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“槍出せ 角出せ”はいらない 丸いままつらぬいて~読書note-26(2024年5月)~

先月は、昨年に続いて参戦した岩船山クリフステージ(タイトル写真)で、相川七瀬の歳を感じぬカッコいいライブパフォーマンスに盛り上がったり、我がリヴァプールを9年間率いたユルゲン・クロップ監督のアンフィールドでのラストゲームに涙したりと色々あったが、一番の思い出は長男が成人式以来5年ぶりに帰省したことだろうか。

もちろん、それまでも、引越の時や一昨年公務員試験全滅した時や、昨年2月に埼玉の某市役所に合格した時や、昨年10月に次男が就職内定した時など、自分が長男や妻が住む浦和に出向いて家族4人で会ってはいたので、長男の成長は目にしていた。

でも、我が家に帰ってきたことで、子どもの頃にこの家にいた長男の姿を思い出したからか、物凄く立派な社会人になったなぁと驚いた。昨年4月の入社(入庁)時は、総務部庶務課に配属となり、「何でも屋かな?」と思っていたら、実は「令規担当」となったらしく、法学部出身の知識をフル動員して難しい業務にあたっているとのこと。

いやぁ、その仕事の様子をいつものニコニコ笑顔で語る長男を見て、「あぁ、親の役目は終わったな…」と思った。もう、完全に彼は独り立ちした、この先どんなことがあっても、きっと自分で人生を切り拓いて行ける、と確信したよ。一抹の寂しさもあるが、やっぱ嬉しくて嬉しくて。

そんな喜びもあって、相変わらず会社経営は苦しいが、本を読む気持ちは戻ってきて、5月は6冊読んだ。



1.白鳥とコウモリ(上) / 東野圭吾(著)

大好きな東野圭吾さんの最新文庫本で4月の頭に既に買ってはいたが、これを普通の日に読み始めたら、何日も徹夜してしまうなと思って、GWまで取っておいた。待った甲斐あり、連休中に上下巻一気に読んだ。

「今後の目標はこの作品を超えることです」との著者のコメントがPOPになっていて、否が応でも読む前から期待は高まる。最高傑作とも帯に書かれ、ホントかよとちょっと斜に構えて読み始める。だって、自分の大好きな「秘密」、「白夜行」、「容疑者Xの献身」を超える作品は、そう簡単には出て来ないと思ってたから。

2017年東京での弁護士・白石健介殺害事件で捜査線上に浮かんだ倉木達郎は、1984年愛知で起きた金融業者殺害事件とも繋がりがあり、突然二つの事件とも自分が犯人だと自供する。一件落着かと思えたが、倉木の言動に疑問を持つ人物が二人いた。被害者の娘・白石美令と加害者の息子・倉木和真だ。その対照的な立場が、表題の「白鳥とコウモリ」という訳。

また、証拠が殆どなくとも2件とも自供した倉木の犯行で決まり、との上の方針に納得出来ぬ、捜査一課の五代とペアを組む所轄の中町の二人が、両事件の捜査を独自に続けて行く。そして、本来、出会うはずもない、いや出会ってはいけない、白鳥とコウモリが接触しようかという所で下巻へ。


2.白鳥とコウモリ(下) / 東野圭吾(著)

上巻と同じく本作の舞台の清洲橋を写した下巻の表紙は、上巻の「白」と「光」に対して、「黒」と「影」という感じで、ホント良く作られている。装丁のカッコよさで購買意欲が上がるもんね。

下巻では二つの事件、特に1984年の愛知の事件の謎が徐々に明かされていく。同事件の被害者遺族(妻と娘)が営む門前仲町の小料理屋に、加害者の倉木達郎が東京に来るたびに通っていた理由も。そして、それが2017年の東京での事件に繋がっている、という予想通りの展開なのだが...。これ以上はネタバレになるので伏せておく。

交わることのない白鳥とコウモリが真実を求め共闘していくが、何ともやり切れぬ、むなしい、悲しい、胸を押しつぶすかのどんでん返しの結末が待っている。殺人事件によって人生が大きく変わってしまう、加害者、被害者両方の家族にここまで焦点を当てた作品って、中々ないのではないか。また、SNSが発達した現代では、更なる悲劇が増殖するという側面にも。

