見出し画像

The Libra:世界経済フォーラムからポスト・コロナ資本主義をみる

▼エコノミクス・ポリティーク短信

本稿では,世界経済フォーラムの主宰シュワブ(Klaus Schwab)が最近,Project Syndicate誌に寄稿した記事「Post-COVID Capitalism(ポスト・COVID資本主義)」から,資本主義の再考すべき点について要約しながら見ていく.

+シュワブの寄稿記事は以下のリンクから

▼戦後の国際協力と貿易の成果

 シュワブは,現在のCOVID-19危機(コロナ危機)の影響について,「WW2の終結以来,COVID-19ほど深刻な世界的影響を与えた出来事はない」と断言している.そして,このコロナ危機への対応については,以下のように書いている.

このような危機への唯一容認できる対応は,我々の経済や政治,社会の「グレート・リセット」を追求することである.

 シュワブは,現在はパンデミック以前の(不可侵的な)世界システムを再評価する時期であると同時に,長年の価値観を守る時期でもある,と述べている.そして,現在の人類社会が直面している課題とは,「過去75年間の成果をより持続可能な形で保存すること」だという.

 WW2後の数十年間,世界は大きく進歩した.貧困の撲滅/小児死亡率の低下/平均寿命の伸び/識字率の拡大――これらは,その最たる例である.
 そして,これらの成果は,戦後の国際協力と貿易によって牽引され,人類の進歩を示す他の多くの指標をも牽引したとしている.それゆえ,コロナ危機によって生じた(グローバリズムへの)“懐疑論”に対しては,国際協力と貿易を守り,維持していかなければならないとしている.

▼第四次産業革命のテクノロジー

 シュワブは一方で,パンデミック以前の世界における明確な問題であった,「第四次産業革命」とそれに関連する無数の経済活動のデジタル化にも焦点を当て続ける必要があると述べている.
 近年の技術進歩は,ワクチン新たな治療法個人用保護具の急速な開発など,現在のコロナ危機に立ち向かうために必要な手段を与えてくれた.
 それゆえ,研究開発や教育,イノベーションに投資し続ける必要があるとしているが,同時に,技術を悪用する存在に対して,(技術の)保護を構築する必要も主張している.

▼時代遅れの慣習(1)ー新自由主義の再考

1)国際協力と貿易を守る
2)研究開発・教育・イノベーションへの投資
3)技術の悪用を防ぐための制度の構築

 上記の三つが,シュワブがコロナ危機に直面して必要性を主張しているものである.しかし,彼は同時に,もっと根本的なものについて見直すべきだと主張している.それは何か? ――新自由主義である.

 「世界経済フォーラム」に対する個人的な印象といえば,国際社会・経済のあり方を定義する重要な国際機関であり,まさに現代の人類社会のフレームワークを提供する存在である.
 この世界経済フォーラムを主宰するシュワブ(言い換えれば,現代の国際社会におけるエスタブリッシュメント的存在)が,1980年代以降の先進国を席巻した「新自由主義」の見直しについて言及することは,非常に興味深いことだといえる.

▼時代遅れの慣習(2)―自由市場原理主義の再考

 シュワブは,現代のグローバル経済システムのシボレス(shibboleths)は,オープンマインドで再評価される必要があるとしている.そして,その中でも特に重要なものとして,新自由主義的アプローチを位置づけている.
 シュワブは,新自由主義的なアプローチとして「自由市場原理主義」を挙げ,以下のように批判している.

自由市場原理主義は,労働者の権利と経済的安全保障を侵食し,規制緩和による底辺競争と破滅的な租税競争を引き起こし,大規模な新しいグローバルな独占企業の出現を可能にした.

 彼は,何十年にもわたって新自由主義の影響力を反映してきた貿易,関税,競争のルールは見直されるべきだとしている.そうでなければ,今日において先進国のいくつかで見られている,保護主義のような“損をする”経済戦略へと後退する危険性を警告している.

▼時代遅れの慣習(3)―資本主義の再考

――それでは,具体的に何をすべきなのだろうか?

 シュワブは,「資本主義」への集団的コミットメントへの再考の必要性を述べている.そこで先ず,彼は排除“すべきでない”ものを挙げる.

