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ウサギノヴィッチにエッセイマガジン。主に短編小説の書評のようなエッセイ中心だが、文学周りだけでなく、サブカルやガジェットまで取り扱う、なんでもエッセイ。
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#小説

230枚書いて(ウサギノヴィッチ)

 100枚と130枚の小説を書いた。  この一ヶ月で。  まぁ、それだけ暇をしているということなのですが。  自分で点数をつけるなら、100枚の方が80点、130枚の方は60点と言ったところだ。  100枚の方は今まで自分のやってきたことのないことをやった。以前、自分の知り合いにこれジャンルでやった方がいいんじゃないか、と言われたことがある。しかし、あまりにも自分が未熟なために、やる気にならなくてやらなかった。  100枚を書こうとしたときの自分の気持ちは、今なら、それができ

それは罠です(ウサギノヴィッチ)

「マルハタリラ」  ぼくの友達が、薬で捕まったときにぼくはちょうど彼と電話をしていた。彼は、よくその言葉を使っていた。 ──マルハタリラが今日うちにやってきてさ、掃除してくれるのよ。あの子気が利くじゃん。だからさ、本当に助かるわぁ。  話の途中で、カシュッていう音が入るきっとタバコを吸っているのではないだろうかと思う。ぼくは、彼の口から出た「マルハタリラ」の意味を尋ねることなく、淀みなく彼と話を続ける。 ──そうなんだ。優しい人なんだね。大切にしな。  ふぅと煙の吐く音がする

長所と欠点(ウサギノヴィッチ)

 公道に面する窓はいつも締め切っているし、カーテンも閉じていた。しかし、その方角は日が照っている方角で、どうしても、カーテンだけは開けたいと思ってしまう。時々カーテンの代わりに、シャワーを浴びたときに使ったタオルをカーテンレールに引っ掛けるときがある。カーテレールの上のところも、そこだけホコリが溜まっておらず、キレイだし、タオルも部屋干しなので臭いが付く。  コンビニの夜勤のアルバイトなので、普通のサラリーマンとの働いている時間が違う。だから、洗濯するタイミングも夜やってもい

輝ける星の中で

「ゴミ箱が机の近くにある人は、優秀な学者になれる」はイギリスのピーター・ランセル氏が世界ユナイデットインテリ協会に提出した二百枚に及ぶ論文の三十五ページ目の二十四行目の引用だ。  これを読んだ協会員はあながち間違えではないと思う一方で、自分はどうだったかと思い出したになった。中でには、ゴミ箱と机の距離で優秀かそうでないかなんて決まるはずがないと反対するものもいたが、その人は案外効率的な人間で、机の周りで手の届く範囲には、ティッシュとペン立て、メモ帳、ゴミ箱などあったら便利な物

新宿の飲み屋でフィルムカメラと野性爆弾のくっきー!(ウサギノヴィッチ)

 この前の日曜日、二月十七日にPさんとあんなさんと新宿で飲んだ。  楽しかった。  実はその前に、ぼくは十年以上付き合いのあるコンビニでアルバイトをしていたときの先輩と会っていたし、Pさんは元同人活動をしていた、ぼくも知り合いの人と会っていた。  だから、Pさんとあんなさんに会うのはぼくにとっては二軒目ぐらいのつもりでいた。  なので、前のテンションを保ったまま二人に会っていて、しかも、そこにお酒がプラスされていい感じに酔っ払ってしまった。  あんなさんは、台湾に留学をしてい

やめろー、ジョッカー、ぶっ飛ばすぞー(ウサギノヴィッチ)

 カップ焼きそばって、焼いてないよね。  歌舞伎揚げって、けっこう傾いているように思える。  アメリカンスピリットはタバコ税の高いアメリカではどのような扱いを受けているのだろうか?  甘酒は濁酒。  なんてことを考えながら歯医者の治療を耐えている。麻酔のせいで痛くはない。麻酔の注射を受けるときに。もし、なにかの間違いで一生麻痺が残るようになったらどうなるのだろうかと思いながら、ただされるがままの治療台の上で目にはタオルを乗せられて考えている。  口というのはブラックホールの入

2020年、読んだ本リスト(随時更新)(ウサギノヴィッチ)

伊藤なむあひさんがやっているのを見て、堂々とパクらせてもらいます。 ごめんなさい、伊藤さん。 ありがとう、伊藤さん。 誰も教えてくれなかった死の哲学入門 内藤理恵子 今書いている小説のテーマが「死」についてで、ざっくりでもいいから「死」についての哲学を学ぼうと思って買った一冊。めちゃくちゃわかりやすかった。表紙の図にも出ているように、キルケゴールの死は新しい生への通過点、ニーチェは永劫回帰、サルトルの死は人生との因果関係がない、死は生という世界の中に組み込まれている、みた

