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フォスター・チルドレン 59

第5章 愛情を押しつけられちゃたまらない(5)

 次の日、僕は朋美のアパートを訪ねた。もしアパートにいなければ、「ミルキーロード」に張りこみ、彼女を捕まえるつもりだった。
 なぜ親父は殺されなければならなかったのか、その理由を知りたかった。親父の殺された日に蘭からいわれた言葉が、脳裏にこびりついて離れない。
 ――リカード君はあなたに感謝しているのかしら?
 親父は心に病を持つ子供たちを救うことに情熱を燃やしていた。よかれと思ってやってきたことだろう。しかし、結果的に親父は殺されてしまった。
 ……なぜ?
 他人を救おうとするのは、それほど罪なことなのだろうか?
 親切の押し売り? 偽善? 単なる自己満足?
 それは相手に殺意を抱かせるほどのものなのか?
 朋美の部屋のドアをノックすると、彼女は誰かと間違えたのか、確認をしようともせずにすんなりとドアを開けた。
 僕と目が合い、彼女の表情が強ばる。唇がかすかに動いたが、言葉は発せられなかった。
「やあ」
 僕はぎこちなく笑顔を作り、右手を上げた。
「ひさしぶ――」
 朋美が乱暴に扉を閉めようとしたので、僕はとっさに右脚を差しこんだ。飛びこみ営業をしていた頃に身につけたテクニックだ。
「話がしたい」
「誰よ、あなた? あたし、知らない。あなたのことなんて知らない」
 か細い――弱々しい声だった。彼女の顔を見る。目の下にうっすらと隈ができ、頬はこけていた。その表情に、昔の無邪気な笑顔を重ね合わせることはできなかった。
 靴箱の上に懐かしい黒電話が置いてある。その横にはピンク色の卵が無造作に放り出してあった。アツシも持っていたボイスチェンジャーだ。
「親父に電話をしていたのは、朋美……君だったそうだな」
「そうよ。三回呼び出した。先々週の金曜日と土曜日、それから先週の水曜日。三回とも午後十一時に駅前で待ってるって約束したの。もちろん本当に会う気なんてなかった。慌てふためくあなたのお父さんを陰から見て、楽しんでいただけ。あなたのお父さんはいつも、十時半頃に姿を見せて、そして十一時半頃にはあきらめて帰っていった。二回目に呼び出したときは、車椅子に乗っていたんで、ちょっとびっくりしたけど。……三回目はどじって見つかっちゃった」
 朋美は僕のほうを見ることなく、早口で喋った。
「朋美。俺の親父にかけていた電話はただの悪戯じゃないんだろう? 本当はなにかを伝えたかったんじゃないのか?」
 僕は無理矢理ドアを押し開け、部屋の中に押し入った。
「樋野君、変わったね。昔より強引になった」
 朋美が僕を睨みつける。
「君だって変わったよ。いつまでも同じでいられるわけがないだろう。……って、僕は別に昔を懐かしみに来たわけじゃない。ただ確認したかっただけだ」
「あたしが殺したんじゃないわよ」
「そんなことはわかっている。でも、あの悪戯電話の主が君だというのは事実だろう? なにもかもいやになった……これからみんなを殺して自分も死んでやる……。親父は君のその言葉をSOSのメッセージだと信じて、自分自身事故に遭って自由にならない身体なのに、病院を抜け出して君に会いにいったんだ。それがただの悪戯だったとしたら、親父があまりにも哀れだ。俺は君を怨むよ」
「怨めばいいじゃない。いっそ、ここであたしを殺す?」
 次の瞬間、僕は朋美の頬を叩いていた。

つづく

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