 明らかに,我々は成長の基本的な原動力を排除するべきではない.過去の社会的進歩のほとんどは,起業家精神と,リスクを取り,革新的な新しいビジネスモデルを追求することによって富を創造する能力に負っている.

 そして,気候変動のような問題に直面している現在において,資源の効率的配分と,財・サービスの生産を行うための市場は必要であると述べる.

 その一方で,金融や環境,社会,人間など,さまざまなカタチでの「資本(capital)」とは何を意味するのか,ということを再考すべきだと述べる.シュワブは,この問いを踏まえた上で,現代の消費者が“企業”に何を期待しているのかを挙げる.

今日の消費者は,より多くの優れた商品やサービスを適正な価格で提供されることを求めているのではない.むしろ,企業が社会福祉や公益に貢献することをますます期待しているのである.

 したがって,現代においては,新しい種類の「資本主義」に対する根本的な必要性と,ますます広まっている需要の両方の存在を指摘する.

▼時代遅れの慣習(4)―企業の役割の再考

資本主義の再考についてまとめると,以下のようになる.

1)新しい種類の「資本主義」に対する根本的な必要性
2)(現代の消費者の)企業が社会福祉や公益に貢献することへの期待

 シュワブは,資本主義を再考するためには,企業の役割を再考しなければならないとしている.
 新自由主義の初期の代表的な提唱者,経済学者ミルトン・フリードマンは,企業に対して「株主優先主義」を提唱した.しかし,フリードマンにはこのとき,株式公開企業が単なる商業体ではなく社会的組織であるという考えが欠落していた.

 米国のビジネス・ラウンドテーブルは昨年,企業資本主義の「ステークホルダーモデル」のコンセプトを採用したことで,こうした傾向が加速した.
 しかし,より社会的・環境的に配慮したビジネス慣行の定着のためには,企業はより明確なガイドラインを必要としている,とシュワブは指摘する.そのため,世界経済フォーラムの「国際ビジネス協議会(International Business Council)」は,企業が価値とリスクを評価する際,ステークホルダーの意見を一致させることができるように「ステークホルダー資本主義指標(Stakeholder Capitalism Metrics)」を開発したという.

▼COVID-19危機が示したもの

 シュワブは,現在のCOVID-19危機が人類に何かを示しているとすれば,という仮定を置いて,以下のように述べている.

COVID-19危機が我々に何かを示しているとすれば,政府は企業,市民社会グループが単独で行動しても,システミックな世界的課題には対応できないということだ.

 したがって,これらの領域(政府,企業,市民社会グループ)を分離したままにしているサイロを打破し,官民協力のための“制度的なプラットフォーム”の構築を始める必要がある,とシュワブは指摘する.そして,同様に重要なのは,それらのプロセスに若い世代が参加することだという.

▼ポスト・コロナ資本主義とグレート・リセット

 寄稿記事の最後で,シュワブは普遍的に重要だと思われることを述べている.つまり,あらゆるレベルの市民の間で,多様な背景/意見,価値観を認識する努力の拡大である.そして,シュワブはコロナ危機をきっかけに加速しつつある「脱グローバリズム」の潮流に対して示唆するように,次のように語る.

我々は,それぞれに個性を持っているが,地域社会や専門職,国家,さらにはグローバルなコミュニテイに属しており,共通の関心や運命が絡み合っている.

 最後に,シュワブは冒頭で挙げた「グレート・リセット」について言及する.グレート・リセットとは,すべての人が未来を「共創」できるように取り残された人々に声に耳を傾けるものでなければならない,という.

 グレート・リセットとは,革命や新しいイデオロギーへの転換を意味するものではない,とシュワブは述べる.それは,むしろより弾力性に富み,結束力があり,そして持続可能な世界に向けた現実的な一歩だと考えるべきだ,という.
 そして,シュワブは以下の文章で寄稿記事を締めくくっている.

グローバル・システムの柱の一部は入れ替えが必要であり,他の柱は修繕や強化が必要である.共通の進歩,繁栄,健康を達成するためには,それ移譲でもそれ以下でもないことが必要である.

▼このマガジンについて


今日よりも素晴らしい明日のために――. まず世界を知り,そして考えること. 貴方が生きるこの世界について,一緒に考えてみませんか?