黒田研二

作家

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  • ろんぐろんぐあごー

    デビュー以前に書いた素面では到底読めない作品をひっそりと公開。

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    様々な事情で世に出ることのなかった作品たちをご紹介。

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MAD LIFE 366

25.最後の嵐(1)1  午前一時を数分過ぎていた。  小崎徹は八千万円の入ったスーツケースを強く抱きしめながら、犯人が現れるのを待っている。  彼から少し離れ場所には、仲睦まじい恋人になりすましたふたりの刑事が、海を眺めるふりをしながら座っていた。  さらに、そこから十数メートル距離を置いた堤防付近には、大勢の警察官が集まっている。  ……ずいぶんと風が強い。  徹は海風を避けながら、腕時計に視線を落とした。  さっきから何度時計を確認しているかわからない。  午前一時八

    • MAD LIFE 365

      24.それぞれの行動(16)7(承前) 「坊主。あんまり威勢がいいのも考えものだぜ」  郷田が俊に向かっていう。 「確かに八神は臆病者だけどな、その分、カッとなるとなにをやらかすかわからねえ。俺よりずっとおっかねえ奴なんだぞ。命は大切にしたほうがいい」  郷田の迫力に、俊はなにもいい返すことができなかった。 「もうやめておいたら? あんたたちの計画は絶対に失敗するんだから」  真知の言葉に、郷田はにやにや笑う。 「お嬢さん。俺たちがどうして、アジトと金の受け渡し場所を同じに

      • MAD LIFE 364

        24.それぞれの行動(15)6(承前) 「春日さん……俺は真知のところに行きます」  中西は洋樹のほうに向きを変えてそういった。  その意思は絶対に揺らぎそうにない。  いくら止めても無駄だろう。 「おまえひとりじゃ危なかしくってしょうがない。俺もついていくよ」  洋樹はため息まじりに答えた。 「私、この近くに車を停めてあるから取ってくるわ」  そういって、江利子が走り出す。  洋樹、中西、瞳の三人が小崎邸の前に残る。  みんな、自然に振る舞おうとしているのだろうが、どこと

        • MAD LIFE 363

          24.それぞれの行動(14)6(承前)  瞳はなにもいわない。  黙って、中西の話に耳を傾けている。 「俺は本当の恋をしていたわけじゃない。あれは恋をしているんだと思いたいがための偽りの恋だったんだ」  中西は瞳に向かって深々と頭を下げた。  だが、謝ったからといって許されるものではない。  瞳はどのような反応を示すのか――ドキドキしながら事の成り行きを見守る。  しかし、瞳の反応は洋樹の予期せぬものだった。 「もういいよ、中西さん」  彼女は微笑みながらそういったのだ。

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          MAD LIFE 362

          24.それぞれの行動(13)6(承前) 「さあ、我々も行くぞ」  中部と富岡、そして浩次は乗用車に乗り込むと、徹の車のあとを追いかけた。  小崎邸の前に残ったのは洋樹、中西、江里子、そして瞳の四人。 「俺たちもついていきましょう」  中西がひどくそわそわした様子でいう。 「やめておけ。俺たちになにができる? 警察の邪魔になるだけだ」  洋樹はそう口にした。 「そんなことありませんよ!」  中西はムキになって叫ぶ。 「誘拐犯なんて俺がやっつけてやりますよ! ああ……真知にもし

          MAD LIFE 362

          MAD LIFE 361

          24.それぞれの行動(12)5(承前) 「そこまでだな」  俊の背後で男の声がした。  ゆっくりと振り返る。 「なんだ。ガキじゃねえか」  背の高い男は驚いた表情を見せたあと、彼の後ろで小さくなっているもうひとりに、 「おまえはこんなガキに怯えてたのか?」  と冷たく吐き捨てた。  逃げなければ。  そう思うのだが、目の前の男の鋭い視線に圧倒されて身体が動かない。 「さて、坊主」  男は口元に笑みを浮かべながら、俊に顔を寄せてきた。 「おまえの話を聞かせてもらおうか」  煙

          MAD LIFE 361

          MAD LIFE 360

          24.それぞれの行動(11)5(承前)  おしまいだ。  男に見つかるのは時間の問題だろう。  絶望感で目の前が真っ暗になる。  ……ところが。 「うわあっ!」  頭上から男の情けない悲鳴が聞こえてきた。 「そ、そ、そこに誰かいるのか?」  その声はひどく震えている。  もしかして、こいつ……とんでもない臆病者なんじゃないか?  俊はにやりと笑った。  だとしたら、形勢は逆転する。  覚悟を決め、思いきり段ボール箱を蹴り上げた。 「ひゃあっ!」  間抜けな叫び声と共に、慌て

          MAD LIFE 360

          MAD LIFE 359

          24.それぞれの行動(10)5(承前) 「喉が渇いたな」  背の高い男が腰を伸ばしていう。 「そのへんでビールでも買ってくるか」 「あ、俺も行く」  もうひとりも立ち上がった。 「馬鹿野郎。おまえはここにいろ。大事な人質が逃げたらどうするつもりだ?」  背の高い男は隣にいる女性の顔を横目でちらりと見たあと、 「俺がおまえの分も買ってきてやるからさ」  そういって、俊の目の前から姿を消した。  敵はひとりだけ。  そいつがどこかへ消えてくれれば……。  俊は必死で願った。  

