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ろんぐろんぐあごー

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デビュー以前に書いた素面では到底読めない作品をひっそりと公開。
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2023年1月の記事一覧

フォスター・チルドレン 69

フォスター・チルドレン 69

第6章 私の願いを聞いてください(3)1(承前)

「二人だけ? 他にも人目はあったの?」
「うん。みんなの控え室だったから、その場にいた全員の視線が、いっせいにあたしのほうを向いた。部屋の中に、しんとした気まずい空気が流れたのがわかったわ。そして……あたしの目の前には顔を真っ赤にして興奮している朋美の姿があった。 
 あたしは朋美にぶたれた左の頬を押さえながら、彼女を睨みつけた。といっても本気で

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フォスター・チルドレン 68

フォスター・チルドレン 68

第6章 私の願いを聞いてください(2)1(承前)

「蘭、これからどうするの?」
「明日は休みだから、ビデオでも借りてきて観ようかなって思ってたんだけど」
「恋人と会ったりはしないんだ」
 僕はうっすらと明るくなり始めた東の空を見ながら、独り言のように呟き、それからそっと蘭の表情をうかがった。
「残念ながら、恋人はいないもん。お金貯めるのに一生懸命だったからさ、恋なんてしている暇なかったんだ」

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フォスター・チルドレン 67

フォスター・チルドレン 67

第6章 私の願いを聞いてください(1)1

 ますますわけがわからなくなってしまった。
 親父は信号無視をして、事故に遭った。親父が信号無視をするなんて考えられなかったが、僕だけはその理由を知っているつもりだった。親父は僕の仕掛けた睡眠薬で意識が朦朧としていた――僕はずっとそう信じていたのだ。
 だが、親父は睡眠薬を飲んでいなかった。となると、親父が信号無視をした理由がまたもやわからなくなってしま

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フォスター・チルドレン 66

フォスター・チルドレン 66

第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(12)4(承前)

「研ちゃんを炊事場の奥に寝かせたときに、『ママ、ここにお金、置いておくから』ってカウンターのほうから樋野さんの声がして、あたしがカウンターに出てみたら、もう樋野さんの姿はどこにもなかったのよ。なんだか慌ただしく店を出ていったみたいだったわ」
「そういえば変な話だよね。あの日は樋野さん、車で帰ったもの」
 研ちゃんの声。
「……親父、酒を

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フォスター・チルドレン 65

フォスター・チルドレン 65

第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(11)4(承前)

 「愛夢」のママ――美登里さんはすぐに電話に出た。蘭の友達だということで、いろいろと話を聞こうと思っていたのだが、驚くことに彼女は親父の名前を知っていた。
「父はよくそちらの店に行っていたのですか?」
 まだ早い時間で、店は暇なのだろう。美登里さんは面倒くさがらずに、僕の質問に答えてくれた。声だけで判断するなら、とても感じのよい人だ。

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フォスター・チルドレン 64

フォスター・チルドレン 64

第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(10)4

 いろいろなことが一度に起こり、なにから考えていいのかわからなくなってしまった。
 朋美の部屋からの帰り道、僕は混乱する頭の中を整理しようと、懸命になった。
 朋美のことはひとまず、頭から追いやることにした。朋美が抱えている問題はあまりにも大きすぎて、すぐには解決できないように感じられる。
 そう――まず、僕が考えなければならない問題は、親父を

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フォスター・チルドレン 63

フォスター・チルドレン 63

第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(9)3(承前)

 朋美の部屋の扉が勢いよく開いた。驚いて振り返ると、鬼のような形相をした朋美が肩で息をしながら立っている。
「あら、いたの? こんちはあ」
 女は朋美の頬を撫で、けらけらと笑った。
「どうしたの? そんな怖い顔して。あなたらしくない」
「もうやめた……もうやめました。自分の気持ちを抑えこむのは限界。なにも怖くない。あたしはもう、なにも怖く

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フォスター・チルドレン 62

フォスター・チルドレン 62

第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(8)3(承前)

「だったらどうして、あの事件のとき――あたしが道を誤るきっかけとなったあのときにあたしを救い出してくれなかったの? あたしのことが心配だなんて嘘よ。あなたは正義漢ぶりたいだけ」
 朋美の感情は一定していなかった。冷静に喋っているかと思えば、急にヒステリックに声を張りあげたりもする。
「帰って! もう帰って!」
 朋美は僕を扉に押しつけた。

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フォスター・チルドレン 61

フォスター・チルドレン 61

第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(7)3(承前)

「それは……」
「いいの。別にあなただけを責めているわけじゃないから。引っ越しをしたあとも、あたしの状況は変わらなかった。事件のことを知ると、みんな手のひらを返したように態度を変えた。冷たくされる――無視されるのはそれほどつらくない。一番我慢できなかったのは、あたしを哀れんで、あたしに援助しようとする人たち。タチの悪いことに、そういう人た

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フォスター・チルドレン 60

フォスター・チルドレン 60

第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(6)3(承前)

 朋美はぶたれた頬を押さえ、憎悪の視線をこちらに向けた。
「帰ってよ。なんにもわからないくせに」
「ああ、わからないよ。でも、一人で悩むことないだろう? 親父に電話する勇気はあったんだし。お願いだ、話してくれよ。なにを悩んでいるんだ?」
「あなた、馬鹿じゃない? なにも悩んじゃいないわよ。あたしは幸せ。あなたのお父さんへの電話は、ただむし

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フォスター・チルドレン 59

フォスター・チルドレン 59

第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(5)3

 次の日、僕は朋美のアパートを訪ねた。もしアパートにいなければ、「ミルキーロード」に張りこみ、彼女を捕まえるつもりだった。
 なぜ親父は殺されなければならなかったのか、その理由を知りたかった。親父の殺された日に蘭からいわれた言葉が、脳裏にこびりついて離れない。
 ――リカード君はあなたに感謝しているのかしら?
 親父は心に病を持つ子供たちを救うこ

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フォスター・チルドレン 58

フォスター・チルドレン 58

第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(4)2(承前)

「祥司さんは朋美さんのことを以前から知っていたようですね。朋美さんは一度奈良へ引っ越しましたが、この春、またこちらへ戻ってきています。飲み屋で偶然、祥司さんに会ったらしくて、で、そのとき、祥司さんにいろいろと説教されたそうなんです。いや、祥司さんにしてみれば心配で声をかけたんでしょうけどね」
 親父ならやりそうなことだ。盛り場で偶然、息子

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フォスター・チルドレン 57

フォスター・チルドレン 57

第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(3)2

 親父が死に、アパートに一人で住み続けることは無意味となってしまった。実家をそのまま放っておくわけにもいかない。僕は大家に電話をして、近々引っ越すことを告げた。
 あまり寝ていなかったが、僕はその日も朝早くから動き出した。荷物をまとめ、引っ越しの準備を始める。水道局や電力会社にも引っ越しの連絡をして、郵便局にもこれから届く手紙は実家のほうへ転送す

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フォスター・チルドレン 56

フォスター・チルドレン 56

第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(2)1(承前)

 親戚の人間だって、顔だけはなんとなく覚えていても、名前すら知らない人たちばかりだった。
 僕は饒舌だった。母さんの兄貴だと名乗る男は「君がしっかり者で安心したよ」などと、呑気な台詞を僕に向けた。そんなことをいわれたのは生まれて初めてだった。錯乱した僕は、どうやらしっかり者に見えるらしい。
 慌ただしく、しかし滞りなく、すべてが型式どおり

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