全体の印象としては、大昔に犯した罪を隠しつつ引き摺って生きて行くという「白夜行」のようであり、愛する者を庇い身代わりに出頭するのは「容疑者Xの献身」のようでもあり、いや、その二つのミックスで進化形って感じか。そして、この二つの事件とも、せつない、せつな過ぎるのよ。そして、話が暗い、暗過ぎるのよ。

せつなさと暗さ、これぞ、東野ミステリーだよなぁ。ただ、最高傑作かと言われると、先に挙げた三作には及ばないかな。


3.人質の朗読会 / 小川洋子(著)

インスタをフォローしている読書研究家のきりんさんが以前紹介していて、設定が面白そうだったので購入。ちょうどGW前にアマプラで映画「博士の愛した数式」を見たばかりなので(深津絵里の家政婦も寺尾聰の博士も凄く良かった!!)、小川洋子さんをまた読みたいと思っていたとこだった。

南米の山岳地帯の観光ツアーで反政府ゲリラに襲われた日本人8名、結局全員死んでしまうのだが、人質となった彼らが朗読していた声を録音したテープが見つかる。それはただの朗読ではなく、各自が人生で体験したある想い出について語っていた。人質となった状況で、彼ら同志が朗読会と評し対話している様子を俯瞰的に描いた小説ではなく、完全に一人ひとりの独立した思い出話が纏められた短編集という感じ。

思わず、先日亡くなったポール・オースターが、ラジオ番組で一般リスナーから送ってもらった実話を纏めた「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」を思い出した。事実は小説よりも奇なりか、まぁ、これは小説だけど。芸人が「すべらない話」とかで話す面白い鉄板ネタなどとは違って、人質として拘束された過酷な状況でも、皆が穏やかにしみじみと語る、忘れ得ぬささやかな思い出が胸に沁みるのよ。

もし、自分だったら何を語るだろう、そんなことを想像するだけでも、ちょっと楽しい。自分の今までの人生で「一番かけがえのない瞬間」って何だっただろうと。

読了後、WOWOWで映像化されたドラマを見た。自分が当初想像していた、人質となった状況での朗読会を俯瞰した映像もあったり、そのテープをラジオで公開するという事件後の話が主となったことで、人質一人ひとりの人柄や人生をより垣間見ることが出来て凄く良かった。小川洋子さんの作品は読んだ後の余韻を楽しむものが多いが、「博士の愛した数式」もそうだが、映像化することでその余韻がエンターテインメントとして昇華する感じがあるなぁと。


4.むらさきのスカートの女 / 今村夏子(著)

先月の「こちらあみ子」に続いての今村夏子作品、以前から買ってはいたが読んでいなかったので、熱が冷めぬうちにと読む。うーん、芥川賞受賞作は、やっぱ捉え方が難しい。直木賞のように、単純に面白いものではないからね。

先月読んだ「ピクニック」の七瀬さんを更に狂気じみた感じにした「むらさきのスカートの女」、ではなく「黄色いカーディガンの女」が主人公(語り手)のお話。近所に住む「むらさきのスカートの女」と呼ばれる女性のことが、気になって仕方のない主人公が、彼女と「ともだち」になるために、自分と同じ職場で働きだすように誘導する。

周囲から浮きがちな「むらさきのスカートの女」よりも、実はその彼女に異様なまでに執着する〈わたし〉こと「黄色いカーディガンの女」の方がヤバい奴だった、というどんでん返しの構造にビックリ。たいして面白い展開がある訳でもないが、飽きさせずに次へと読ませる文体と言い、さすが芥川賞とは思う。

でも、「ピクニック」にはどこか温かさが残ったが、これには何とも言えぬ薄気味悪さしか残らない。いや、「ピクニック」のバイト仲間達の対応も、よくよく考えてみると最後に薄気味悪さが残ったか。「イヤミス」の湊かなえさんじゃないが、今村夏子さんとはそういう作家なのだろうか。逆にまた違う作品を読んでみたくなった。


5.新!店長がバカすぎて / 早見和真(著)

昨年6月に読んだ「店長がバカすぎて」の続編、著者が角川春樹との対談で「今回は笑いを抑えた」と言ってたが、充分に笑えて面白い。前作終盤で《武蔵野書店》吉祥寺本店の契約社員から正社員になった文芸担当・谷原京子の前に、あのバカ店長・山本猛が3年ぶりに帰って来た。相変わらず、バカ過ぎて!?京子ら店員達を苛立たせる。

本作では新たなおバカキャラ、同じ名字で店長の隠し子では?と店員達に噂されているアルバイトの山本多佳恵、IT企業を辞めて専務として武蔵野書店に中途入社してきた社長ジュニアなどが登場し、中堅社員というか実質店長代理である京子を悩ませる。でも、おバカキャラと思われた二人、実は...

