンドン塔・展示室(深夜)

  午前0時。犯行予告時刻。
  グレイとヴィンセント、展示室の物陰に隠れている

   ※SE:時計の秒針の音(カチカチカチ)
   ※SE:時計の針が止まる音(カチッ)
   ※バックSE:ビックベンの鐘が鳴る音(ボーンボーン)
   →以降、終了までセリフに被せて

グレイ「(小声で)深夜0時になりました。犯行予定時刻ですね」

ヴィンセント
「(緊張した小声で)本当に現れると思うか?」

グレイ
「(小声で)ええ、必ず来ますとも。こんなに派手を好む人間が、役を降りるなんて有り得ない。シェイクスピアの戯曲『真夏の夜の夢』のパックのように、舞台を引っ掻き回すつもりですよ」

グレイ
「(愉快そうに)……それに。私の推理が正しければ、あちらさんには別の思惑もあるようですからね」

ヴィンセント
「(思わず普段の声量で)えっ?」

  ビックベンの鐘が鳴り終わる
  展示室の入り口付近に、人の気配がする

※バックSE:ビックベンの鐘が鳴る音(ボーンボーン)→終わり
   ※SE:扉の鍵が開く音(ガチャッ)

グレイ
「……! ご登場ですね。くれぐれも言っておきますが、一人で解決しようと焦ってはいけませんよ」

ヴィンセント
「……わかってる(緊張で喉を鳴らす)」

  展示室の扉が開く
  犯人らしき人物、内部にゆっくり入ってくる

   ※SE:扉が開く音(ギィ―――ッ)
   ※バックSE:犯人の響き渡る足音(カツーンカツーン)

  犯人らしき人物、ゆっくり歩いてくる
  警官の一人、緊張のあまり身じろぐ

※SE:身じろぐ音(ガサガサッ)
※SE:犯人の立ち止まる足音(カカッ)

犯人「!?」

   ※BGM:疾走感のある音楽

ヴィンセント
「(小声で焦って)まずい! 警官が物音を立てた! 
隠れてるのがバレたぞ!」

ジョーンズ
「くそおおおっ!! 総員かかれ! ヤツを捕まえろーー!!」

  ジョーンズ警部、総員に合図を送る
  警察官、犯人に向かって一斉に飛びかかる

※SE:笛の音(ピーッ)
※SE:大勢の足音(ドドド)
※SE:大勢が飛びかかる声(ワーー)

  グレイ、その光景を遠巻きに見ている

グレイ「(冷静に)やれやれ、どうにもカッコ良く決まらないのが
ジョーンズ警部らしいですね」

ヴィンセント「グレイ! 俺たちは行かないのか?」

グレイ
「犯人を捕まえるのは警察の仕事ですよ。(意味深)……それに、あちらさんはこんな展開お見通しでしょう。次の一手を打ってくるに決まっています」

  突然、爆発音がして展示室がスモークに包まれる
  警察官たち、パニック状態になる

  ※SE:派手な爆発音(ドーン)
  ※SE:スモークが漂う音(モクモクモク)※あれば
  ※SE:大勢がパニックになっている声(わ――わ――)

グレイ
「(煙から身を守りつつ)ほら、言った通りでしょう?」

ヴィンセント
「(驚いて)な、なんだこれ!? スモークか!? 真っ赤な煙が部屋中に漂ってる!犯人の姿はおろか、一寸先も見えないぞ!」

ジョーンズ
「(悔しそうに)ぐうううっ!!
おいっ!! ダイヤは無事か!?」

警察官A
「ジョーンズ警部、大丈夫です!
 ダイヤは盗まれていません……!」

  警察官A、飾り台を指し示す
  ダイヤ、最初と同じように鎮座している

ジョーンズ
「犯人の身柄は!?」

警察官B
「す、姿を消してます!!そんな馬鹿な、確かに捕まえたはずなのに!!」

  警官たち、動揺してわざつく
  ジョーンズ、怒り混じりに叱咤する

   ※SE:大勢がざわつく声(ざわざわ)