          MAD LIFE 359

          MAD LIFE 358

          24.それぞれの行動(9)4(承前) 「由利子はここにおまえへのメッセージを残していたんだよ」  ペンダントの中には小さな水色の紙片が入っていた。  それをつまみあげて、瞳に手渡す。  瞳は戸惑った様子で、その紙片に視線を落とした。  友恵、幸せになってね。  そう記されている。  それを見てなにを思ったのか、洋樹にはわからない。 「瞳……」  洋樹は瞳の肩に手をかけた。 「俺たちのところに戻ってきてくれ。そして……俺たちの家族になってくれ」 「…………」  瞳は黙って

          MAD LIFE 358

          MAD LIFE 357

          24.それぞれの行動(8)4(承前) 「……話?」  洋樹は訊き返した。  瞳の顔は怖いくらいに真剣だ。 「私……俊君に写真を見せてもらいました」  瞳は真顔を崩さずにいう。 「え――」  洋樹は動揺を隠しきれなかった。 「おじさんが十六年前にやむを得ず手放した友恵という名前の赤ん坊の写真です」  いつもと違い、他人行儀な言葉遣い。  瞳は一枚の写真を取り出し、洋樹の前に差し出す。  そこには赤ん坊の頃の友恵が写っていた。 「友恵……」 「いいえ。それは赤ちゃんだった頃の私

          MAD LIFE 357

          MAD LIFE 356

          24.それぞれの行動(7)3(承前) 「そうだ! こんなところで話し込んでなんていられないんだよ!」  洋樹が叫ぶ。 「社長の娘が誘拐された」 「……え?」  とっさには事の重大さを呑み込むことができなかった。 「誘拐?」 「ああ」  中西は愕然とした。  真知が誘拐された?  まさか、そんな。 「どういうことですか?」  冷静でいられるわけがない。  洋樹の肩をつかんで激しく前後に揺する。 「俺も詳しいことはよくわからない。だから、今から社長のところへ――」 「俺も行きま

          MAD LIFE 355

          24.それぞれの行動(6)3(承前) 「……家出?」  中部が目をぱちくりと動かす。 「由利子。おまえはもう一度警察に行って、家出人捜索の手続きをしてもらってほしい」  洋樹は由利子にいった。 「あなたは?」 「俺は社長の自宅に行ってみるよ」 「え。でも、ご迷惑になるんじゃ――」  洋樹は由利子がすべていい終わらぬうちに、その場を離れてしまった。 「私も行かないと」  洋樹のあとを追うように、中部も走り出す。  なんだか大変なことになりそうだ。  ひとり残された由利子は小さ

          MAD LIFE 354

          24.それぞれの行動(5)3  街なかで偶然、中部警部と出会ったのは、午後九時半近くになった頃だった。 「中部さん」  洋樹のほうから声をかける。 「今、ちょうど署のほうへ行っていたんですよ。でも、ほとんど人がいなくて……。なにか大きな事件でもあったんですか?」 「いや、ちょっとね」  中部は明らかに言葉を濁した。 「誘拐じゃないかしら」  由利子がそう口にする。  彼女は俊の身を案じていた。  この時間になっても俊が帰ってこないのは明らかにおかしい。  もしかしたら誘拐さ

          MAD LIFE 353

          24.それぞれの行動(4)2(承前)  中西はベッドの上で何度も寝返りを打っては、大きなため息をついた。  ずっと真知のことばかり考えてしまう。  真知の笑顔を思い出すと、胸が強く締めつけられた。  机の上に置いていた腕時計が午後九時を報せる短いアラーム音を鳴らす。  中西は上半身を起こすと、自分の頬を思いきり叩いた。  うじうじ悩んでたって仕方ない。  ベッドから下りて力強く頷く。  こうなったらはっきりさせてやるさ!  階段を慌ただしく下りていくと、 「どうしたんだい?

          MAD LIFE 352

          24.それぞれの行動(3)1(承前)  ……お兄さん。  浩次の横顔を眺めながら、瞳は安堵の息を漏らした。  生真面目で、正義感にあふれた……これがお兄さんの本当の姿。  本当の――  ふと考える。  本当の父と母のことを打ち明けたら、兄はどんな顔をするだろう?  洋樹の顔が脳裏に浮かんだ。  私は決して、おじさんを恨んだりはしていない。  でも……おじさんの娘になることははどうしたってできない。  私の本当の家族はお兄さんだけだ。  窓の外に目をやる。  街のネオンは彼女

          MAD LIFE 351

          24.それぞれの行動(2)1(承前) 「富岡さん。誘拐事件が起こったんですか?」  隣に座っていた江利子が尋ねる。 「ああ」  富岡はぶっきらぼうにそう答え、バックミラー越しにちらりと浩次の顔を見た。 『詳しいことは、君が署に戻ってきてから話すことにしよう。運転中に悪かったな。これで切るぞ』  無線機から中部の声が届く。  彼に伝えなければ。 「待ってください!」  浩次は富岡の手から受信機を奪い取って叫んだ。 「俺、脅迫電話の声の主を知ってます!」  車内の全員の視線が浩