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フォスター・チルドレン 57

第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(3)

 親父が死に、アパートに一人で住み続けることは無意味となってしまった。実家をそのまま放っておくわけにもいかない。僕は大家に電話をして、近々引っ越すことを告げた。
 あまり寝ていなかったが、僕はその日も朝早くから動き出した。荷物をまとめ、引っ越しの準備を始める。水道局や電力会社にも引っ越しの連絡をして、郵便局にもこれから届く手紙は実家のほうへ転送するよう頼んだ。気が早いかもしれないが、とにかく動き回っていたかった。
 昼頃、警察の人間が二人組でやってきた。親父が死んで以降、何度か顔を見た鷲鼻で四十代くらいの男と顔色の悪いひょろひょろとした青年の二人だ。
 親父の死は殺人事件として捜査されていた。親父が自殺するような心当たりは誰にも思い浮かばなかったし、そもそも自殺だとしたら、飛び降りた現場が他人のアパートであることが妙だった。
 親父が飛び降りた場所は、やはり朋美の部屋だった。朋美は一人暮らしをしていて、この時間は外出していたという。はっきりとしたアリバイがあるため、朋美の容疑は早々に晴れたらしい。
「長瀬朋美……ようやく彼女、口を割りましたよ」
 鷲鼻の男は右の小鼻を中指でぽりぽりと掻きながら――それがこの男の癖らしい――僕に説明した。
「口を割ったって……彼女が犯人だったんですか?」
 僕は警察に、朋美との関係を話してはいなかった。関係といっても、単なる高校時代のクラスメート――それだけの関係だ。別に喋るほどのことでもないし、その程度のことなら、警察はすぐに調べ上げてしまうだろうと思った。
「いやいや、長瀬さんには完璧なアリバイがありますからね。彼女は犯人ではありません。そうではなくて、彼女とあなたのお父さん――樋野祥司さんの関係がわかったんですよ」
「ああ……」
 これまで朋美は、親父のことを「知らない人だ」といい張っていた。全然、見覚えがない――私が留守であることを知って、忍びこんだ空き巣じゃないか――そのように警察には喋ったらしい。
「でもね、あなたから話をうかがったところ、祥司さんはここ数日、何者かに電話で呼び出されて、頻繁に会いに行っていたということでしたよね。祥司さんが病院を抜け出した水曜日も、おそらくその電話がかかってきて、それで祥司さんは電話の主に会いにいったんだと思われます。
 待ち合わせに指定された場所はこれまでと同じく駅前だと考え、私たちは水曜日の夜、祥司さんらしき人物を駅前で見かけなかったか、聞きこみを行いました。結果、祥司さんが二十代半ばの若い女性と口論しながら駅前を歩いていくところを何人かの人が目撃しています。若い女性は派手な格好をしていたので、目撃者の印象には強く残っていたようですね。調べてみたら、長瀬朋美に間違いありませんでした」
 僕はごくりと生唾を飲みこんだ。その可能性を考えなかったわけではない。親父が病院を抜け出したのは、また例の悪戯電話に呼び出されたからだろう――そう推測はしていた。そしてその夜、朋美の家から飛び降りて死んだということは、電話の主は朋美だったと推理できる。
 しかしこうやって実際に警察から証拠を突きつけられると、やはり意外な感じがした。
「朋美さんを追及すると、彼女はあっさりと吐きましたよ。祥司さんに電話をかけていたのは朋美さんでした。……こんなことは息子さんのあなたの前でいいにくいのですが……朋美さんは祥司さんのことをひどく憎んでいたと、我々に漏らしました。だから呼び出して、待ちぼうけをくう彼を見て楽しんでいたのだ、と」
「親父を憎んでいたって――どうして?」
「朋美さん、あまり恵まれた境遇で育っていないんですよね。高校のとき、いろいろとありまして……で、そのことを祥司さんが知って、彼女の世話を妬こうとしたらしいんです。それが我慢できなかったと朋美さんは話しています」
 鷲鼻の刑事は目を伏せて頭を振った。

つづく

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