ジョーンズ
「ええい、動じるな!!まだ近くにいるはずだ! 何としても捕らえろーー!!」

警官たち、展示室を走り出ていく
  グレイとヴィンセント、そのまま取り残される

   ※SE:大勢の走る足音(ダダダダ)
   ※BGM:疾走感のある音楽→終わり

ヴィンセント
「グレイ、俺たちも行くぞ!」

グレイ
「(冷静に)いいえ、私たちはまだ解決すべきことがあります。ここを離れてはいけませんよ」

ヴィンセント
「は? どういうことだ?」

グレイ
「幼い頃に両親に言われたことはないですか?道に迷ったら、必ず元いた場所に戻りなさい、と」

グレイ
「私はね、犯罪者も似た心理状態にあると思うんです。やり残したことがあれば、必ず現場に帰ってくる……」

グレイ
「(キメセリフっぽく)さあ、おいでなさい。国王陛下のご加護のもとに、贖罪のお茶会を始めましょう」

  ヴィンセント、息を殺す
  そこへ、無邪気な笑い声が響き渡る

アドラー
「(エコー加工)……ふっ、ふふふふ!
 あははははっ!」

ヴィンセント
「!? この笑い声! 本当に戻ってきたのか!?」

グレイ
「ご尊顔を見せていただけませんか?これほどの騒ぎを起こした相手を、しっかりと、この目に焼き付けたいのです」

アドラー
「(エコー加工)ふふっ、ふふふ……」

  アドラー、展示室の奥の部屋からやってくる
グレイたちに近づく

   ※SE:甲高い足音(カツーン)

ヴィンセント
「(動揺して)……っ!
 ヤツがくる!」

   ※SE:フードを脱ぐ音(シュルッ)
   ※SE:服の衣擦れの音(パサ)

  ※BGM:緊迫したシリアスな音楽→始まり

アドラー
「ご機嫌よう、グレイ・ホームズ。
 そして、ドクター・ヴィンセント」

ヴィンセント
「(動揺して)……コイツ!
俺たちのことを知ってる……!」

アドラー
「(愉快そうに)ふふふっ」

グレイ
「やあ、やっとお会いできましたね。ロンドン市警が手荒なマネをしてすみません。私たちも、勘違いしていたことを謝らなければならない」

グレイ
「今回の事件、警察はあなたが犯人だと思い込んでいる。しかし、それは半分真実であり、半分は嘘だ。なぜなら、あなたの目的はダイヤを盗むことではなかったから」

ヴィンセント
「グレイ、何の話だ?」

グレイ
「ヴィンセント、覚えているでしょう?『イーストエンド』の娼婦たちは、
ギャングがダイヤについて嗅ぎ回っていると言っていました。つまり、生誕祭の前夜にダイヤを盗もうと計画していたのは、ギャングの一味だったのです」

ヴィンセント
「ええっ!?」

グレイ
「真犯人はその情報をいち早く入手していた。そして、ギャングが盗みに入る前に先手を打つことにしたんです。ロンドン市警に予告状を送り、警官を集めさせて、ダイヤの警備に人員を割くように仕向けた」

グレイ
「そうすれば、ダイヤは確実に守ることができる。私たちとカーチェイスをしたギャングだって、忍び込む隙がありません。(シリアスに)……しかし、他の美術品はどうです?恐ろしいほど警備が手薄になるはずだ」

ヴィンセント
「(ハッとして)まさか……そういうことか!」

グレイ
「真犯人のターゲットは最初からダイヤではなかった。この奥の部屋にある、美術品だったのです。警察が架空の犯人を追いかけ、騒ぎが落ち着いたところで、悠々と盗み出すつもりだったのでしょう」

グレイ
「もっとも、ただの泥棒にしては手が込みすぎていますけどね。予告状に毒草の樹液を染み込ませるなんて、まるで、専門家に謎を解いてほしいと言わんばかりだ。見たところ、獲物の美術品も手に入れていないようだし……私たちがこの部屋に残るとわかったうえで、戻ってきたとしか思えない」

