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長所と欠点(ウサギノヴィッチ)

 公道に面する窓はいつも締め切っているし、カーテンも閉じていた。しかし、その方角は日が照っている方角で、どうしても、カーテンだけは開けたいと思ってしまう。時々カーテンの代わりに、シャワーを浴びたときに使ったタオルをカーテンレールに引っ掛けるときがある。カーテレールの上のところも、そこだけホコリが溜まっておらず、キレイだし、タオルも部屋干しなので臭いが付く。
 コンビニの夜勤のアルバイトなので、普通のサラリーマンとの働いている時間が違う。だから、洗濯するタイミングも夜やってもいいのだが、変な気遣いにより、夜勤明けの使ってしまい、コンスタントに洗濯はできなかったし、住んでいるアパートの向かいにコインランドリーがあって、金に物を言わせて、乾燥だけはそれを使っていた。
 当然のことながら、晴れた日のコインランドリーはだれもいない。ときどき、猫が迷い込んできて、寝ているところを見たことがる。牧歌的な考えな人間なのかもしれないが、自分が、乾燥機に入れて回したところでだれも盗む奴はいないだろうと思って、そのまま放置して、自分のアパートの部屋に戻って適当にゲームをやったり、テレビを見たりにしていた。
 政治はそのとき、変わろうとしていた。長らく続いた政党から、別の野党に変わろうとしていた。それは事件だった。でも、自分の中で、それは大したことではないことだとだと思っていた。
 実際に、大きなことは起きなかった。政府が官僚をコントールできずに、倒されていった。そんなイメージ。間違いかもしれないけど。
 山田さんがコンビニのアルバイトの新人に入ったのはその頃だった。彼は、何もできなくて、レジ打ちもおぼつかない人間だった。先輩と話し合った結果、山田さんは最初の方は、レジ打ちだけに手中してもらおうということになった。
 ただ、問題があった。働いているコンビニは、朝のラッシュがあった。六時から九時の間で三百人近くの人を捌かなければならない。そこも対応を考えて、彼は、二十二時から三時までの勤務をしばらくしてもらうことにした。中番というものである。
 それでしばらくやって、レジ打ちに慣れたのが二週間くらいだった。それから今度は、揚げ物のメニューだったり、おでんの片付けだったり、中華まんを温めている機械の洗浄だったり、とにかく、覚えることが多かった。
 一通りのことを教えてから、一ヶ月、山田さんは来なくなった。
 電話しても、着信拒否しているのか、つながらなかった。
 さらに一ヶ月、山田さんは無断欠勤で辞めさせられた。
 自分の生活は相変わらずだった。何かもわらない。しいていえば、シフトがきつくなったくらいか。先輩は週六で入っていたりするから、すごいなと思う反面、もう、それがアイデンティティなのかもしれないと思ってしまう。
 今日も洗濯して、コインランドリーに持っていってお金を投入する。四百円。
 なんとなくだけど、コインランドリーの待合室で本読んでるのってかっこいいよなぁと思って、本を持って行く。本は、太宰治の『走れメロス』。本を読みなながら、タバコを吸いながら、待っていると、入り口に影ができる。
──Uさん、じゃないですか。
 自分の名前を呼ばれるなんて、珍しくて、バイト仲間でもこの近所に住んでいることは言っていないし、住んでいる人はいない。
 声がする方を見ると、山田さんだった。山田さんには別に、好きとか嫌いとか、裏切ったとかそんな感情を持っていなかったので、すんなり彼のことを受け入れることができた。
──山田さんじゃないですか。ここら辺に住んでるんですか?
──はい、ちょっと遠いんですが、三丁目の方なんですよ。
──へぇ、そうなんですか。
 山田さんは。洗濯機に洗濯物を入れて、洗剤も入れて、お金も入れて、スタートボタンを押す。
──すいません、仕事を中途半端な形で辞めちゃって。
──いいですよ。僕は気にしてないです。上の人たちは、怒ってましたけど。
 ちくりと刺す。
──ですよね。でも、ですね、実は私には、ある能力があるんです。信じてもらえないでしょうが。
 突然、話の毛色がが変わったので相手をびっくりしたような表情で見てしまう。
──というと、相手の心が読めてしまうんですよ。今も、貴方は、驚いたし、私のことを半信半疑でいらっしゃる。
 頷くこしかできない。
──だから、あんなに大勢お客さんの出入りする店には、私には向かなかった。どこかで、自分の能力と対峙しないといけないなとは思っていたんですが、流石に朝の三百人に到底耐えきれませんでした。
──今、何しているんですか?
 ふと、気になり質問を投げかける。
──今は小さな本屋で働いてます。すごい楽です。お客さんが探している本を、すぐに探して上げられるので。相変わらず、機械の操作は苦手ですか。
 山田さんの話が終わる頃、僕の乾燥機が動きを止めた。
──話せてよかったです。また、いつか話せたら、嬉しいです。
──そうですね。
 僕は急いでいるわけでもないのに、早く仕舞わなければいけないと思いしまい。コインランドリーを出て行った。
 アパートに着いて気がついたのだが、タバコとライターと『走れメロス』をコインランドリーに忘れていたが、どんなに近くても、取りに戻るのが面倒臭いと思った。

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