全自動焼肉機(ウサギノヴィッチ)

 全自動焼肉機がAppleから発売された。Appleショップでは徹夜組も合わせて、三千人が表参道店では並んだらしい。  全自動焼肉機の素晴らしいところは、液晶パネルにある。たった二インチのモニターにリテーナディスプレーを採用し、色の発色は4Kテレビにも匹敵する美しさであるとこである。そこに、「タン」「ハツ」「ミノ」「レバー」「ハラミ」「カルビ」と表示されるし、「レア」「ミディアム」「ウェルダム」とも表示される。文字の色は、往年のiPodを懐かしがらせる白黒ときている。  そし

KO(ウサギノヴィッチ)

 頭の中で桜島が噴火した。  ここは関東平野の北でもなく南でもなくちょうど真ん中。天気予報で、「北関東」を見ればいいのか、「南関東」を見ればいいのかわからない。しかも、中途半端に栄えている。東武東上線の急行が止まる。つまり、ここは志木だ。志木駅という割には、新座市がすぐにあるし、駅から数百メートルで住宅街になる。その数百メートル行った先のところにあるK O大学の附属高校に入りたいと思っている。いや、思った。思った瞬間に立ち上がって、拳を天に突き上げた。音楽の授業中で、みんなエ

それになんの意味があるというのかね?(ウサギノヴィッチ)

 夢を見た。  ファナティッククラッシュのボーカルのインマイヘッドが脱退をして、代わりにテイルトゥノーズが入るという噂を池袋の大都会の大将から聞いたときに、ぼくはファミマのおでんのはんぺんを丸ごと飲み込んでしまった。これがぼくの好きな餅巾着じゃなくてよかったな、なんて思って、Twitterを開いて情報を収集再開していると、not Butのドラムのジミーが椎間板ヘルニアで長期離脱というニュースを見つけた。もう、五十五才なのに、あと五年はインディーズは続けて欲しかったし、六十で

ダラダラとした新年(ウサギノヴィッチ)

どうも、ウサギノヴィッチです。 新年明けましておめでとうございます。 本年もいろいろと書いていく予定なので、よろしくお願いします。 さて、今日は元旦です。 休みでなぁ〜んにもすることがない。 まぁ、やることはあるんですけどね、ラジオの編集したりとか、読書会の小説を読んだりとか。 でも、それよりぼくが毎年年末年始にやっていることは、小説を書くことです。一年の最初からストイックに書く姿勢でいることを自分に植え付けることを毎年しています。それをほぼ毎年やっています。 だから、昨

失敗した自論、又の名をただ徒然なるままに(ウサギノヴィッチ)

だれかが言っていた。 「霜降り明星はダウンタウンの影響を受けていない」と。 この場合のお笑いの影響は、特には漫才のことを指す。 霜降り明星は、大体二十代後半だったような気がする。 そんな年の子がダウンタウンの漫才なんか見たことがあるだろうか? いや、あるとは思うが、そこで影響を受けていないと言うことだ。それはお笑いにとっては新しい世代の登場なのだ。 それを別のジャンルで考えて、ぼくがよく語る「文学」に置き換える。 文学は本屋に行けば新しいのがあるし、古本屋に行けば古い本だ

古い訳と新しい訳との狭間で(ウサギノヴィッチ)

どうも、ウサギノヴィッチです。 今回は難敵でした。 ゴーゴリの『外套』です。 ラジオの収録が終わると二人で本屋さんに行って、次回収録の読書会の課題本と自分が読みたい本を買うんですが、ぼくがこのエッセイやっているのを知っているので、「なにかいいのない?」みたいなことを尋ねたら、「ゴーゴリがいいじゃない?」という話になりました。 でも、その本屋さんにはゴーゴリの本が売り切れていて、別の日に、別の本屋でそういえば、P さんがそういうことを言っていたなと思い出して、岩波文庫のゴーゴ

言われなくてもやってると思うけど、やりたいようにやりなよ(ウサギノヴィッチ)

どうも、ウサギノヴィッチです。 小説、特に純文学に登場する主人公は大体コンプレックスの塊みたいな人間が多いような気がするなぁと思います。 そうすることで、同じ悩みを持つ読者の共感を呼んだり、違う思想の人にインパクトを与えるというのがあるのではないだろうかというのがあります。 それに、悩みがない人間が登場することに進むのはエンターテイナー的な話で、敵が出てきたら戦ったり、仲間と交流したり喧嘩したり、まぁ、なにも考えてないわけではないけども、物語はスイスイ先に進んでいくのではな