前作同様、文芸担当ということで、京子と後輩の磯田さんが大好きな小説を語り合う場面がやっぱ好きだなぁ。自分の身近には、小説について語れる友達がホントいないから、物凄く憧れる。本屋か図書館に勤めないとそんな人と出会えないものか。SNSにはいるけど、そうじゃなく、実際に酒でも飲みながら、小説について語り合いたいんだよね。

そして、今回は社長ジュニアの登場もあり、本屋の未来像なども語られる。どんどん街の本屋さんが無くなっていく昨今、どうやって生き残っていくか、そして、書店員として京子はどう携わって行けばいいのか。京子と一緒に読者である自分も、本好きとして何か出来ることはないか、と思わず考えてしまう。密かに!?いつか、喫茶店を併設した本屋を作りたいと思っているので。

とりあえず、会社帰りに本屋に寄る回数をもっと増やそう。そんなに買う金ないけど。


6.ゴールデンスランバー / 伊坂幸太郎(著)

本屋でいつものように文庫本コーナーをすぅ~と端から眺めていたら、これもネットで誰かが紹介していたのを思い出し、思わず購入。伊坂幸太郎さんの作品は初めてかも。2008年の本屋大賞と山本周五郎賞受賞作、映画の「ダイ・ハード」や小説なら真保裕一「ホワイトアウト」とかに並ぶ、素晴らしいスリルエンターテインメント作品。主人公と共に一気に駆け抜けた爽快感があるなぁ。

首相暗殺の濡れ衣を着せられた、元宅配運転手・青柳雅春が、仙台を舞台にとにかく逃げて逃げて逃げまくる。「ダイ・ハード」や「ホワイトアウト」の相手はテロ組織だが、本作の相手は警察(国家)だ。この事件には得体の知れぬ大きな力が働いていて、相手は無実を主張する青柳を殺すことも厭わない。

八方塞がりの状況ではあるが、大学時代の仲間達を始め色々な人々が青柳を助ける。大学時代の仲間が逃亡を助けるところは、ちょっと東野圭吾の「片思い」に似てる。あれはバリバリの体育会のアメフト部だったが、青柳達はゆるゆるのサークル「青少年食文化研究会」、別名「ファストフード友の会」だ。

何でこんな目に遭うのかという絶望感と大学時代へのノスタルジーが、時折入る表題のビートルズの曲の歌詞と相まって胸に沁みる。やっぱ、ホントバカやって過ごした大学時代の仲間って、自分もそうだけど特別なんだよね。大学時代の友人と今でも年一回くらい飲むけど、ホント理屈抜きに楽しいもん。

そして、最後には怒涛の伏線回収、解説では「広げた風呂敷は畳まない」みたいなこと仰ってたが、充分過ぎるほど畳んでて、伏線回収大好きマンの俺的には大満足。


冒頭に述べたクリフステージで「ライブってやっぱ良いなぁ」と思った翌週、ABEMAでメトロックの無料独占生中継をやっていて、TOMOOのパフォーマンスを見た。関ジャムの2023年マイベスト10で、蔦谷好位置もいしわたり淳治も挙げてたので、存在は知っていたがじっくり聴いたのは初めて。

いやぁ、見た目とのギャップある、その低い第一声にやられてしまった。今のヒットチャートを賑わす女性アーティストは皆、高くて可愛らしい声ばかりなので。もう、最初の「Ginger」が、声が低いのにめっちゃPOPで、たまんないのよ。

そして、ラストの彼女の代表曲「Super Ball」、R&BっぽいAメロに低い声が凄く合う。そして、本noteのタイトルに挙げた二番のサビ「〝槍出せ 角出せ‘’はいらない 丸いままつらぬいて」を聴いたら、思わず長男を思い出してしまった。

長男は、学生時代に反抗期もなく、幼い頃から常にニコニコ笑顔と穏やかな性格で、周りの我々家族や友人達を和ませてきた。とんがることがカッコいい、正義だとの風潮もあるが、この歌詞のように丸くて柔らかいありのままの長男で、厳しい時代を生き抜いてほしい。君ならきっとスーパーボールのように、弾けて空に向かって高みまで飛んでいけるさ。

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