グレイ
「あとは、ご本人からお聞かせ願えますか?おしゃべりが弾んでいるのに、お茶もお出しできずすみません」

  グレイ、丁寧に礼をして推理を終える
  アドラー、嬉しそうに微笑む

  ※BGM:緊迫したシリアスな音楽→終わり

アドラー
「ふふっ、君が淹れる紅茶はさぞかし美味しいだろう。一度味わってみたいよ、グレイ」

アドラー
「噂に違わぬ名推理だが、ひとつだけ間違っているな。奥の部屋の美術品は、すでに盗んである」

グレイ
「おや、それは失礼しました」

アドラー
「……しかし、気が変わったからな。ロンドン塔の警備室にでも送っておこう。美術品なんかよりずっと、刺激的で魅力に溢れたお宝と出会えた。今回の収穫はそれだけで充分だ」

アドラー
「ふふっ、まるで生誕祭のように楽しい出来事だった。
 君たちに感謝しておこう」

  アドラー、2歩下がる
  そのまま踵を返して、立ち去ろうとする

  ※SE:ゆっくり歩く足音(カッカッ)

ヴィンセント
「(勇気を振り絞って)……待て!うちの大学の植物園を荒らしたのも、あんたか?ジャイアント・ホグウィードを始め、たくさんの草木が被害にあった。決して許せる所業じゃない!!」

アドラー
「(困ったように)お怒りはごもっともだ、ドクター。
 しかし、植物荒らしの犯人は別にいる」

ヴィンセント
「……何だって?」

アドラー
「僕も花々を愛する一人でね。
 あの事件には、心を痛めていたんだ」

アドラー
「いつかは、悪しき愚行も白日の元に晒されるだろう。
 その日まで、このロンドンで真実を追い求めることだな」

  アドラー、2人に向き直る
  ニヤッと不敵に微笑む

   ※SE:甲高い足音(カッカッ)
   ※SE:フードを脱ぐ音(シュルッ)
   ※SE:服の衣擦れの音(パサ)

アドラー
「(エコー加工)……僕はアドラー。覚えておいて損はない名前だ。また逢おう、名探偵とその助手よ」

   ※BGM:華やかで叙情的な音楽→始まり

グレイ
「(独り言で意味深に)アドラー……」

  アドラー、スモークとともにバラの花びらを撒く
  消えるように、その場からいなくなる

※SE:派手な爆発音(ドーン)
   ※SE:スモークが漂う音(モクモクモク)※あれば

ヴィンセント
「くそっ、またスモークだ!
 グレイ、捕まえなくていいのか!?」

グレイ
「ここで追うのも野暮でしょう。お宝は返すと言っていましたから、その言葉を信用してみるのも一興ですよ」

グレイ
「……おや?
煙にまぎれて、何か降ってきますね」

  グレイ、地面に落ちたソレを拾い上げる
  ヴィンセント、覗き込む

  ※SE:軽いモノが舞う音(さらさら)
  ※SE:軽いモノが地面に落ちる音(パサッ)
  
ヴィンセント
「……これは、バラの花びらだな。花弁の形からして、ヨーク・アンド・ランカスターだろう。白とピンクが縞模様に混じり合う品種だ」

グレイ
「(ボソッと呟いて)テューダーローズ」

ヴィンセント
「……ん?」

グレイ
「この薔薇は、イギリス人にとって深い意味を持つんですよ。戦争の歴史を語り、英国王室の紋章ともなった。イギリスを象徴する花なのです」

グレイ
「(独り言っぽく意味ありげに)国王陛下をお祝いしているつもりか、それとも……。いずれにせよ、この出逢いはさらなる事件を呼びそうですね」

  グレイ、花びらを見つめながら笑う

ヴィンセントN
「こうしてロンドン塔の騒ぎは、被疑者逃走のまま、幕を閉じた。後日、美術品も無事に戻ってきたらしい。今回良いところなしのジョーンズ警部は、
『次こそ捕まえてやる』と意気込んでいるそうだ」

ヴィンセントN
「一方の俺は、あの日からずっと考え込んでいた。トゥルーピング・ザ・カラーの騒がしさも気にならない。それほどに謎が山積みになっていた」

※BGM:華やかで叙情的な音楽
→ゆっくりFO

『ヴィンセント博士のミステリーサンプル』第4話終わり

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