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輝ける星の中で

「ゴミ箱が机の近くにある人は、優秀な学者になれる」はイギリスのピーター・ランセル氏が世界ユナイデットインテリ協会に提出した二百枚に及ぶ論文の三十五ページ目の二十四行目の引用だ。
 これを読んだ協会員はあながち間違えではないと思う一方で、自分はどうだったかと思い出したになった。中でには、ゴミ箱と机の距離で優秀かそうでないかなんて決まるはずがないと反対するものもいたが、その人は案外効率的な人間で、机の周りで手の届く範囲には、ティッシュとペン立て、メモ帳、ゴミ箱などあったら便利な物が全てそこにはあった。

 ある晴れた朝。朝食のトーストがこんがり焼けた匂いする食卓。キッチンからは、目玉焼きを焼く音がする。その光景の中に、ポリバケツのような大きいゴミ箱がドカンと、バチコンとハマっている。捨てているのは、ゴミ。ゴミをまとめて捨てている。燃えるゴミも燃えないゴミもビンと缶もペットボトルもだ。回収日がきたら、手でより集めて捨てている。もちろん臭いはきついが、無臭にする芳香剤を使っている。
──おはよう。
 眠そうに起きてきたのは、娘の愛美だった。愛美jは今年高校に入学して、中学生であることの気分が消えないでいる。高校は、最寄りの駅から電車で二十分のところにある。電車は下りなので、悠々と座れて、その間に軽く眠ることができる。そのことによって、高校生の自分へとスイッチングできているんのであろう。
──おはよう。今日、遅くない? 早く、顔洗って、歯を磨いてらっしゃい。その間に朝ご飯作っちゃうから。
──はーい。
 愛美は洗面所と向かっていった。
 母親は愛美と二人分の朝食を作っていた。目玉焼きを皿に載せたところで、ちょどう愛美が洗面所から帰ってきた。そのまま、自分の席につき、急いでマーガリンをトーストにつけて食べ始めた。
──今日、朝練あるんだよね。忘れてた。なんで起こしてくれないの?
──そんなの知らないわよ。自己責任でしょ。
 トーストだけ食べ終えた愛美は立ち上がり、自分の部屋に戻って行った。
 残った目だ焼きとレタスとミニトマトをポリバケツの中に母親は問答無用にガサッと捨てた。
ポリバケツは上下動き、まるで人間が咀嚼しているようだった。
──お父さん、そんなに慌てて食べたらお腹壊しますよ。
 ポリバケツがピタッと動きを止めると、それが食べ終わった合図だった。
 父、太一郎、ポリバケツ生活三年目の春、仕事は優秀だったが、人とのコミュニケーションはうまくなかった。だから、出世競争からは早々に脱落した。
 なぜ、仕事は至って真面目で丁寧だった。上司や仲間から言われた企画書は締め切りの一日前には提出していたし、領収書も溜めることなく経理に出していた。ただ、小心者で、特に女性に大しては苦手意識があって、書類を手渡しするときには手が震えてしまっていたり、自分のデスクを少しだけ女性に遠慮して譲ってしまったり、と、よくもまぁ結婚なんてものができたなぁと思う男であった。
 その日は突然やってきた。
 彼は課長に肩を叩かれた。
──君、ちょっと西の方に行ってくれないか? マイホームを建てたって噂で聞いたけど、申し訳ない、三年でいいんだ。我慢してくれないか。
 彼はそれが嫌でしかたなかった。悔しかった。デスクにいるのが辛かった。立ち上がろとした、そのとき、彼は自分のデスクのしたにおいてあったゴミ箱に足を突っ込んでしまい転んでしまった。
 それから閃いた、自分はこのままでいい。自分は社会のゴミになればいいと。
 彼はビルの一階にあるコンビニに足を突っ込んだまま昔、便箋と封筒を買いに行き、自席に戻って辞職願を書いた。
 書き終わると、足にゴミ箱を突っ込んだまま課長の席に行き、提出した。課長は、顎が落ちたような顔をしていたし、その後に引き留め工作をしたが、足にゴミ箱を突っ込んだ太一郎にはなにも意味がなかった。
 その日で、退職して、太一郎は帰りにポリバケツ通販サイトで買った。会社を辞めたことは妻や娘には説明したが、納得はされたが、どこか侮蔑されたような部分もあった。これは被害妄想的な部分もあるが。
 ポリバケツが届いたのは翌日で、使い方を二人に説明して自分は中に潜り込んだ。自分は社会のゴミであること。でも、それでも、輝いたなにかであること。意味のないものなんかない。そう自分を鼓舞した。今も彼はポリバケツの中にいる。

 協会の日本代表徳田秀二は太一郎のことを紹介したが、皆が、「ヒューマンダスト」と言って、罵った。ただ、インドの代表のマッサール・ムハジだけは、「生仏のような尊い人だ、心だけは」と言った。

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